31話
ぬちゃ…
グチュ…
ぬちゃ…
暗い部屋で粘液質な音が響く。
粘液質な音がしばらく続き、アーっと呻き声とも溜息とも取れない音が部屋に木霊した。
部屋のドアは一つしか無く、ドアと反対側の壁には胸の高さに明かり採りのハメ殺しの窓はあるが、夜間外に光を漏らさないためか新聞紙が貼られている。
うっすらと見える部屋には小さめのシンクがあり、床にはベッドマットだけが置かれていた。そのベッドの上で二人の男女は体を重ねていた。
男の呻き声が一際大きくなると、それまでしていた粘着質な音が止み、チリ紙で何かをふき取る音がカサカサと聞こえてきた。
「中村ちゃん良かったよ。また頼むわ。」
斉藤はさっさとズボンを上げベルトをかちゃかちゃしながらそう言った。
中村は口に含んだ男の粘液をチリ紙にべぇっと吐き出し、そばにあったペットボトルに入った水で軽く口をすすぐ。
「またいつでもきてね。ところで口だけでよかった?」
中村は自分の身体に未練を持たせるために、わざとそう尋ねた。
「あぁ、このあと山本さんと一緒に食糧とか探しに出かけるからな。激しくヤると疲れるから。でも溜まるものは出しときたいから。」
「そ、んじゃまた今度しようね。」
そう言いながら中村は斉藤へキスをしようと顔を近づける。
斉藤はその顔を気づかぬフリをして身支度を続けていた。自分のアレを出した直後の口にキスなんかしたくないのが本音だ。
「ちょっくら行ってくる。」
斉藤はそう言いドアを勢いよく開け出て行った。
暗い部屋には半裸の中村だけが残された。
中村は斉藤が出て行くのを確認すると部屋にある小さいシンクに向かいガバっと立ち上がり、そこへまるで中年男性の様にカァーッペっと音をたてて口腔内の粘液がなくなる勢いで唾を吐き出し、それから3回うがいを繰り返した。さらに普段よりも念入りに歯磨きをし、口腔内に残った嫌な物質を綺麗に取り除いた。歯磨き粉のミントフレーバーが清涼感を与え、中村はわずかだが心の平静を取り戻した。
ベッドマットに腰を下ろしたところでドアがノックされる。努めて明るい声で「ハーイ」と返事をするが中村の表情は暗いままだ。
「あの、須賀です。ちょ、ちょっといいですか?」
「どうぞ。」
中村がそう返事をすると、ドアが遠慮がちに開けられ須賀がひょこひょこ頭を下げながら入ってきた。
「どうしたの?須賀っちゃん。」
愛くるしい表情をし、下から須賀の顔を覗き込む中村。
「えーっと、水と食べ物持って来ました。」
「いつもありがと。須賀っちゃんはいつも優しいねぇ。」
「いえ、あまり役に立ってないんでこのくらいは。」
「そんな所で突っ立ってないで座ったら?」
中村は自分が座っているベッドマットの横をポンポンたたきながらそう言った。
「あ、あ、じゃぁ、すみません。遠慮なく。」
そろそろと中村の隣に緊張気味に腰掛ける須賀、すかさず中村は須賀を抱きしめた。
「あー、落ち着くね。須賀っちゃんは?」
「は、はい、僕も落ち着きます。あ、あの…キスして...良いですか?」
そういいながら須賀は目をつぶり唇をむにゅーっと突き出して中村に顔を近づける。その顔が中村には可笑しく、吹き出しそうになるのを我慢しながら須賀を受け入れた。
唇を触れるだけのキスから唇を軽く噛むようなキスに変わり、互いの舌を絡めるようなキスになりそうな頃に大きな声が聞こえてきた。
「おーい、須賀ぁ、おれの靴下片っぽねーぞ!出かけられねーじゃねぇか。オイ須賀ぁどこだぁ?」
須賀は一つ溜息を吐くと返事をして中村の部屋から出て行った。
中村はゾンビに襲われそうになったところを山本に助けられ、それ以来行動を共にしている。正確には共にせざるを得ない状況だ。外の世界ではゾンビが昼夜を問わず闊歩し、中村一人で出歩けば5分ともたずにその胃の中に収められてしまう。
山本率いる集団は駅前の銀行を根城とし、強固なシャッターに守られゾンビの襲撃をものともせず、隙を見てゾンビをかいくぐって街に繰り出し毎日強奪三昧を繰り返していた。
中村は山本集団の中で唯一の女性だ。合流した初期の頃は中村も現在の様に体を許している訳では無かったが、あるとき酔った山本に体を求められ、それを受け入れてからは堰を切ったように我も我もと中村の体を求めるようになった。
好きでもない男たちに体を弄られ、抱かれ、心は苦痛を感じ、体は快楽を感じ、自分で死ぬ勇気もなく、外に出て戦う力もなく、集団に依存して生きていくしかない状況では、集団での地位は身の安全に直結する。その地位を確保するため、集団に必要とされるためには、自身の体を積極的に使うしか中村には方法が無く、開き直った中村は積極的にメンバー全員を籠絡する行動に出ていた。
中村はまず集団のリーダーである山本の寵愛を受ける事を優先事項として動いていたが、山本は「チッパイはなぁ・・・。」とつぶやき反応が悪い。たまに気が向いた時に性処理に中村を使う程度だった。
残るメンバーは鍵屋の原田、とび職の斉藤とその後輩3名、なぜこの集団にいるのか分からないまじめな須賀だった。
原田はお前の錠前開けさせろ等と言いながら大人のおもちゃを使いたがるため、中村は一番苦手としていた。1回あたりの時間と体力をガッツリ持って行かれるためだ。
斉藤達は山本と同じノリで単に性処理程度にしか中村を見ていない。籠絡するにはまだ時間がかかりそうだった。
須賀はまだキス程度にしか体を許していないが、山本や斉藤・原田に抱かれているときにいつも扉を少しだけ開けて覗いており、常にお前が欲しいという念を中村に飛ばしていて中村もそれを感じるため簡単に籠絡できると思われるが、いかんせんメンバーの中で雑用係としてしか働いておらず、たとえ籠絡しても集団での地位は最低だろうと中村も身体を使った積極的な行動はしていなかった。
須賀が出て行き部屋に一人残された中村は「須賀っちゃんがもうちょっと男らしかったらなぁ。」と一人つぶやき、身体を褒美として、須賀に試練を与える事を思いついた。集団での地位は、外に出ていかに有益な物を持って帰れるかによるものだ。
今のところは山本がその武術と腕力に物を言わせ、食糧や水、酒類に衣服等の生活必需品を多く強奪してきておりトップだ。
次点で鍵屋の原田だ。その鍵屋スキルから時間さえかければ開けられないドアは無いと豪語しており、実際に住宅の玄関や店舗の鍵、車の鍵まで開けさらには車を持ち帰ったり、バイクを持ち帰ったりしていた。
斎藤たち鳶職組はその身の軽さと連携の良さで銀行の周りが大量のゾンビに囲まれているにも関わらず、ちょっと隣に行ってくるというノリで二階の窓から出掛けては帰ってくる。中村にはどうやって出入りしているのか見当もつかなかった。斎藤達の回収する物は重量物は無理だが、フットワークの軽さから重宝がられていた。
生活のリズムが変わりなかなか執筆できません。合間合間に書いてますので頻繁にUPできませんが、少しづつ上げていきたいと思ってます。
どうぞ宜しくお願いします。




