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3話

トシローの背後から電気屋が飛び出し、手にしたバールを思い切り土建屋の頭に振り下ろした。

ゴチャっとあまり聞くことが無い、柔らかいのか硬いのか分からない音を立てて土建屋の頭が潰れた。土建屋は一瞬電気が流れたかのように全身を強烈にビクつかせると、そのまま動かなくなった。

「何やってるんだ!電気屋!」

トシローは返り血を顔に浴び、それを拭いながら射殺さんばかりの眼で電気屋を睨む。

「コッコ、コイツは、ああっあれだ、ゾゾ、ゾンビだ。」

「はぁ?何言ってんだ?映画の見過ぎでおかしくなったか?」

頭のハゲかかった電気屋は自動販売機のコンセントから電気を失敬して、いつも小屋で映画ばかり見てる筋金入りのオタクだった。映画の合間に家電を修理し、路上販売や中古品買取ショップに売ったりして生計を立てていた。

「にに日本中が、こここの土建屋みたいにおかしくなったやや奴らでいっぱいらしい。ネットで見た。」

「ネットの話題を鵜呑みにしてんじゃねーぞ、警察行くぞ!ホラ」

トシローはイヤイヤする電気屋の腕を掴んで近所の交番へ連れて行こうとすると、土手を超えた住宅街の方からニワトリが絞め殺される様な言葉にならない叫び声が聞こえてきた。

「ほ、ほら、とと、トシローさん聞いたでしょ?もうこの世の終わりだ。すぐにけけけ警察も何も機能しなくなる。そそそして歩く亡者に、ししし支配される世界がくるんだ。そんなの嫌だぁー!!」

電気屋はトシローの腕を振り払い土建屋に囓られた肩を押さえながら自分の小屋へ走っていった。

「ったく、ガキじゃねーんだ。何が『嫌だぁ』

だ。後でとっ捕まえて警察に連れて行こう。」

「トシローさん、さっきの声は何だろう?肌がぞわぞわ〜ってする声だった。」

シェフは両腕で自分を抱く格好で土手の上を見ながら話しかける。

「おぅ、ちょっと見てみるか?」

二人は土手の傾斜をゆっくりと登り始めた。この付近はいわゆる海抜0m地帯。土手が高く土手の向こう側の住宅街はほぼ河川敷と同じ高さだ。

土手の頂上付近から土手下の住宅街を見下ろすとそこは正に地獄絵図の様だった。


中年男性が幼子に食らいつき、若い女がベビーカーに覆い被さり赤子を咀嚼し、学生が老人に食らいつき、道路の真ん中では小さな集団が四つん這いで何かを我先に咀嚼しているのが見えた。もちろん辺り一面血の海だ。


「ぅわっ!」

思わずシェフが吃驚し大きな声を漏らす。その声に反応した近くの数体がゆっくり振り向く。完全に振り返る前にトシローがシェフにタックルし土手に転がした。

声の主を発見できなかったのか、こちらを振り返ったゾンビ達は数回辺りを見廻すと何事もなかったかの様に食事を再開し始めた。


土手にシェフと倒れ込んだトシローはシェフに、口にチャックをし、鍵をかけるジェスチャーをした。先程みた地獄の様な光景とあまりに対照的なコミカルな動きだったためシェフは思わず笑い出しそうになるが、それを見たトシローはさらに目力を込めて「お口チャック」を精一杯の全力で真剣にやる。真剣にやればやるほどシェフはツボにハマったのか思わずププッっと漏らし始めるが、素早くトシローの手がシェフの口を押さえ笑い出すのを制止すると同時にトシローは土手の頂上から、さっと顔を出しゾンビ達に視線を送り気付かれていないか確認する。

『ホームレスのオッサン二人が土手に寝転んで、笑いをこらえてる。そして迫真のお口チャック!なにコレ笑える。』

シェフは頭の中で冷静になろうと考えるが、そんな思考が頭の中を駆け巡るが、真剣なトシローの姿が何故か笑いを誘って収まりそうに無かった。

トシローは埒が明かないと判断したのかシェフの耳元で

「手を離すぞ、声を出すな。」

と小声で伝え、シェフの目の前で指を三本立てて指し示す。

『カウントダウンとかやめてくれぇ。笑えっていってる様なもんじゃないか』

目元が笑いっぱなしのシェフはイヤイヤするがカウントダウンは無情にも進み、立てられた指が全て掌に折り込まれるとトシローの手がシェフの口からズバっと手が離される。

「アグぁフッ!」

シェフの口から笑いが一瞬漏れたがすかさずそれを飲み込み変な声が少しだけ周囲に響いた。シェフは自分が発した声に慌てていたがそんなシェフに目もくれずトシローは眼下の集団から眼を離さなかった。


「この距離なら小さい声は聞こえない様だな。」

トシローはゾンビ達から視線を外さずシェフに小声で話しかける。

「トシローさんごめんよ。笑い転げるところだった。」

「イヤ、結果的にアイツラを観察出来たから気にするな。それにアイツラ目も良く見えて無いみたいだ。ホラ見ろ道路標識にぶつかる寸前で方向転換してる奴がいる。目も余り見えない、耳もそこまで良くない、動きも遅い、まるで老人見たいだな。良し、ちょっとテストして見よう。」

トシローはおもむろに拳大の石を掴むと一番近くのゾンビに投げつけた。石は緩い放物線を描きながら我が子であろう子供を咀嚼中の父親と見られる中年男性の腹部にドンと音を立てて当たった。

石が当たったゾンビは周囲をアウアウ言いながら見渡すが、トシロー達を見つけられず再び食事をし始める。

「ホラな!普通この距離なら俺たちを見つけられるはずだろ?」

「トシローさん、観察はこの位にして小屋に戻ろうぜ。おれビビってションベンとウンコしたくなってきたよ。」

「あぁ、分かった。おれはもう少し観察させてもらう。あとで小屋でな。」

トシローは相変わらず視線を外さず、あっちに行けとばかりに手をシッシとさせながらそう答えた。

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