17話
病室から荒井は手製のロープでスルスルと降り病院前ロータリーの庇の屋根の上に一旦着地した。
『うーん、結構ウロウロしてるなぁ。』
屋根から顔を出し周囲を確認する。
病院前ロータリーはそこかしこにゾンビがおり、すり抜けて走るには難しそうな状況だった。
『うん?アレ使えるかな?』
荒井はロータリーの庇下に停車してある救急車に目をつけた。
『鍵がついてますように。』
荒井は当て所なくウロウロしているゾンビのタイミング見計らい地上に降下すると、出来るだけ早足でしかも足音を立てない様に救急車に近づくと運転席をゆっくり開けた。
『しめた!鍵がついてる。』
荒井はサッと救急車に乗り込みエンジンを掛ける。
その瞬間、大音量でサイレンが鳴り始めた。
荒井は焦り、センターコンソールのスイッチをやたらめったら押してみる。
なんとかサイレンのスイッチを探し当て、サイレンを止め、視線をあげると周囲のゾンビ全てが救急車を凝視していた。
「ヤバ!めっちゃこっち見てる!」
サイレンに反応したゾンビが救急車に一斉に歩み寄ってきた。
荒井は急いでシフトをDレンジに入れ救急車を発進させる。
数体のゾンビを跳ね飛ばし、勢いよく病院敷地内から道路に出る。そのままの勢いで最初の交差点を曲がったところで放置車両の列に追突しかけた。
「アブねー、事故起こして車内に閉じ込められでもしたら助けてくれる人間もいないぞ。」
荒井はそう呟き、救急車をUターンさせる。
病院から最初の交差点に戻ると、考え込んだ。
「こういう事態の時、皆どこに向かうのだろう?避難のために学校?公民館?それとも逃げるため空港や駅か?学校が近くにある道、駅や空港に向かう道や大きな道は外した方がいいな。」
荒井は営業職で街の道にはかなり詳しかった。
友人からは転職するならタクシードライバーになれば?と言われる程に詳しかった。
荒井はルートを頭の中で組み立てると自宅に向かい再び出発した。
病院から荒井の自宅は車で40分、距離にして10キロ程離れていた。
先程のルート作成が功を奏したのか、それでも完璧に車の居ない道路は無く、時には反対車線、歩道等を走行せざるを得なかったが、街の地獄の風景を余所に確実に自宅までの距離を縮めていた。
「やっとだな。」
自宅前に救急車を停め降りる。荒井は一瞬まるで我が家に怪我人が出て救急車を呼んだかの様な錯覚に陥るが、縁起でもないとその考えを直ぐに打ち消す。
「ただいま!皆んな無事か?」
「「お帰りなさい。」」
荒井の妻、美和と未来が同時に荒井を迎えた。
「おぉ、二人とも無事だったか。」
「ミクが熱っぽくて学校を休んだから家にいて大丈夫だった。」
「何があったんだ?俺は交通事故に巻き込まれた同僚の付き添いで病院に居て、朝まで寝てしまって、起きたらこんな状況だから、何が何やらサッパリだ。」
「私もわからないよ。ただ、お隣さんとか凄い叫び声とか、暴れる音が聞こえたから怖かったくてカーテン閉めて大人しくしてた。TVも自宅から出るなって言ってるし。電話も繋がらないのよ。」
「あぁ、俺も繋がらない。ミクには悪いが、直ぐに避難するぞ!」
「え?TVは外出するなって何度も言ってるよ?」
「俺の考えでは街中の自宅よりも誰も居ない田舎の方が生き残れると思うんだ。」
「生き残れる?」
「あぁ、美和は外に出てないから分からないかもしれないが、人が人を食う状況になってる。揶揄では無くて、本当に文字通りの意味で人が人を食ってる。人口の多い街はダメだ。とにかく、いつものキャンプの延長だと思って準備してくれ。」
そう言いながら、荒井は戸棚からキャンプ道具の一切合切を引っ張り出す。
慌てる荒井におっとりした性格の美和も只事では無いと察知し、急いで準備を始めた。
「あぁ、それから大きな車に乗って帰ってきたから、必要最小限じゃ無くていい。ちょっとでも必要かと思われたら持っていって良いぞ。」
荒井の自家用車はコンパクトカーのため、普段のキャンプは必要最小限に絞って荷造りしていたためだった。
「良し、準備出来たな。荷物は全て俺が車に運ぶから積み終わるまで絶対に外に出るなよ。」
荒井は頭にはヘルメット。日曜大工で使う粉塵用ゴーグル。革のジャンパーを着て、前腕部と上腕部にはプロテクター代わりの雑誌をガムテープで装着、右の腰には鉈を、左の腰には大型のシースナイフを装備し、さらに背中側に手斧をベルトに挟んだ物々しい出で立ちで家族に注意して荷物を積み始めた。
途中、ゾンビになったご近所さんの訪問も有ったが、難なく手斧で撃退、昇天させてあげた。
荒井の自宅は中心街から少し離れているため、街中ほどの人口は無く、積み込みは無事に終了した。
「おーい、皆んな出てきてイイぞ!」
玄関ドアを少し開けて小声で呼ぶ荒井の声に、美和と未来が出て来る。
「大きな車って、救急車じゃない!アナタ!なんて事してるの!」
「シー!声が大きいって、ホラぁ!もー!先に車に乗ってて。」
美和の声に反応したご近所さんが数体ワラワラと唸り声をあげながら集まってきた。
荒井は腰の手斧を構えて走り、ご近所さんの頭に振り下ろす。手斧が骨に食い込んだのか直ぐに抜けず、荒井は数瞬の思考の末に手斧を手放し、鉈とシースナイフをそれぞれの手に持ち、残りのゾンビに向かって行った。
一体目の頭に鉈を振り下ろすと、その隣のゾンビが大きく口を開けて襲いかかる。その噛みつき攻撃を荒井は雑誌プロテクターで受け止める。雑誌を噛みちぎろうと暴れるゾンビの脳天にシースナイフを柄まで叩き込んだ。
集まったゾンビを全て倒すと手斧やナイフに付いた血をゾンビの服で拭い、ついでに荒井は自分の手についた血も拭い救急車の運転席に乗り込んだ。
「外では大きな声を出さないでくれ。人が人を食ってるって言ったろ?食い殺されるぞ。俺は帰り道にいっぱい見てきた。」
荒井は荒くなった息を整えながらそう言う。
ふと気がついて後ろを振り向くと美和と未来の二人は凍りついて居た。
「ん?どうした?」
「アナタ、血…。」
荒井はルームミラーをぐいっと自分に向け自分の姿を確認する。かなりの返り血を浴びて、スプラッター映画の悪役さながらの状態だった。
「あぁ、俺のじゃない。後ろに何か拭くものあるか?」
荒井はヘルメットとゴーグルを外し、美和から渡されたタオルで顔を乱暴に拭いて救急車を出発させた。
「アナタ何処に行くの?」
「うーん、県境の山奥にあるキャンプ場だな。」
「そこなら安全?」
「多分な。ここよりは…。」
時折現れるゾンビを跳ね飛ばしながら救急車は進んで行った。
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