18話
黒煙が立ち昇り、そこかしこで火事が起きているが、消火活動は見られず、燃えるままになっていた。
1ブロックまるまる焼失している地域もあった。
所々にゾンビの集団が円陣を組んでおり、その中心は肉食獣に食べられた草食獣の残骸さながらの捕食された人間だった物が転がっていた。
街の様子は火焔地獄と餓鬼が世に現れたかの様だった。
そんな街中を荒井が運転する救急車は進んでいく。
助手席に座る荒井の妻の美和は普段とあまりにも違う街の様相に受け入れがたいのか前方を見たまま固まっていた。
「もうちょっとで山の麓につくからな。人がいないところが安全なはずだ。」
隣で固まる美和に安心させようと荒井は語りかけるが、返事はない。
荒井は窓を少し開けるとタバコに火をつける。
車内に秋の乾いた風が入り込んで来る。
夏のハイシーズンが過ぎた平日のキャンプ場はほぼ人が居ないはずだと自分に言い聞かせながら荒井はステアリングを操作する。
麓にたどり着き、これから峠に差し掛かる時に荷物のチェックを始めた。
「うーん、ランタン忘れたみたいだな。まぁバンガローがあるから、そこで過ごすし要らないか。」
「アナタはいつも何か忘れますよね。」
「うーん、やっぱり後で取りに帰ろうかな。」
実は荒井はワザとランタンを置いてきたのだった。キャンプ場に行って街に戻る口実を作るためだった。
「そんな、すぐに必要ないなら、この事態が落ち着いてからでも良いじゃない?自衛隊が何とかしてくれるよ。」
「うーむ、それは多分無理だな。日本全国この状態なら、自衛隊員の数が足りない。確か自衛隊員の数は22万人くらいで、日本の人口は約1億2千万くらいだろ?って事は、自衛隊員一人頭およそ550人の保護をしなくちゃならない。事務処理的な人も居るだろうから現場で活躍する人員はもっと少ないはずだ。」
「じゃぁ、どうするの?」
「そこは俺にも分からん。今は生き延びる為にやれる事をやるだけだ。そろそろ行くぞ。」
荒井は後部座席に座る未来の頭をわしゃわしゃと撫でると運転席に座り出発した。
荒井の予想通りキャンプ場は誰も居なかった。
県道からも外れており、曲がり角の看板もほとんど朽ちているため平時でもお客さんの数は少ない。
静かなキャンプ場で、運営は老夫婦がほぼ趣味でやっている様なものだったため、トイレ、炊事場等の設備は古く、お世辞にも綺麗とは言えないため、人気が出ないのも頷けるキャンプ場だった。
荒井はあまり人の来ないこのキャンプ場を気に入っており、週末にはちょくちょく来ている場所だった。勝手知ったる我が家の様に受付のある管理棟のドアを開け中に入る。
「おばちゃん、こんちは〜!」
「あぁ、荒井さん、いらっしゃっい。今日は平日だけど?」
「う、うん…、そうだね。バンガロー空いてる?」
「へぇ〜珍しいねぇ。何泊しますか?」
「うーん、とりあえず、6泊かな?状況によってはもっとかな?」
「あら?夜逃げ?」
「そんなんじゃないよ。今、麓は凄いことになってるけど知らない?」
「ここはTVも無いし、ラジオも入ったり入らなかったり、山の谷間だから電波が入らなからね…。」
「おばちゃんゾンビって知ってる?人が人を食べるヤツ。」
「むかーし映画でちょっと流行ったねぇ。あたしゃ見なかったけど、それがどうしたの?」
「それが本当に現れて、街の至る所にいる。」
「あらぁ、ここは街から離れててよかったねぇ。」
「そういえばおじさんは?」
「具合悪くしてまだ寝てるのよ。朝起こそうとしたら、イビキで怒られたから、頭にきたから放ったらかしにしてる。」
「そう、ここは平和で良いねぇ。じゃ、また後で!」
「あいよ〜。」
バンガローに荷物を下ろし終えた荒井は時計をちらりと見て考える。
時刻は15:00過ぎだった。
今から戻っても病院には夜中の到着になる。
街中は渋滞だらけな上に火事の為に通れる道が限られている。
見通しの効かない夜間の行動は流石に無理があると思い、一晩バンガローで過ごし、明朝の日の出前に出発すれば昼前に病院に到着、石崎をピックアップして折り返しても夕方には帰って来れる。荒井はそう頭の中でパッと計算する。
「なぁに?深刻な顔して何考えてるの?」
美和が荒井の顔を覗き込みながら言う。
「会社の連中どうしてるかなぁとか、やっぱりランタンは必要だし取りに戻ろうかと…。」
「あそこに戻るの?私達を置いて?」
『またこのセリフだ…。』
荒井は内心うんざりしたが表情に出さず話す。
「うん、すまんなぁ。でもここはあの老父婦以外誰も居ないから、とりあえずは安全だぞ。戻るまでバンガローに篭ってるといい。」
「アナタが戻って来れなくなったらどうするの?」
「そうだな、そん時は先にあの世へ逝って待ってる。」
「ばか!」
「冗談だよ〜。必ず戻るから心配するな。」
そう言いながら荒井は美和の頭をポンポンと撫でる。
翌朝、まだ薄暗く日も昇らぬうちから荒井は行動を始めた。
前日の雑誌プロテクターのフル装備を身に纏い、水筒にお湯を入れて出かける準備をした。
「だんだん寒くなってくるなぁ。」
山の朝は冷え込んで、吐く息も若干白いものが見えるくらいの気温だった。
救急車に荒井が乗り込もうとしたところで管理棟に人影が見えた。
「おじさんも朝早いな。体調治ったのかな?」
特に気にも留めず荒井は救急車のエンジンをかけ出発した。
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