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30話

荒井は懸命に穴を掘っていた。

朝の山に吹く風は涼しいにもかかわらず背中から吹き出す汗はTシャツをびっしょりと濡らし、肌にピタリと貼り付いていて、肌が透けて見える状態にもかかわらず、荒井は不快感を気にしていなかった。気にしてられなかった。

『俺が不貞を働いたから2人がこうなった…。どっちつかずの態度だから…。街に戻らずにいたら…。おばさんと話した時に気づいていれば…。成長を見守る事もできなく…。』

頭の中を支配して居るのはそんな事ばかりだった。

山の静寂にザクザクと穴を掘る音だけが響いていた。



荒井達が戻ったキャンプ場はゾンビ化したオーナーによる襲撃で、オーナーの妻のおばさん、荒井の妻の美和、娘の未来の3人はそれぞれ喰われていた。

荒井はオーナーを倒したあと、慌ててバンガローに駆け込むと、そこにあったのは襲われ内臓を食い散らかされた荒井の妻と娘の無残な姿だった。

玄関から夥しい量の血が床に滴り、居間で妻の美和は息絶えていた。

寝室のクローゼットの扉が破壊されており、その中で娘の未来が死んでいた。

玄関でオーナーに首を噛まれた美和は、美来に隠れる様に指示し抵抗したが、抵抗も虚しく力尽き、さらに娘も発見され襲われたと死体の位置と室内の状況から推測出来た。

「最後までお前は頑張ったんだなぁ。」

荒井は妻の遺体を抱き抱え、そっとソファーに寝かせてやる。

「ごめんなぁ。パパがそばに居てやれなくて、怖かったろう。痛かったろう。ごめんなぁ。」

荒井は子供の遺体を抱え妻の遺体に寄り添う様にソファーに寝かせてあげた。

荒井はソファーの前で膝をつき、うごけなかった。荒井から出てくるのは溜息だけだった。



後ろでかすかに人の気配を感じ荒井は力なく振り向く。

「ごめんなさい。あたしのせいで…。」

「いや、リナは何も悪くないよ…。」

「でも…。」

「ちょっと今は一人にしてくれないか…。」

「ごめんなさい。」

石崎が涙を零し離れていった。

残された荒井はボゥっと腹部ががらんどうになった妻と娘の遺体を眺めていた。



陽もほとんど落ちて辺りが暗くなった頃、ランタンを持った中丸と出刃庖丁の槍を持った福井がやってきた。

荒井はまだ二人の遺体の前で動けずにいた。

「荒井のダンナよぉ。残念だったな…。んで、これからどうする?」

中丸がすまなさそうに声をかけた。

「あぁ…。」

「このままじゃマズイだろ?」

「あぁ…。」

「簡単だけど、皆で葬式しようってな。女どもが花摘んでたぜ。」

「あぁ…。もう少し一人に…」

荒井が中丸達に振り返ってそう言いかけた。

「荒井さん、後ろ!後ろ!」

福井が叫ぶ。

荒井が振り返ると立ち上がった美和と美来がいた。

「お前たち…。」

荒井は両手を広げ迎え入れようとした。

「荒井さんどいて!」

福井が荒井を押しのけ持っていた出刃包丁の槍で突こうとした。

「やめろ!」

荒井が福井を撥ねとばす。

「荒井のダンナ!どういうつもりなんだ!」

中丸が跳ね除けられ転倒した福井に駆け寄り叫ぶ。

「ああ、すまん。おれがやる。これは俺に対する罰なんだ。」

荒井は腰のナイフをそう言いながら抜く。

「今までありがとう…。」

そう言いながら妻の美和の頭に突き刺す。

「ごめんな…。パパもいつか…。」

そう言いながら娘の美来の頭にナイフを突き刺した。

「うぉおおおおお。」

荒井の慟哭がキャンプ場に響き渡った。



翌日、朝早くから荒井は二人を埋葬するためスコップを手に出かけた。

キャンプ場を見渡せる少し小高い高所に一本の大きなクスノキが生えていた。

ここならゆっくり休めるだろうと荒井は地面を掘り出した。

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