—08— 首都カールトン
ウィル達は武術大会が開催される、ブルメリア王国の東に隣接するワーブラー王国の首都、カールトンに来ていた。初めての異国の都市にはしゃぐメルトとそれを見守るラス達。武術大会はブルメリア王国の首都ウィンザーと交互に開催されるため、2年に一度のお祭りに街は賑わっていた。街の東門から続く中央通りの両脇には商売の機会を逃すまいと多くの出店が並んでいた。
「あ~、見てみて!あの焼き鳥おいしそ~!!お姉ちゃん買って~!」
「ぎょふぎょふっ」
「もう、二人共…そんなに食べると晩御飯食べれなくなっちゃうわよ?」
屋台から漂ってくる魅力的な匂いに引き寄せられるメルトとイゾルテ。いつもなら止めるラスだが、久しぶりの旅行ということもあって財布の紐を緩めていた。少し離れたところではフェルナが珍しい宝石をクラウにねだっていた。
「ふふっ、皆さん楽しそうでよかったですの。ウィル様もカールトンは初めてですか?」
先ほどから周囲の人の多さに目を奪われているウィルの傍へデリスが近づく。
「えぇ、こんなにも人が集まってる光景は初めて見ました」
「カールトンはブルメリア王国の首都ウィンザーに次いで、グラス大陸で二番目に人口が多い都市ですの。物流の中継地点として大陸中から人や物が集まってくるんですの」
「通りで…ちょっと値が張りますが売っている物は質が高いものが多いですね。あそこに売っているオーパーツなんてどれも珍しいものばかりだ」
「やっぱりウィル様はオーパーツに興味があるんですのね」
口に手を当ててくすくすと笑う。
「良かったら案内しますの」
デリスはウィルの手を引っ張り、より多くの店が集まる街の中心部へと歩いて行った。
「あ、ちょっと二人でどこ行くのよ~!もうっ、メルトもイゾルテも行くよ!クラウもフェルナも!」
デリスとウィルの後を追いかける形でついて行くラス達。
その後もいろいろな店も見て回っていると遠くの方から大きな歓声と人だかりが徐々に近づいてきた。その先頭に見えるのは赤を基調とした防具を身に纏った集団。観衆は近づき歓声を浴びせるが進路は誰も遮らず、集団は両脇に並ぶ人の間を堂々と歩いている。
「うわっ、お姉ちゃん!見てみて!本物のトレアサさんだー!」
「初めて見た…」
周囲の観衆が向けている視線と同じものをメルトとラスもまたその集団の先頭を歩く、強烈な存在感を放つ女性へと向けていた。そしてその集団とウィル達の距離が徐々に近づき真横に来たとき、先頭のトレアサの数歩後ろを歩いていた白髪の青年が足を止めてウィル達の方を見た。
「っ…デリス!お前本当にっ…」
「カデル!お久しぶりですの~!」
デリスの隣にいるウィルと交互に見比べて眉間に皺を寄せるカデルとは対照的に脳天気に笑うデリス。その様子にその集団、アガートラムの団員達も気付き歩みを止めてウィル達の方を見つめた。
「デリス!」
集団の先頭を歩いていたアガートラムの団長、トレアサもデリスに気付き歩み寄る。デリスはカデルと同じように笑顔で”久しぶりですの~!”と言っていたが、物凄い剣幕で歩み寄ってくるトレアサを前に徐々に笑顔が強張っていった。周りにいた人はデリスの存在にようやく気付いたこともあるが、周囲の男性よりも背丈のあるトレアサのあまりの剣幕にその場所から離れた。トレアサはデリスの目の前で立ち止まるとその頭上へ握り拳を落とした。
「あだっ!」
「お前は本当に何も言わずに飛び出して行きやがって!」
「ごめんなさいですの…」
「全く!親の顔が見てみたいもんだ」
「本当の親の顔なんて見たことないですし育ての親なら目の前にいますの…」
「…あぁ?」
デリスの余計な一言にまたトレアサが拳を落とした。加減されているとは言え籠手を付けた拳で殴られ、頭頂部を摩りながら目尻にうっすらと涙を溜めていた。横に居たイゾルテに至っては矛先が自分に向かないようにメルトの後ろに隠れて尻尾を丸め、気配を絶っていた。
「ったく…。デリスも!アヤメも!カデルも!どうして猪みたいに何も考えずに突っ走るように育ってしまったんだか…」
「育ての親に似たんでしょうなぁ」
「…ロイド、何か言ったか?」
「いえ、あっしは何も?」
すぐ横に居た心の声を漏らした副団長のロイドを睨みつけるトレアサ。
「で、デリス」
「はい…ですの」
デリスは未だに痛む頭を摩りながらトレアサを見つめた。
「元気にやってるのか?」
「ええ、ここにいるラスさん達のおかげでとても楽しい毎日を過ごせてますの」
「えぇっ、ちょっとデリス!?」
デリスは近くにいたラスの腕を引っ張ってトレアサに紹介したが、ラスは不意にトレアサの眼前へ出る形となり困惑していた。
「そうか。お前が元気ならいいさ。ラス…さんで良かったかな?こいつは昔っから後先考えずに行動するから迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
