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19話

あちこちで黒煙の燻る街へ荒井は戻ってきた。

通勤ラッシュにはまだ早い時間帯だが、それでも動いている車を見かける事は無かった。

その代わり持ち主を失った車の行列は前日と同じ様にそのまま放置され、まるで通勤ラッシュかと思わせる風景だった。

荒井は妙な既視感に囚われながらも病院へ向かう。

道中、前日とあまり変化は無いが、そこかしこに見られたゾンビの円陣は無くなっていた。

荒井は食い尽くして次の獲物を求めて彷徨っているのだろうと結論づける。

前日も通った変則的な道順を逆に辿り、病院にあと少しの所で荒井は車を停めた。

救急車から降りて放置車両の列、最後尾のトラックの運転席を開ける。

そこには誰もおらず、キーは挿さったままだった。

「非常時は鍵は挿したまま車から離れるって、一般の人よりも、プロの方の方がちゃんとしてるなぁ。」

荒井はトラックに乗り込み病院の裏口へ移動した。

「持ってて良かったマニュアル免許。やってて良かった配送のバイト。イッシシ。」

荒井は一人そうほくそ笑むと再び救急車に戻り病院正面に救急車を着けた。

サイレンのスイッチを入れると、今度は車外マイクのスイッチを入れる。

「あー、あー、リナ!迎えに来たから!もう少しの辛抱だぞー!」

救急車のサイレンに混じり荒井の声が聴こえたのか石崎の病室の窓が開かれ、石崎が手を振る。

荒井は遠目に見える無事な石崎の姿に安心すると同時にこんな事は平時じゃ出来ないなと感慨に耽る。

病院のロータリーに居た大勢のゾンビがこちらに歩み始めたのを見て我に返った。

「っと、ボケーっとしてられない。」

荒井は救急車から降りて、病院とは反対方向へ大急ぎで走る。交差点を何度か曲がり、救急車から大きく迂回して病院の裏口へ到着した。

「これだけ遠回りすれば追いかけてくるヤツも居ないだろう。」

荒井は荒い息を整えながらそう一人呟き中に入る。

物陰に隠れては周囲を見回しゾンビをチェックし、居なければ次の物陰までダッシュを繰り返し石崎の待つ病室に急ぐ。

救急車の陽動が効いているのか病院内にはゾンビの姿をほとんど見かける事が無かった。

気を良くした荒井は曲がり角で頭だけ出して確認する程度でどんどん進む。

石崎の病室までもう少しの所で、出会い頭にゾンビと遭遇した。

ゔぇえぇぇっと迫るゾンビに一瞬怯むが、すぐに腰の手斧を抜き、脳天から叩き割る。

「俺は何してるんだ?ちょっと上手くいったからって気を緩め過ぎだ。バカだ俺は!」

荒井は返り血を拭いながらそう小さく声に出して反省するのだった。



石崎の病室の前では今だにドアを叩き続けるゾンビが2体いた。

ゾンビが叩く音と歩調をあわせ、気配を悟られぬ様にそろそろと荒井は近づくと、1体に手斧をブチ込み、1体にはシースナイフを後頭部から勢いよく刺し込んだ。

「ったく、昨日から叩き続けてるのかコイツらは。病院ではお静かに!っての。」

ドアには手が壊れても叩き続けていたためか、血や肉片がベッタリと付いていた。

荒井はドアをトントトトンとリズミカルにノックする。

ドアの向こうで石崎の気配を感じた荒井は安心し、直ぐに隣の病室の窓に向かい身を乗り出す。



「んもぅ!このベッド邪魔。開かないじゃない!」

石崎がドアを開けようとベッドを動かそうとしていた。

「手を貸そうか?」

窓の外から荒井はそう言いながら病室に入る。

「遅いー。スマホの電池切れてからホントに長く感じた。アイツらずーーーっとドア叩いてるし…。」

石崎は不安でたまらなかったのだろう、荒井を見るなり腕に飛び込み、次から次へと愚痴を言い始めた。

「ごめんごめん1時間くらい前に着いたんだけど、帰りの車を手配したり、熱烈なファンを撒いたり大変だったんだ。これでも急いで来た方だぜ。」

むくれる石崎の頭を撫でようとして、手にべっとりと血が付いている事に気付き止め、ズボンでゴシゴシ手を拭いた。

「それにしても凄い格好ね。なあにこの雑誌?あっ!血が出てる…。」

「あぁ、俺のじゃない。心配ないよ。雑誌は凄いんだぜ?アイツらの噛みつき攻撃なんか屁でも無い。」

「えっ、噛まれたの?危ないよ。ところで、奥さんとお子さんは?会えた?」

「あぁ、山に避難させてる。リナには同じ所で悪いが一緒に避難しよう。裏口にトラック停めてるから、それに乗ってね。」

「そっか……。トラック!初めて乗る。」

「しかも、なんとそのトラックはコンビニ配送のトラックでな、ちらっと中覗いたらかなりの食料が載ってた。待ってる間、スナック菓子やパンだけだったから腹減ったろ?」

「ううん、お腹が空くどころじゃなかった。ドアがいつ開いちゃうか気になって…。昨日も眠れてない…。」

「それはすまなかった。コンビニ弁当ならたくさんあるから、腹一杯食べるといい。」

「でも、太っちゃう。」

「大丈夫、女の子は少しふっくらしている方が魅力的だよ。」

そう言いながら荒井は石崎の脇腹を軽く摘む。

「まだ太ってませんよーだ。」

「んじゃ、そろそろ行くか?」

荒井はつっかえ棒代りのベッドを一台一台端に寄せ、立てかけたベッドを倒して手斧を手に警戒しながらドアを開く。

「よし、じゃぁ出発だ。くれぐれも音を立てずにな。」

石崎は頷きだけで返事をする。


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