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25話

フレンチレストラン『アン・プチ・ルークス』は平日の夕方にも関わらず、薄暗く客も入っていなかった。

ホールでは福井と中丸が向かい合わせにテーブルに座っていた。

「これからどうする?」

中丸がボーっと宙を見つめながら話す。

「んー、どうしようか?昼間のTVは衝撃的だったね。」

福井が言っているのは、ゾンビ達が押し寄せて途方にくれている時に事務所で付けっ放しだったTVから流れてくる緊急ニュースの国会前生中継の事だった。

「国会前、戦争みたいだったね。日本中こんな風になってるのかな?」

福井が外を指差しながら言う。

そこにはやってきて半日経つというのに飽きもせずドアを叩いているゾンビがいた。

「福ちゃん、これからどーするよ?家族は?」

「家族はとうの昔に勘当されたからなぁ。気にならないって言えば嘘になるけど…。顔を出したところで父が激怒するだろうなぁ。いい歳だからあんまり怒らせるとポックリ逝っちゃうかも…。」

福井は家族に自分の性をカミングアウトしたところ、母親には泣かれ、父親は激怒し勘当され、今は中丸と一緒に暮らしていた。

「俺はかなり田舎だからなぁ。高速使っても12時間以上かかる。こんな状況じゃぁ、高速は無理そうだな。」

「どうする?ニュースは鍵かけて閉じこもれって言ってたけど…。」

「ここなら食材はまだまだあるし、閉じこもるのはいいんじゃないか?ワインも山ほど……。」

中丸が言いかけたその時、エントランスの方からガラスの破れる音が聞こえた。

中丸がエントランスに走っていくと格子状の木枠に嵌められた強化ガラスが割れ、そこから沢山の手がユラユラと生えていた。

「ヤバいドアが持ちそうに無い。さっきの籠城の話は無しだ。直ぐに食い物もって出る用意しよう。」

「どこへ?」

「俺も分からない。とりあえず俺達の部屋を目指そう。ここから地下鉄で3駅だから走っても行けるだろ!」

二人はテーブルに食材と飲み物を乗せてテーブルクロスを風呂敷代わりに使って包み背負う。

中丸はフライパン、福井は金属製のミートテンダライザーという凸凹のついたハンマー状の肉叩き棒を手に見つめ合う。

さぁ出発だと中丸が言いかけた時にエントランスのドアが破壊され店内にゾンビが塊で雪崩込んできた。

中丸は側にあったメインディッシュ用の皿をフリスビーの要領でゾンビの塊に向かって投げる。

結構なスピードで真っ直ぐに飛んだ皿はゾンビの額に当たり大きな音を立てて砕け散った。

倒す事は出来なかったが、脳を揺らしたのか歩みを一時的に停める事が出来た。

「おりゃおりゃおりゃおりゃ〜‼︎」

中丸は矢継ぎ早に皿を投げる。

「福ちゃん!これ結構気持ちいい!ストレス発散にめっちゃイイ!喰らえ!次は疥癬だ〜!」

白地に上品な蒼い絵柄の小さめの皿を中丸は数枚まとめて投げる。

「丸ちゃんそれ痒いやつ!正解はマイセンだからね!」

「冗談言ってる場合じゃねぇ!行くぞ!」

ある程度ゾンビの歩みを停めた中丸は福井の腕を掴み裏口へ行こうとした。

「丸ちゃん、僕まだ投げてない!自分ばっかり気持ちよくなって!」

「んもーっ、サッサとしようぜ!」

福井は近くの皿を一山自分の方へ寄せ、おもむろに皿を一枚掴み思いっきり投げた。

ゾンビの頭部にヒットし大きな音と共に砕け散った。

「とぅ!あっホント!コレ気持ちいい!もうちょいやって良い?」

「オウ!やっちまいなー!」

中丸が親指を力強く立てゴーサインする。

「ワインの知ったかぶりしてんじゃねー!」

バリン!

「高いのが美味いなんてお前はバブルのオッサンかー!」

バリン!

「オーナー息が臭ぇーんだよー!」

バリン!

「バイトの娘喰ってんじゃねー!」

バリン!

「あのー……福井さん、その辺でねぇ…。」

「影でホモ野郎って言ってんじゃねー!」

「そろそろ行きませんか?いろいろ溜まってるのは、よぉーく分かったから、そろそろ行きませんか?」

福井は一山の皿を全て投げ終えると、肩を揺らしふーふー息を切らしていたが、中丸の方へ振り返るといつものキラっとした爽やかな笑顔に戻っていた。

「行こっか、丸ちゃん!」

「あ、あぁ、その切り替わりの早さが少し怖いんだけど……。」

「なんか言ったぁ?」

「イエ、なんでもありません。じゃぁ、裏口から出発だ!」

これからは定期的に福井のガス抜きをしてあげようと思う中丸であった。

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