—07— 家族
ウィルはその後デリスから聞いた情報を参考にし、クラウ達に稽古をつけていた。
「おらぁっ!っとと…!」
「クラウさん、目の前の相手の動きに囚われ過ぎです。もう少し相手の狙いを考えて動いてください」
上段から振り下ろされたウィルの刀に真っ向から剣をぶつけて押し切ろうとしたクラウは、体側に回ったウィルに受け流され、加減された回し蹴りをくらい前のめりに姿勢を崩した。
「えいっ、ですの!」
クラウの攻撃に続いて今度はデリスがウィルの右手を鞭で絡めとった。ウィルが腕に力を入れて引っ張ろうとするも、体を鍛えているデリスの両腕の力はなかなか強く動きを封じられる形となった。
いつの間にかウィルはクラウ、フェルナ、デリス、イゾルテをまとめて相手していた。当初はデリスから教えてもらったアガートラムの情報を元に個人練習をしていたのだが、入れ替えるのが面倒になり次第に交代の間隔が短くなっていき、最後は全員をまとめて相手していた。
「デリスさん、今のはなかなかいい攻撃でした」
ウィルの動きを封じてデリスは口角を上げていた。しかし、ウィルも同様に焦った表情を浮かべるわけではなく余裕そうな表情でデリスを見つめ返していた。
「ですが…」
次の瞬間、ウィルは鞭を掴み勢いをつけ、凄まじい勢いでデリスに迫った。そして空いている左手で掌打を叩き込む動作に入った。
「…っ!」
まさかウィルが突進してくるとは思わなかったデリスは咄嗟に鞭を離して両手身構え、歯を食いしばった。しかし、ウィルの掌打はデリスに入らなかった。
「やりますね、フェルナさん!」
「ふふっ、この時を待っていたのよ」
デリスに真っ直ぐと向かっていくウィルの動きに合わせてフェルナが矢を放っていた。ウィルはその矢を避けるため後方の空中へと跳び上がった。空中で身動きが取れないウィルに対してフェルナは続けざまに矢を放つ。ウィルはそれを鞭が巻き付いたままの右腕を振り、刀で器用に落としていく。しかし、ウィルが飛んでくる矢を落としている間に背後にはイゾルテが接近していた。
「イゾルテ!今よ!」
フェルナの掛け声と共にイゾルテは大きく息を吸い込み、特大の火炎をウィル目がけて吐いた。流石に火の息は刀で防ぐことができず、ウィルは魔法による障壁を展開して防いだ。そして地面に着地すると降参したように手を挙げた。
「…今のはなかなかいい連携でした」
「やりぃ!ようやく一本取れたわね」
「ぎょふっ」
フェルナがイゾルテの元に駆け寄り彼女の前足に自分の手を当てて互いの活躍を喜んだ。そこにクラウとデリスも混じり、互いの活躍を称え合っているとずっと傍で見学していたメルトが口を開いた。
「ねーねー、武術大会に集団戦ってあったっけ?」
一本取って喜んでいる一同は両手を挙げたまま固まった。
「はー…皆抜けてるんだから」
キリが良かったこともあり、その場でこの日の特訓は終わりとなった。気が付けば陽が沈みかけ、茜色の雲が頭上をゆっくりと通り過ぎていった。シャムロックまでの帰り道の途中、家に帰るクラウとフェルナを見送り、ウィル、ラス、メルト、デリス、そしてイゾルテは夕飯の買い物をする親子達がまばらにいるヴィオラの街の通りを楽しく話しながら歩いていた。時折美味しそうな肉や果物を見つけてはせがむイゾルテを注意するデリスの姿はまるで周囲にいる母子のようであった。ウィルはその光景を懐かしいような、寂しいような表情で眺めていた。
「ウィル君寂しくなっちゃった?」
「そんな顔してた?」
その表情に気付いたメルトが静かに声をかける。
「フェルナもよく言うけどさ、ここにいる間は私達を家族だと思っていいから!我慢するための辛い隠し事は無し!辛いことも悲しいことも皆で助け合うの」
――何も心配しないで。私達は今日から家族だから――
「…」
メルトのその言葉に、記憶を無くし倒れていたところを助けて迎え入れてくれた亡き先生の姿が重なる。
「ウィル君?」
少しの間昔のことを思い出し無言になっていると、心配したメルトが覗き込んできた。
「わっぷっ!!」
ウィルは目の前にあったメルトの髪を微笑みながらくしゃくしゃに撫でた
「いつもメルトには助けられてばっかりだな」
ウィルが微笑む。
「えへへ、そんなことないよ。私達の方がウィル君に助けてもらってばっかりだもん。でもお役に立てたようでよかったでございます!」
「じゃあお互い様ってことで」
そう言うと二人で笑いあった。
「もぉ~!ウィルもメルトも何してるの~!早くしないと晩御飯遅くなっちゃうよ~!」
「ぎょふぎょふっ!」
声のする方へ顔を向けると遠くの方に手を挙げて二人を呼ぶラスとお腹が空いて早くしろと催促しているイゾルテの姿があった。デリスはそんな二人の横でにこにこと手を振っていた。
「待ってー、お姉ちゃんすぐ行くからー!ほら、ウィル君行くよ!」
「りょーかい!」
駆け出すメルトの後を付いていき、急いでラス達のもとへ戻った。
「まったくもう!イゾルテだって食べ物に釣られてもすぐ戻ってくるのにあなたたちは~」
「ごめんお姉ちゃん」
「デリス、私は晩御飯の食材も途中で買わなきゃいけないからその間はぐれないように今度は二人しっかり見てて!」
「わかりましたですの」
デリスは苦笑いをしている二人の方を見てくすくすと笑っていた。
「そういえばウィル君、前に喧嘩して家出したって言ってたけど、先生とその娘さんも心配してるかもよ?」
「うーん、どうだろう…」
「絶対にウィル君のこと心配してるって。気まずいかもしれないけどさー、ちゃんとどこかで仲直りしなよー?」
「善処します…」
「善処じゃなくてするのー」
「はい」
アヤメから話を聞き雪山での二人の戦いを見ていたデリスは、事情を知らないとはいえメルトに説教され小さくなっているウィルの姿が面白かった。
「ふふふ、ウィル様。ちゃんと仲直りしなくちゃですのー」
「ぎょふぎょふ」
「はい…」
買い物を終えてその光景を目にしたラスは首を傾げていた。