—06— 武術大会に向けて
「そこですの!」
「ぐっ…」
鞭の衝撃でクラウの右手から離れた木剣はくるくると回転しながら地面に落ち、からんっと乾いた音を立てて止まった。
「降参だ」
両手を挙げて手をぷらぷらと降る。それを見たデリスも構えていた鞭を丸めて両腕を下ろした。
「流石につえぇな。あのアガートラムに在籍してただけある」
「クラウさんこそ。次は手を抜かずに本気で来てくださいですの」
「いーや、今ので全力だ。嬢ちゃんには敵わねぇさ」
「クラウー、何やってんのよー!」
試合に負けたクラウに遠くからフェルナが不満を漏らした。彼はそれが聞こえていないかのようにデリスに背を向けて歩き出した。
「…じゃあ俺はちょっと休ませてもらうかな」
「ちょっと待ってください」
クラウが歩き出した直後、その肩を後ろから強く掴む手があった。
「クラウさん、皆真剣に練習しているんですが、まさか手を抜いてないですよね?」
そこにはにっこりと笑顔で顔を見つめるウィルの姿があった。表情とは対照的に肩を掴む手には強く力が入っている。
武術大会の参加を決めてから、シャムロックでは団体戦に出場する面々が大会に向けて特訓をしていた。武術大会は個人戦と団体戦があり、ウィル達が参加する団体戦は5人が星取り戦、または勝ち抜き戦で戦う規則となっている。出場する5人はラス、ウィル、デリスとイゾルテ、クラウ、フェルナだが、ラスは実質戦うことができないため大会で優勝するには実質4人で勝ち上がらなければならない。
他に参加を表明しているアガートラムや両王国の騎士団の精鋭にも勝つためにフェルナの提案でそれぞれの戦闘技術を向上させるための特訓を合同ですることになった。
「ウィ、ウィルさん?ちょっと顔が怖いんじゃねぇかな…」
「いえいえ、そんなことないですよ?クラウさんが手を抜いてたなら怒るかもしれませんが、そうじゃないんですよね?」
「あ、あぁ、そうだな。で、俺はちょっと疲れたから休みてぇんだが…」
「休ませてあげたいんですが、どうやらクラウさんはデリスさんよりも練習が必要だと思うのでこのままフェルナさんと戦っていただきたいと思いまして」
「お、おい!お前いくら優勝賞品のオーパーツが欲しいからって人が変わりすぎじゃねぇか?」
「そんなことないですよー」
起伏のない発音で笑顔のまま述べる。
「でもよ、ずーっと俺達ばかり練習させられるのは不公平じゃないか?俺としちゃあそろそろ参考のためにウィルの戦い方を見てみてぇな」
「うーん、確かにそう言われればそうですね」
単純に休みたかったから出た言葉だろうが、シャムロックの中で抜きん出た実力のあるウィルは今日の練習では指導役に回っていたため、クラウの言うことも一理あった。
「そうだろう、そうだろう!じゃあ次はウィルと俺以外の誰かということで!」
右手を口に当て、うーんと考えているウィルを横目にクラウはそそくさと離れていった。すると今度はそれと入れ替わるようにデリスが駆け寄ってきた。
「ウィル様!私一度全力でウィル様と戦ってみたいですの!」
先程のクラウの言葉を受けてか悩んでいるウィルに元気よく告げる。
「大会にはアヤメちゃんとかトレアサとかいっぱい強い人が出てきますの。だからそういった人達の動きに慣れておくために本気のウィル様と戦ってみたいですの」
「んー、確かにそれはいいかもしれませんね。ちなみにデリスさんより強い人ってどれくらいいるんですか?」
「うーん、多分アガートラムの人で大会に出てくる人は皆私よりも強いと思いますの」
「えぇ…?」
デリスの発言を聞いて嫌そうな顔をする。
「カデルやアヤメちゃんは私よりも強いし、シンクレアやトレアサはもっともーっと強いですの」
その言葉を聞いたウィルは心底嫌そうに顔を歪める。
「じゃあもし星取り戦で戦うことになったら…」
「私も頑張りますが、クラウ様やフェルナ様にももっと頑張っていただく必要があると思いますですの…」
俯いて髪をくしゃっと掴み、うーんと唸る。少しの間その状態が続いたが、悩んでいても仕方ないと諦めたのか、デリスに向き直って口を開いた。
「…わかりました。では私が皆さんと実戦形式で試合をします」
「承知しましたですの!」
「その前に、大会に出てきそうな人達の戦い方について教えていただけませんか?より実際に戦うことを想定して練習した方がいいと思うので」
「わかりましたですの!」
「しばらくの間フェルナさんとクラウさんは休んでいてくださいー!」
「おぅ、わかったぜ!」
「あいよー!」
既に腰掛けて休んでいるクラウとフェルナにそう呼びかけると、ウィルはデリスからアガートラムの団員達の情報を聞き始めた。
「えーとですね…アヤメちゃんとカデルはこの前戦ったことがあるから想像しやすいと思いますのですの。それでシンクレアは…」
「ふむふむ」
「で、トレアサは…」
「あー…なるほど?」
ウィルはデリスから聞くアガートラムの団員達の強さに不安を感じながらも、話の中からその人達の動きを時折動作を交えながら想像し、デリスに確認してもらいながら徐々に動きを再現していった。