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33話

須賀は食事を乗せたトレーを持って2階にある支店長室へ向っていた。

支店長室のドアは木製で豪華な作りだった。建築やインテリアに詳しくない者が見ても、それは豪華だと判る。

金色のノブを回わしドアを開ける。見た目の重厚さを感じさせず軽い力でドアは開く。

中に入ると床はこげ茶色の絨毯が敷き詰められており、入って左側には床よりも少し明るい茶色のソファーセットが置いてあった。かつてはここで金額の大きな取引や重要な打ち合わせがあったと容易に思わせる様な存在感それにはあった。

ソファーと反対側にはデスクが置いてあり、支店ではあるがその銀行のトップが使うに相応しい一際大きなデスクが置いてあった。

負傷した田中はそのデスクの上に毛布を敷いて寝ていた。

「田中君、食べ物持ってきたよ。」

須賀は寝ている田中側へトレーを置きながら声を掛けるが返事は無い。苦しそうな荒い息遣いだけが支店長室に響いている。

「食べなきゃダメだよ。」

前に持ってきた食事は手を付けられていなかった。須賀はそれを見ながらため息を一つつき、片付ける。

田中は須賀の手当ての後、数時間して目を覚まし怪我人の特権と言いながら元気にゲームで遊んでいたが、2日程経つと具合が悪い、目眩がする。と言ってそれからずっと寝たきりだった。

「田中君の防具は今作ってるから出来たら持ってくるね。」

返事は相変わらず無いが須賀は意識が戻るのでは?と期待して声をかけていた。

田中の規則的な荒い息遣いだけがする部屋の雰囲気にいたたまれなくなり須賀は支店長室を後にする。


ロビーでは山本と斎藤が待合室の大きなモニターに接続した格闘ゲームで遊んでいた。

須賀がトレーを持って戻って来た事に足音で気がついた山本は画面から目を離さずに問いかける。

「田中どーだった?」

「具合悪そうだった。ご飯も食べてないし。」

「そっか、こういう時に医者が居ないのは本当に困るな。須賀はどう思う?あれってただの風邪かなぁ?」

「わかんないけど、風邪っぽくは無いね。」

須賀と話しながらも山本は未だに画面から目を離さない。

「あー!斎藤今のナシ!もっかい!」

「だーめ、ほらほらサッサと賭けのタバコを出す出す。」

「チクショー、ホラよ。次は何賭けっか?」

盛り上がる二人を置いて須賀はスタスタと食料保存で使っている金庫室へ向かった。

田中が食事に手をつけていないため、まだ食べられる物は保管するためだった。


その日の夜に須賀は何となく夜中に目が覚めた。

水でも飲もうと起き出したが、ふと田中の事が気になった。田中は食事は摂っていなかったが水は飲んでいた。水が無くなったら可愛そうだと須賀は思い、田中に水を持っていく事にした。

ペットボトルの水を片手に支店長室のドアを開けると、相変わらず田中はデスクの上で横になっていたが、荒い息遣いは無くなっていた。

「田中君起きてる?」

「俺は今まで親孝行もせず、遊んでばかりだった。喧嘩も良くして親には警察まで来てもらったり…。」

「どうしたの?」

「訳もなく誰かを殴ったりもした。知らない奴に因縁つけて絡んだり、バイクも盗んだりした…。」

須賀は田中の突然の独白に驚いたが、それまでずっと苦しそうにしていた田中が苦しみを感じさせない平静な口調で喋るため黙って聞く事にした。

「誰かに迷惑かけては、それを心の何処かで悪いなとは思ってたけど、素直に謝れなかった…。こんな世界になったけど、皆んな許してくれるかな…。」

「多分許してくれるよ。田中君は自分でちゃんと悪いってわかってるから…。」

「そっか……、ありがとう……。ずっと苦しかったけど楽になった……。」

田中はそう言うとスッと目を閉じた。その表情は静かな安心感に満ちていた。

「田中君、お水ここに置いとくね。」

須賀は枕元に水を置くと寝ている田中を気遣い、いつもよりも音を立てずにゆっくりとドアをあけ、出て行った。


翌朝1階ロビーで皆で朝食を摂っていると2階から物音がして来た。朝食を摂る手を止め皆が物音がする方へ振り向く。

「田中君良くなったみたいだよ。昨日の夜少し話したよ。」

須賀が言うの忘れてたという表情で説明する。

「おぉ!そうか、メシ食ったら俺も様子見に行くか。」

山本は口に食べ物が入ったまま器用にそう言うと残った朝食をガーっと一気に掻き込む。

「ごめん、ついでに田中君の食べ物も持って行ってくれる?」

「はいよ〜。」

山本はトレーを手に嬉しそうに階段を上って行った。


トントンと軽快に階段を上がって山本は勢いよく支店長室のドアを開く。

「おーっす!田中、生きてるか?」

部屋の中央で所在気なく宙を見つめていた田中に明るい声で山本が問いかける。その声に反応した田中は呻き声とも唸り声とも取れる声をあげながら山本にその白濁した眼球を向ける。口はだらし無く開けられ、ヨダレを垂れ流し、獲物を捕まえんと両手を前に突き出し、ズルズルとした足取りで山本に近づく。

「って、死んでんのかーい!」

山本を掴まんとする田中の手を山本は手にしたトレーで弾いて田中の体勢を崩すと、トレーを縦にして田中の脳天に思い切り振り下ろした。

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