そう言うとトレアサは深く頭を下げた。
「え!?あ、はい!デリスさんにはいつも助けてもらってばっかりでっ、こちらこそ助かってます!」
緊張のあまりまとまっていない言葉を述べるラス。その横でまたデリスが要らないことを言ってトレアサに殴られていた。
「全くお前は人が心配してるってのに…ん?」
自分達が賑やかなやり取りをしている中、アヤメが黙って一点を見つめていることに気付きその視線を追う。そしてその視線の先を見たトレアサは真面目な顔つきになり、様子を窺った。ウィルとアヤメは瞬きもせずに見つめ合い、間には長い静寂の時間が流れた。それぞれのギルドの仲間も二人の様子を気にかけるように押し黙る。周囲の喧騒との対比が静寂をより強調した。
「あれから少しは強くなったか?」
しばらくしてウィルが静かに口を開いた。ラスはいつもと違う雰囲気のウィルと黒髪の少女を心配そうに交互に見る。アヤメはウィルの問いかけを無視するかのように黙って見つめ続けていた。二人の間の緊張が、周囲に徐々に伝わっていく。やがてアヤメもゆっくりと口を開く。
「私とあたるまでせいぜい負けないようにしろ」
そう言い残すとアヤメは他の団員を置いて1人歩き始めた。
「あ、おいっ!」
カデルがその後を慌てて追う。他の団員も徐々に止めていた歩みを再開し、アヤメの後に付いていく。トレアサももう一度ラス達に軽く頭を下げると他の団員達の後を追った。周囲の騒がしかった声もアガートラムが去ると同時に遠くへと消えていった。
「はぁ~、疲れた~…」
「うおー!トレアサさん近くで見ちゃった!」
トレアサ達が去った後、ラスはその場にへたっと座り込んだ。メルトはトレアサ達に会えた興奮が冷めないようだった。ウィルはただアヤメの姿が見えなくなるまでその姿を目で追っていた。アヤメが群衆に紛れて見えなくなる頃に、ウィルは後ろから肩を掴まれた。
「ところでよ、ウィル」
「なんですか?」
「カッコつけたところ悪ぃが、俺達が負けたら敗退だけどな」
「そんなこと自信あり気に言わないでください…」
その後、一通りカールトンの街を満喫したウィル達は明日の大会に備えて宿へと向かった。
ウィル達が宿屋へ向かったのと同じ頃、アガートラムの団員達も宿屋に着き、明日以降の大会に備えて早々に休息するもの、酒場に出かけるもの、鍛錬をするもの等各々の行動をとった。そのような中、宿の一室でシンクレアとトレアサが真面目な面持ちで会話をしていた。
「あのウィルとかいうあの子が気にしてる青年、お前はどう思う?」
「どう、とは?」
シンクレアは杖の宝石を磨きながら聞き返す。
「あの青年からは全く”気”が感じられなかった。赤子でさえ微小な”気”は持っているものだ。あれではまるで死人だ」
「雪山で奴の戦いを見ていた」
「そういえばお前はアヤメ達と共にヨトゥンヘイムに行っていたな」
「奴は魔法を使って身体を強化していた。それもかなり強力な魔法だ」
「ふむ」
「お前がそうだったように私も奴から気が感じ取れない事に違和感を持った。しかし、そんな奴が見せたのは私と同程度か、それ以上に強い魔法の力じゃった。もしかすると、奴は古代種の末裔なのかもしれぬ」
「古代種…?なんだそれは」
聞いたことのない言葉に首をかしげる。
「今ではほとんど文献に残ってはいないがの。かつてこの蒼の星を支配した種族じゃ」
「なぜ古代種だと?」
「元々魔法は古代種が編み出した技術での。彼らはマナを自在に操り高度に発展した文明を築いたそうじゃ」
「お前やマホンもマナも魔法も使っているだろう?」
シンクレアは目を瞑り首を横に振る。
「今の私達が使っているのは”気”から錬成して似せて作った偽物のマナに過ぎん。古代種が扱うのは本物のマナじゃ」
「で?そのマナとは一体なんなんだ?」
「私達は感じることはできぬが、マナはこの星の大半の力の源であり、あらゆる場所に漂っておる。星の力そのものだと思っても間違いではないじゃろう」
「そんな規模の…非常に危険な力だ」
「そこの花瓶に刺さっておる花も、イゾルテのような竜族も、山にいる猪も皆扱うことができる。危険かどうかはそれを使うもの次第じゃ。私達は使えないがの。道を踏み外した古代種とその文明は星神の怒りを買って滅んだそうじゃ」
「それで奴は古代種だと?」
「わからん。魔法の研究用に書物を探しについてきただけじゃったが…。明日の大会は私もそれを確かめるために出ようかの」
「お前が…?珍しいこともあるもんだ。大会に出るために鍛錬を積んできた若い奴が可愛そうだな」
「こんな老いぼれに負けているようでは最初から参加しないほうがよいじゃろ」
「それもそうだな。それではまた明日」
トレアサは笑いながら席を立ち、自分の部屋へと戻っていった。