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23話

中丸と福井はエントランスに駆けつけると声の主はオーナーだった。

オーナーの左腕には髪を振り乱した女が噛み付いており、オーナーの腕を噛み千切らんばかりに、まるで犯人に噛み付いた警察犬の様に、噛んだまま頭を左右に振り回していた。

「こ、こいつをどうにかじでぐれぇ!」

余りの痛みにオーナーは眼や鼻、口、股間からいろいろな液体を流しながら中丸達にそう訴えた。

中丸は噛み付いている女の腹部に渾身の力で蹴りを入れる。中丸は180cmを超える身長と90kg近い筋肉質な身体をしている。

その中丸に蹴られた女は、ブチっという嫌な音を立て、噛みついた部分を噛み千切って、当然の如く後方に吹き飛んだ。

オーナーは悲鳴もあげられないほど痛かったのか、「んふぅっ」と言う妙な声をあげ、その場にへたり込んだ。

「オーナー大丈夫ですか?」

福井が駆け寄り怪我の具合を見るとオーナーは噛み千切られた箇所を手で押さえている為よく分からない。

「ちょっとオーナー手を退けて下さい。」

そっと福井がオーナーに触れるとオーナーはビクっと反応しゆっくり手を離す。噛み千切られた箇所は骨らしき白い物が覗き、水道の蛇口を軽く開けた位の出血量が続いていた。

「オーナー、これ骨見たいなのが見えてますよ。すぐ病院行きましょう。救急車呼びますね。」

「イヤ、いい。店の前で救急車なんて、妙な噂が立つ。自分の車でいく。」

オーナーはそう言うと腰のベルトを引き抜き噛まれた腕の根本に巻き締めつける。

「最悪だ。飼い犬に手を噛まれたと思ったら本当の意味で噛まれたぞ。」

オーナーはブツブツ呟きながら取り出し難そうにズボンのポケットから車のキーをだし、ロック解除のボタンを押す。店の前に停めていた赤いスポーツカーのハザードランプが、僕は此処ですよと言わんばかりに点滅する。


「オーナーよぉ。病院に行くのは構わんが、アイツどうする?何事もなく立ち上がったんだケド。俺、思いっ切り蹴ったんだケド。」

蹴った中丸が寒気が走ったかのように両腕で身体を抱え恐々と身震いする。

オーナーもユラリと立つ女を確認すると、小さくひぃ、と悲鳴をあげ、慌てて車に乗り込む。

「あぁ?あのクソ女は警察呼んでとっと捕まえてもらえ。おぃ!姉ちゃん!おれは絶対示談なんかしないからな!塀の中に行くの覚悟しろよ!」

オーナーは自慢のスポーツカーに乗り込みウィンドウを開けそう怒鳴る。

噛んだ女はその声にピクっと反応しオーナーに近づく。

オーナーは女が近づいてくる事に気付き、また小さくひぃと悲鳴を漏らし、エンジンをスタートさせシフトレバーをDレンジに入れてサイドブレーキを解除し車をスタートさせようとした。その時、女が車に到着し、開いたままのウィンドウから中に上半身をねじ込んだ。

「うぎゃぁぁぁぁ。」

オーナーの絶叫と供に軽くホイールスピンをさせ、車が勢いよくスタートした。

中丸と福井の二人は、声もかける暇も近寄る暇も無かった。

「あっ、丸ちゃん、オーナー行っちゃったよ。加害者乗せて。」

「うーん。どうするよ?警察に連絡しようにも、被害者と加害者が一緒の車で病院に向かいましたって、おれが110番のオペレーターなら意味分かんなくて戸惑うぞ。この状況を上手く説明出来る自信もないぜ。」

「まぁ、どうせオーナーの女癖の悪さで怒った一夜限りの彼女とかじゃないの?よく分かんないけど…

それよりも丸ちゃん、メニューどうするの?」

「うーん。ほっとけ、もう知らね。」

「そんな、丸ちゃんマジで馘になるよ。」

「こんな店、こっちから辞めてやらぁ。」

「丸ちゃんダメだって…。一緒に考えよう?」

「おう、お前と一緒のベッドの中でならナンボでも考えてやらぁ。」

中丸は福井の尻を鷲掴みしながら言う。

「んもー、ふざけてないで、ホラ行くよ。」

「ちっ、しょーがねーな。おっ、そうだ、腹いせにオーナーが隠してる上物のワイン飲みながらメニュー決めようぜ!カカカッ」

店に戻りながら二人でそんな会話を交わすのだった。

店のドアを開け二人は中に入りバタンとドアを閉めると同時に、遠くから物凄い衝撃音が聞こえてきた。それは巨大なシンバルをいくつも一斉に鳴らした様な、それでいて余韻が全くない、大音量のガシャっと言う音だった。

しかしその音は、ドアの閉まる音に阻まれ二人の耳には届かなかった。


店のドアが閉まるほんの少し前、オーナーと噛みつき女が乗るスポーツカーは猛スピードでいくつかの交差点に差し掛かるが、ことごとく信号を無視し、スピードを緩める事無く、真っ直ぐに疾走していた。

車内では今度はオーナーの右腕に女が噛み付いていた。

次の交差点も信号はやはり赤だったが、そのまま侵入し、路線バスと出会い頭に衝突した。


その衝突は凄まじく、バスの運転席にオーナーの車は横から突っ込む形でめり込み、原型を留めていなかった。さらに衝突のエネルギーはバスを横転させやっと終息した。

助手席に無理やり乗り込んだ噛みつき女は衝突時にフロントガラスに頭から叩きつけられるが、勢いのままにフロントガラスを突き抜けて歩道まで飛翔し着地した。

歩道に熟した柿や銀杏が落ち、落下地点の周りを汚す様に女は内蔵や血液を周囲に撒き散らし、その活動を停止した。


凄惨な事故に野次馬はそれぞれに指を指しながらスマートフォンを片手に、スゲェーだのヤベェーだのまるで草食動物が鳴きながら集まるかの如くワラワラ集まり始めていた。

夜の闇に野次馬の◯◯ェェェェェと言う声が木霊していた。

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