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15話

荒井がまるで動画のスロー巻き戻しの様に、振り返らずお尻からゆっくり病室に入ってくるのを見て、

「何?突然パントマイムの練習?」

石崎はケラケラと笑いながら声をかける。

荒井は物凄い形相で石崎方に素早く振り向くと唇に人差し指を当てて全力で『シー』を行う。

その時、廊下からは、ぬたぁペチャっという様な、まるで子供が泥だらけで遊んだ後の様な足音が近づいている事に荒井は気付いた。

油の切れた前時代的なロボットの様な動作で、今にも荒井の首から『ギ、ギ、ギギィー』と音が聞こえてきそうな動きで荒井は正面を向いた。そこには上唇が欠損し、前歯が剥き出しになった顔が息のかかる距離にあった。

上唇の無いソレは大きく口を開けて荒井の顔面を嚙みつこうとした。

「うぉぉぉ!」

荒井は噛みつきを紙一重で首を後ろにのけぞらせる事で回避すると同時に腰を落とし、気合いの声と共にショルダーチャージでソレを廊下へ弾き飛ばし引き戸をピシャリと閉めた。

「ヤバイヤバイ。」

「どうしたの?」

石崎からはちょうど荒井の影になっていたためかソレに気づいていなかった。

荒井は石崎の問いに応えようしたところで、どう伝えれば良いか判らず言葉が見つからない、ただこの病室内にソレに侵入されるては、死しかないという事だけはハッキリと解ったため引き戸を渾身の力で押さえつける。

「ねぇ、どうしたの?」

普段見せない荒井の行動に石崎は心配になって問いかける。

「上手く言えないが、ヤバイ。リナ、動けるか?走れるか?」

「うーん。腰を打ってるみたいで、あんまり動けないかなぁ。」

「そうか…。まずはこのドアをなんとかしないとな。」

廊下に弾き出されたソレは病室内に侵入しようと、ドアを一定のリズムで叩いていた。

荒井は緊張のためか、この短時間で顎の先から汗が滴り落ちるほどに汗をかいていた。



「参ったなぁ〜。会社の誰にも連絡がつかんぞ。リナは?」

「荒井さん、名前で呼ばないルールは解禁したの?こっちもダメよ。家族にも繋がらない。」

「俺んとこもだ。110番すら繋がらんぞ。」

「ひょっとして固定電話なら繋がるかも?ホラ、震災の時、携帯はダメだったでしょう?」

二人が呑気に話せるには理由があった。

まず荒井は空いているベッドを1台引き戸に立て掛け封鎖し、さらに立て掛けたベッドから反対側の壁まで空きベッドを並べて、まるでつっかえ棒の様な形にし、外からの侵入を防ぐバリケードを即席で作った。

「固定電話っつってもなぁ。廊下に出てナースステーションまで行くか、窓から飛び降りて外で探すかの2択だよなぁ。ここ3階だしロープがいるなぁ。」

荒井は話しながらシーツを縦に裂き始めた。

「何やってるの?」

「ん?即席ロープを作ってる。シーツをそのまま結んで使うより、裂いて編んだ方が強いからさ。ホラ、俺って重たいじゃない。およそコンマ1tだからね。降りてる途中で千切れたりしちゃう堪らんからな。」

「窓から逃げるなんて、私は無理だよ。絶対落ちる自信ある。」

「じゃぁ、廊下から逃げるか?アレがどの位いるのか皆目検討付かないし、あの廊下の惨状を見ると、リナは気絶するぜ?」

リナは映画の流血シーンは顔を背けてしまうほど、血やグロテスクな物が苦手だった。

「それに、今も元気に廊下でノックしてるヤツなんか、上唇が千切れて無かったぞ。アレは俺も心の中で『ひっ』っつったもんな。リナなんか気絶は避けて通れないぞ。」

「想像しただけで、目眩がしそう。所で荒井さん、そんな大きな身体して意外にも器用なのね。」

「意外って言うなよ。ちょっと傷つく。」

「そうだTVで何かやってるかも?」

石崎はそう言うや否やすぐにスマートフォンのアプリを操作してTVを見始めた。


『ここで緊急のニュースです…。政府の発表によると昨夜未明から全国規模で同時多発的に発生している暴動に対し自衛隊の治安維持活動が戦後初、発令されました。国会前から中継が繋がっております…。』

『こちら国会前。国会前は自衛隊の装甲車と警護の自衛官で、普段では考えられない様な物々しい雰囲気となっています…。あっ、通りの向こうから抗議の団体でしょうか?道路を埋め尽くす群衆がこちらへ向かっています。自衛隊側から帰宅を促す放送が、あぁぁ!発砲しています。自衛隊が国民に向かって発砲しております!こんな事があって良いのでしょうか!国民を守るじえぃ…ちょっとやめてくだぁぁぁ!いぎゃぃぃぁぁぁ!』

リポーターは背後から近付いたゾンビに組み付かれ、肩を噛みちぎられ尋常ではない量の血が流れる

映像は直ぐにスタジオに切り替わったが、メインキャスターも呆然とし誰も喋らない。

束の間の沈黙の後、気を取り直し話し出す。

『先程の中継ではショッキングな映像が流れた事をお詫びします。先程も申し上げましたが自衛隊による治安維持活動が発令されました。どうか皆様は無用な外出を避け、しっかりと施錠して政府発表をお待ちになって下さい。避難される方は最寄りの公民館、小中学校等の避難先へとお願いいたします。

先程の堂島リポーターの安否が心配ですが、地区ごとの緊急避難場所と災害拠点病院をお伝えします…。T区…』


「なんか大変な事になってるね。」

「映画の世界みたいだな。バイオハジャードとかあの辺りの…。」

「荒井さん、私怖い。どうしたらいい?」

「日本全国で暴動って言ってたな。俺がよく行ってた山の中なら人が居ないから、そっちの方が安全かもな。」

その時、荒井のスマートフォンにメールが入った。確認するとそれは妻からだった。

リナの問いに明確には応えず荒井はメールでやり取りを始めた。



荒井は10m程度のロープを作ると、途中を両足で踏みつけ、背筋測定の要領でロープを引っ張り強度を確かめる。

「うん、大丈夫だろう。」

そう呟くと窓からロープを垂らし、端をベッドの脚に結び付けた。

「いつも思うけど、ロープの結び方とかカッコいいよね。」

荒井の趣味はキャンプに行く事だった。石崎と付き合う様になって、荒井は週末に何度かキャンプに連れて行ったことがあった。

付き合う前は、週末に家庭で居場所がなく、一人でキャンプに行っていた。一人で何度も行くうちに、ブッシュクラフトの世界にまで足を踏み込む程であった。

ブッシュクラフトとは、最低限の荷物だけでキャンプを行う事で、足りないものは自然の中で調達すると言う原始人に近いキャンプスタイルだ。

荒井は最終的にはテントも必要にならない程の腕前になっていた。

「リナどうする?動けるか?俺は一旦家に帰って

家族を非難させるけど…。」

そこまで言って荒井は石崎の方を見ると怒っていた。


いつも応援ありがとうございます。

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