11話
勢いよくドアを開けた山本は拍子抜けしていた。
ドアを叩き続けていたそれは、ドアに押されてそのまま階下へ頭から転落し、動かなくなっていた。
「須賀、頭が弱点なのはネットの情報通りだなぁ。俺のヌンチャク1号が活躍する暇も無かったぜ。」
「あ、アレ隣の人ですよ。昨日具合悪いんだから静かにしてくれって、青い顔して言ってた人です。」
「おぉ、マジかこんなご近所さんでゾンビ一号に出くわすとか…。俺ら感染しなくてラッキーじゃねぇ?」
山本はそう言いながら階下の死体を眺めていた。
「おい原田、お前ちゃんと死んでるか見てこいよ。」
「えっ?俺っスか?俺パスっす。」
原田はそう言うと、何故か須賀に視線を泳がす。
「えっ?僕?やだなぁ。死体とか今まで見たことも無いし…。」
須賀は山本に助けを求める様な視線を送る。
「お前らなぁ、多分これから嫌ってほど死体なんか見る様になるぞ。今のうちに慣れとけよ。」
そう言いながら山本は階段を下って行き、徐ろに死体を覗き込み、ヌンチャクで突つき始めた。
「死んでるみたいだな!」
そう言いながら皆の方へ振り返ると、皆一様に指を指しながら口をパクパクさせていた。
山本は一瞬ふざけているのかと思ったが、直ぐに振り返りざまにヌンチャクを頭の高さに横薙ぎに払った。振り返った山本は連続でヌンチャクを振りゾンビを滅多打ちにした。
「あーったったたたたたったー、ほわちゃー!」
カンフー映画の主人公の様な掛け声で連打を浴びせる。
山本のヌンチャクが右に左に往復する動きに追従してゾンビの頭も右左へと振り子の様に動く。
よく見るとその振り子の形は打撃によるダメージで少しずつ変形していた。
最後の気合いの声とともに樫の木で出来たヌンチャクがバキィという音ともに折れ、あらぬ方向へと飛んで行った。
「やっぱり1号はダメだったか。こんな事もあろうかと、じゃーん!2号も用意してまーす。ほぁた!」
山本は腰から二本目のヌンチャクを取り出すと勢いよく叩きつけた。2号は鋼鉄で出来たヌンチャクだった。
頭部を一撃でぐちゃぐちゃにされたゾンビは動かなくなった。
「おし、銀行に行くか!」
スポーツで汗をかいて爽快な気分だと言わんばかりの満足げな表情で山本は言う。
「あのぉ、山本先輩、すんません。俺、一旦帰っていいっスか?」
今時珍しいリーゼントヘアーの斎藤がクシで髪型を整えながら言う。
斎藤はトビ職で背は低いが引き締まった身体をしており、身軽な彼は今の職が天職だと思っていたが自慢のリーゼントもヘルメットを被る仕事のために潰れてしまう事が悩ましく、いかに潰さない様にヘルメットを着用するかが彼にとっての永遠のテーマだった。
「やっぱり家族が心配で、すんません。」
「分かった。後で必ず合流しろよ?他に別行動したい奴は居るか?よし居ないな!じゃあ行くぞ。」
山本は返事をする時間を与えず皆を強引に車に乗せて駅前に向かって走り出した。
駅に近づくにつれ放置された車の数が増えるとともにゾンビの数も増えていった。
「山本さん、ここも通れないですね。」
須賀が不安そうな表情で言う。
「こうなると、最後は歩きかぁ?」
「やっぱりそうなるんだ。はぁぁぁ。」
真から嫌そうな須賀を山本は無視し突然ハンドルを切り田圃へ突っ込む。
「おわぁぁぁ!何やって、うわぁぁ!」
「うるせー、舌噛むぞ。出来るだけ近づくって言ったろ?」
田圃を爆走する山本。稲を刈り取られた後で水が張られてない事が幸いし、土煙をあげながら順調に進む。
駅前まであと少しの所で、田圃から畦道に乗り上げた所で山本は停車させた。
「よし、ここから歩くぞ!」
「えぇー、もうちょっと車で行きましょうよ。」
「道路を見てみろ、ずっと渋滞してる。ギリギリまで行って、車置いといて、もしも火事で他の車が燃えたら、どんどん燃えて最後には俺の車も燃えるじゃねーか。」
「脱出手段を確保しておくのは良いけど、やっぱり歩きは嫌です。」
「原田はどうだ?」
「酔った…。おぇぇぇ。」
「原田は問題ないみたいだぞ。」
『えぇぇぇ?答えて無いじゃん!』須賀の心の叫びは届かず、山本はリュックを背負い出発準備を済ませた。
「オラっ!ちゃっちゃと行くぞ、ったく。」
山本を先頭に原田が続き、須賀がヨロヨロと追いかけていた。
「ちょっと山本さん、なんで僕が荷物持ちなんですか?」
「お前さっきから闘わねーじゃん。だから出来る事をやってもらってる。それとも闘うか?」
「いえ、頑張ります。もうちょっとゆっくり行きましょうよ。」
「死にたくなけりゃ、死んでもついてこい。」
山本と原田はゾンビに遭遇すると一撃で葬っていた。
山本曰く、暴走族の抗争の延長らしい。
山本のヌンチャクがゴキっと言えば、その横で原田の手斧がヌタっと音を立てて、互いにフォローしながら闘っていた。須賀は手にしたバールを振るう事なく、ただ傍観していた。
躊躇なく頭を破壊する二人に、時折楽しそうにハイタッチする二人に、須賀は戦慄を覚えていた。
「先輩、あのバイク屋燃えてねーっス!バイクで行きません?」
「おぉ!良いな!須賀はバイク乗れるか?」
「スクーターなら何とか。」
「おし、略奪けってーい!」
「ヒャッホーウ!」
原田が奇声をあげバイク屋のショウウィンドウを叩き割る。
「おっ、良いな!次は俺だぁ。ウラぁぁ!」
山本もショウウィンドウを叩き割った。
「おい、須賀もやらねーのか?楽しいぞ。」
「いや、自分は遠慮しときます。割る必要無いじゃないですか。」
「かぁー、大学出はイイコチャンだなぁ。こんな世の中だ、楽しまないと損だぜ?」
山本と原田は全てのショウウィンドウを無駄に叩き割り、中に侵入する。
「俺コレな!」
「自分コレっす。」
山本はオフロードバイクを選び、原田はアメリカンタイプを選んだ。須賀は50ccのスクーターを選んだ。
「お前、それで良いのか?もっと豪華なヤツ選らんどけよ。」
「デッカいのは倒したら起こせない自信が満点なんで、コレが良いです。」
「あっそぅ。じゃぁしゅっぱーつ!」
小気味良いエンジン音を立てて山本達は出発した。
「原田!銀行まで何匹殺れるか競争な!」
「了解!」
「最初の一匹目、もーらい!」
山本はアクセルを開け加速しすれ違いざまにヌンチャクでゾンビの頭部を破壊する。
「原田、見た?頭が爆発したみたいだったぞ!」
「スゲーっす!俺も鈍器系が良かった。あっ!自分、あれもーらい!」
原田もアクセルを開け加速すると手斧で横薙ぎに払った。
「先輩見たっスか?あとちょっとで首チョンパっすよ。首の皮一枚ってアレのことっすね。次こそ首をスパーンって飛ばしますんで見ててください!」
盛り上がる二人について行けずどこまでも空気な須賀であった。