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14話

荒井は病院の待合室と外の喫煙所を行ったり来たりしながら石崎の処置を待っていた。ただ待つのだけではなく、深夜だが上司への連絡、石崎の携帯の履歴から親御さんへの連絡、自分の嫁にも同僚が事故にあった事と付き添いで今晩は帰れない旨を連絡しながら待っていた。


連絡もひと段落し、喫煙所でタバコを吸っていると石崎が運び込まれた病院は次から次に救急車が到着している事に気がついた。

『15、6年前に流行ったアメリカTVドラマの舞台みたいだなぁ。』

なんて荒井は考えていた。

石崎の処置が終わり、一般病棟へ移った事を看護師から知らされ荒井は病院を石崎を探して歩き始めた。

『看護師は判ってるだろうけど、説明聞いてもいまいちピンと来ないよなぁ。病院なんか滅多に来ないからなぁ。』

薄暗い廊下を荒井はコツコツ足音を立てながら歩いていたが、さすがに眠ってる患者さんに悪いと思い、足音を立てずに抜き足差し足で歩く。



その頃の救急外来では戦場の様相を呈していた。

「おい!どうなってる?こんな大した事も無い裂傷で出血もそこまで無いのに、なんで意識レベルが低下する?」

「バイタルほとんど触れません!」

心電図のモニターを見ながら脈を触れていた看護師が叫ぶ。

「除細動器持ってこい!CPR開始する!」

医師が叫びながら気道確保の為の気管挿管を始めた。

看護師がガラガラと仰々しい機械を引いてきた。医師がすかさずスイッチを入れると、カメラのフラッシュが充電し始める様なキュィーンという音が響く。

「クリア!!」

医師が叫ぶと、作業をしていた看護師が両手を挙げる。それをチラリと確認した医師がハンドルについたボタンを押す。

"ドン"

「フラットライン!」

「チャージ、250!行くぞ!」

"ドン"

「ダメか!」

ハンドルを投げ捨てた医師が心臓マッサージを開始する。

「リドカイン90ミリ!ボーラス!」

看護師が患者に繋がる点滴チューブに注射器で薬を投与すると同時にストップウォッチをスタートさせた。

心臓マッサージを続ける医師の額には汗が滲み、看護師が医師の汗を拭き取る。

「どうなってんだ?同じ様な裂傷で今夜はもう3人目だぞ!感染症の疑いが強い。皆、患者の体液には注意しろ!それと生検にサンプル回してくれ。」

「先生、5分です。」

「もう一度除細動器だ!」

再び電気をチャージする充電音が鳴り、太鼓を叩く様な音が救急外来に木霊する。そこへ次の救急車の到来を予告するアナウンスが鳴り響く。

『上腕部裂傷、意識レベル300。』

『頸部裂傷、意識レベル300。』

「オイオイ今夜はどうなってんだ?医者を全員叩き起こしてこい!手が足らん。」



荒井はあちこちウロつき石崎が収容されている病室を探し当てた。

引き戸を開け中に入ると、4人用の病室だったが石崎以外は退院したのか、たまたま他に入院患者が居なかったのか個室状態だった。

石崎はすれ違う男が振り返ってもう一度見るくらいのかなりな美人で、眠る姿もまるで人形の様だった。

「よく寝てるな。」

荒井はベッド横に横たわる石崎の顔を覗き込みながらそう呟くと口付けをかわし、頬を軽く撫でると面会者用に用意されてある椅子に腰掛け、石崎の手を握ると安心したのか眠気が襲い、そのまま寝入ってしまった。



病室の窓が明るくなり、その明かりで荒井は目覚めた。

「おはよう。よく寝てたね。」

「おぉ!?石崎!気分はどうだ?」

「チョット頭がくらくらするけど大丈夫だよ。夢のなかでね、荒井さんが私の名前を呼んでたよ。リナっ!リナっ!って何度もね。」

「あぁ、事故の時な。」

「名前で呼ばない約束じゃなかったぁ〜?」

「焦ってたし、周りに知り合いがいた訳でも無いからイイだろぅ?」

「じゃぁ、私も誰もいない時は荒井さんの名前で呼んでもイイの?」

「ダメだ。」

「ケチ!」

石崎は可愛らしく頰を膨らませる。

「咄嗟の時に名前を呼んでしまうからダメだ。」

荒井は膨らんだ頰を人差し指で突きながら昨夜の救出劇を面白い可笑しく語ってみせた。

「ハリウッドかよ〜って可笑しい。」

「まぁ、間一髪だったのはあとで考えるとゾっとするけどな。」

「また助けてくれる?」

「いつでも駆けつけるさ...。ところでそろそろ朝食持ってくるんじゃないか?腹減ってないか?俺は腹ペコ。」

荒井は照れ隠しに話題を変えた。

「そうねぇ。入院した事無いから分かんないけど。」

「俺の朝飯買いに行くついでに、ちょっと聞いてこよう。」

荒井はそう言うと立ち上がった。

引き戸を開けて廊下を見ると、そこは地獄の光景が広がっていた。

廊下は辺り一面血塗れで、壁や天井に至るまで血飛沫が飛んでおり、通常であれば消毒臭が漂う廊下が血で錆びた様な臭いと汚物の臭いで溢れていた。

廊下の端では医師や看護師が患者の内臓を喰らい、はたまた患者が医師を喰らい、肉食獣の様な唸り声と咀嚼しする音が薄暗い廊下に響いていた。

荒井は本能的にこれは刺激しては不味いと感じ、山の中でクマに遭遇したかの様に、音を立てずにゆっくりと後ずさり、細心の注意を払い音を立てぬ様に病室の引き戸を開けゆっくりと病室に戻った。

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