21話
奥から現れたOL達をガラスのドア越しに荒井は見つめる。
「あー、外のSOSが見えたもんで来たんだけど、どーする?」
荒井は手に持ったナイフで窓の方を指して話す。
『あー、しまったなぁ。血塗れのナイフを持った中年男が、助けに来たってウンとは言わないよなぁ。』
荒井はノックする前にナイフと鉈を鞘に収めなかった事を少しだけ後悔する。
「廊下の課長と係長はどうなったんですか?」
4人の中でもリーダーっぽい30代くらいの、背は若干高く、体のラインがセクシーなアキがおずおずと聞いて来た。
「あぁ、死んで?貰ったって言うか、今はもう動いて無いよ。表現が難しいよね?正常に死んでる?何て言えばいいのかな?ゾンビ自体がもう死んでるからね。」
「正直に言って、まさか血塗れの方が助けに来るとは思わなかったので、どうしようかと…。」
「そうだよねぇ。警察か自衛隊が来ると思うよねぇ。でも、そのどっちも期待できないと思うよ。昨日はまだ頑張ってたみたいだけど、今日は全く見ない。って言うか、ちゃんと生きてる人間を見るのは俺の連れ以外では皆が初めてだ。」
「そうなんですか…。」
「これから山の方へ避難するけど、どうする?ちなみにそこは一応安全だったぞ。昨日はそこに泊まって今朝早くに連れを迎えに下りてきたんだ。」
4人は何やらヒソヒソと話しあう。
「俺はどっちでも良いけど…。そうそう、このビルを出る時にはエレベーターは使わない方が良いよ。エレベーターホールに通じる階段も危ないかなぁ。エレベーターホールに10匹くらいヤツラが居るからね。どうするかあと1分で決めてくれないかな?」
荒井は相手に対して与えた印象が良く無かった事と、保護対象が増える事は後々面倒だと思い判断を相手に委ねた。
「ついていった方が良いよ。」
背が低く少しポッチャリした、まだ若干幼さの残る童顔のリエが直ぐにでも行こうと言わんばかりに主張する。
「血塗れよ。ただの殺人鬼だったらどうするの?ゾンビって言ってもまだ人に見えるのにポンポン殺すなんて信じられない。」
アキはリエを嗜める様に静かに言う。
『おーい、聞こえてるぞぉ。』
荒井は少しショックを受けるが聞こえないフリをして腕時計を見つめ続けた。
「警察が居ないって…、確かに昨日はあちこちで鉄砲みたいな音がパンパン鳴ってたけど、今日は聞こえないね。」
メガネをかけたクールビューティなサラがメガネを掛け直しながら言う。
「水も食べ物も無いし、私は行った方が…。それに強そうだし…。」
ショートボブで保護欲をそそるマサミが上目遣いで言う。
まだゴニョゴニョと話しをしていたが、荒井は手をパチンと叩く。
「はい、1分ね。俺は行くけど…。ついて来たい人はついて来るといい。」
「ちょっと待って、見捨てる気?」
アキが食い気味に話してくる。
「人聞き悪いなぁ。俺としては助けに来て殺人鬼扱いされてもなお手を差し伸べてるつもりだぜ?まぁ、この格好じゃぁ疑われても無理もないが…。んで、結局どうするの?下に連れを待たせてるから早く戻りたいんだけど。」
「……行きます。」
「わかった。ついて来い。」
アキはしぶしぶ荒井について行く事を了承し、ドアを開けた。
「でもどうやってビルから出るの?」
「それはアレを使う。」
荒井が指し示した先に、ビル火災等で取り残された場合に使用する緩降機だった。
緩降機とはモーター等の動力を使わずギヤ等を利用して機械的に吊り下げた物をゆっくりと地上に降ろす機械だ。
「アレを使うと特別な訓練無しに安全に降りられる。まぁ、最初の一歩が怖いかもしれないが、踏み出してしまえばあとは怖くない。」
荒井は勤め先の防災訓練の時に一度使用した事があった。
「最初に俺がお手本を見せるから同じ様にしてくれ。」
荒井は窓を開け、手際良く緩降機をセットすると緩降機から出るロープを下に投げた。
「緩降機から出るロープの両端に輪があるから、それに身体を通して、ずり落ちない様に、空きスペースが無い様にアジャスターで調整してくれ。
あとはこのオリルーって安直なネーミングの会社の製品を信じて窓枠から第一歩を踏み出せばOK。
俺が下に到達すると当然ロープの反対側が上がって来るから、次の人は最初と同じ様に、輪に身体を通して…。あとは同じ手順だ。ここまでで分からない人は?
居ないようだな。
ちなみに、キャーとか叫び声をあげるとゾンビが集まって来るから絶対に静かにな。これは前フリでも何にもないからな!絶対に静かにだぞ!」
荒井は一通りの手順を説明すると窓枠から身体を出して降りはじめた。
降下しながら荒井はこれが降下する時の手本だとばかりに、壁に手をつき身体を壁から離す様にして降りる。
地上に降り立った荒井の頭上では、アレを本当に今からするのかと、不安そうな表情で皆が荒井を見ていた。




