10話
『何でこうなった?』
須賀の六畳一間のアパートには、どう見てもチンピラにしか見えない元気の良さそうな若者が雑魚寝していた。
山本が前夜に前祝いだ!と山本の後輩を集め、明け方まで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎとなった。
下戸の須賀は最初の乾杯だけ飲み、その後は山本達の世話を焼いていた。
簡単なツマミを作ってあげたり、酒を溢した後を掃除したり、余りにも騒がしいため同じアパートの住民に苦情を言われ頭を下げたり、皆が酒に酔い、寝静まる頃には須賀も疲れ果てて眠ってしまっていた。
ドアを叩く音に須賀が目を覚まし、昨夜の惨状を改めて認識して、来訪者をしばし無視して呆然としていた。
「須賀ぁ、ドンドンうるせ〜ぞぉ。」
「ハイハイ、今行きますよ。」
須賀のベッドを占領して寝ている山本が機嫌悪そうな声で目も開けずそう言う。
小さくヨッコラセっと言いながら須賀は玄関に向かった。
カギを外しドアを開けようとしたところで須賀は、ハッと一瞬動きを止めた。
「どちら様ですか?」
生唾をゴクリと飲み込み問いかけるが、返事は無い。
来訪者はドアを叩く行為を辞めない。
「どちら様ですかぁ?」
須賀は更に大きな声で問いかけるが返事は無い。
そろそろとドアにカギを掛け直し、須賀は山本の所へ戻る。
眠る山本をユサユサ揺り動かす。
「山本さん、来たっス。とうとう来たっス。」
うーんと山本は眠たそうに唸っていたが、突然目をパチっと開くと跳ね起きた。
「マジか!どんな奴だ?」
「すんません。ウチはドアスコープが無いんで、どんな奴かは分かりません。」
「おぉそうか、ちょっと窓開けて外の様子を見てみるぞ。」
そう言うなり山本はカーテンをズバッと開ける。
「なんじゃこらぁ!あちこちで火事になってんじゃねーか!消防車はどうした?」
二階建てのアパートの窓から見える範囲には黒い煙が幾筋も昇っていた。
サイレンの音はせず、燃えるに任せた様な感じだった。
「これ、ヤバくないですか?ここまで延焼して来るんじゃないっすか?」
「オイ、どうするよ?」
「消防が機能していないなら、雨でも降らない限り、燃え続けると思うんですよ。燃えないと言ったら、道路が広くて、コンクリ製の建物くらいですかね。」
須賀が顎に手を当てて言う。
「うーん、銀行とかどうだ?ホラ駅前の、道路は広いし、コンクリのビルだぜ?」
「良いと思いますよ。まだ朝だから、開店してないからシャッターも降りてると思うし…。でも、どうやって入ります?」
「それなら大丈夫だ。おい、原田起きろ。コイツはな、鍵屋なんだ。」
山本は酔って寝ている後輩の原田を、足で軽く蹴りながら起こす。
玄関ドアは相変わらず外から何者かが叩いていた。
「つー訳で、駅前の銀行に避難しようと思うんだが、鍵は開けられるか?」
「微妙っスね。通用口の鍵ならイケそうっスけど、最近の鍵はピッキングに強い奴だから、メーカーによってはぶっ壊した方が早い場合があるっス。まぁ、現物を見ないと何ともねぇ。道具は自分の車にあるっスから、いつでもオッケーっすよ。」
「開けるのにどのぐらいかかる?」
「ん?一万円からっスね。先輩は千円でいいっスよ。」
「このバカ!時間だよ。」
「あぁ、ピッキングだったら1分かからないっスよ。壊すのなら、だいたい30分もあれば楽勝っス。」
「30分は長いな。どうにかならんのか?」
「ピッキングで開く鍵なのを祈るしか無いっスね。」
「そうだな。よーし、当面の食料を持ってサッサと移動するか!せっかく色々買ったのに残念だったな、須賀。」
「このアパートが燃えないことを祈ってますよ。」
出掛ける準備が終わり、銘々が荷物と武器を持ち山本を見つめる。
「おーし、準備出来たな。これからコレでドアの奴をぶっ飛ばして車に乗り込むぞ。」
山本は腰に差していたヌンチャクを取り出し、アチョーと言う奇声を発しながら香港の映画スターの真似を始めた。
「うぉっ!山本さんのヌンチャク久し振りに見た。」原田が目を輝かせる。
「須賀、知ってるか?山本さんはアレで何人か病院送りにしてるだぜ?」憧れの視線を山本から外さないまま原田が言う。
「へぇー、凄いね。確かにいい武器だね。カナダでは、ヌンチャクの所持が禁止されてるらしいよ。」
一通り演武が終わったのか、山本はコォォっと音を立てて息を吐いた。
「うし!行くか!気合い入れろよ!」
山本はドアノブに手を掛けるとドアを勢いよく開けた。