—03— 突然の来訪者
「ねぇー、皆で出ようよー!武術大会の団体戦!いいでしょー?」
「……あのね、メルト。出るって言ったって誰が戦うのよ?あんたやラスなんてまともに戦えないでしょう?団体戦は5人いなければ出られないし、勝とうと思ったらそれなりに腕を持った人が必要なのよ?」
「人数なら調度いるじゃん!それにクラウやフェルナ、ウィル君もいるからいいところまで行けるって!」
「あのね、クラウは別として私の武器は弓なのよ?1対1の戦いはそんなに得意じゃないの。それにウィルだってあまり目立つのはまずいんじゃなかったの?」
「…うっ、それは確かに…」
武術大会の団体戦は1組5人で行われる。5人の中から決められた順番で1人ずつ勝ち抜き戦を行い、相手の最後の一人を撃破した方が次の戦いへと進める。勝ち抜き戦であるため、圧倒的な強者がいればそれだけで勝ち進むことも理屈上は可能であるが、全ての試合が1日の中で行われるため負荷を考えるとそれは難しい。
「ね?という訳で諦めなさい。私達は大人しく観戦する方で楽しめばいいじゃない。」
「ぶーぶー!」
フェルナの言うことは理解できたが大会に出場したかったメルトは頬を膨れさせた。
「あら?メルトどうしたの?」
そこへ、手当てを終えたラスとウィルがやってきた。そしてウィルはまだ焼けたような感覚の残る頭皮を撫でながら机の上に置いてあった紙を手にした。
「あれ、これって武術大会のお知らせじゃない?」
ウィルの手にした紙を覗き込んだラスがその内容を読み上げる。
「ラス、武術大会って?」
武術大会を知らないウィルはラスの方へ振り向きながら尋ねた。急にウィルの顔を間近で見ることになったラスは頬を赤くしながらもウィルへ武術大会の説明をした。あまり王国の行事を知らないウィルは興味深そうにラスの説明を時折頷きながら聞いていた。
「へぇー、こんな大会あるだなー。ん?」
そのときウィルは紙の端の方へと書かれていた内容に興味を惹かれた。
「ねぇ、ラス、この賞品って何?」
「ああ、それ?それは毎年大会で優れた成績を収めた個人や団体に2つの王国からお金や物が与えられるのよ」
「物か…」
ウィルが注目していたのは団体戦の優勝賞品の内容だった。そこにはひと振りの両刃の剣の絵と”精霊の剣”という説明が書かれていた。
「えーと、今年の優勝賞品は精霊の剣っていう見たいね。魔導士のように魔法の鍛錬を積んでいないものでも剣を降ると同時に頭の中で思い描くと想像した魔法を使用することができる…?」
ラスが紙に書かれていた精霊の剣の説明を読み上げる。
「本当に魔法の技術がいらないのかしら?だったらとても便利ね」
「確かにそりゃすげえな。本当だったらなかなかの代物だな」
いつの間にかちゃっかりクラウも会話の輪に混じっている。
(魔法を簡単に使うことができる剣か…。いや、でもこれはまさか……。もしこの剣がアヴェスタの一つならなんとしても手に入れなければ…)
精霊の剣や他の賞品に関する会話で皆が盛り上がる中、ウィルは一人紙を見つめながら考え事をしていた。
「ねぇ、ラス。この武術大会の団体戦ってやつなんとか出れないかな?」
「「「「えっ?」」」」
それまで会話で盛り上がってた4人がウィルのその言葉に一斉に反応した。
「急にどうしたの?てっきりウィルはこんなもの興味ないかなって勝手に思ってた」
「ごめん…。でもこの精霊の剣ってやつがどうしても欲しくて…駄目かな?」
「うーん…。駄目じゃないけど、それ優勝賞品なのよ?武術大会にはブルメリア王国だけじゃなくてワーブラー王国からも本当に強い人達が参加するの。優勝するにはその人達に勝たなきゃいけないの」
「そうね、さっきメルトにも言ったけど私達じゃ無理よ。団体戦に勝つには少なくともそれなりに戦い慣れしている人を揃えなきゃ難しいの。私達がどんなに頑張ったところで途中で疲弊して負けるのが目に見えてるわね。ずっとウィルが頑張ってくれてもいいけどそしたらあなた相当目立つわよ?」
「そう…ですか」
ラスとフェルナから止められてウィルは残念そうな表情をした。
「で、でもせっかく今は5人もいるんだし試しに出てみる!?クラウやフェルナが頑張ってくれればもしかしたら何とかなるかもしれないし!」
「なんとかなるっつったってなー…。両国の王国軍の連中やドロヘダのアガートラムとかもどうせ出てくるんだろ?あんな奴らどうやったって俺達じゃ勝てねーって」
「そうね…。ウィルには申し訳ないけど、流石に今回ばかりは無理かもしれないわね…。それでもやれるだけやってみるのはありかもしれないけど…」
ウィルが珍しく落ち込んだ表情をしていたのでラスやフェルナが気を遣った。
「いえ、大丈夫です。ちょっと欲しいなーって思ったくらいなので…。今回は諦めます」
「そ、そう…?ごめんね?もっとシャムロックに人がいれば良かったんだけど…」
昔の、まだ両親が経営していたころのシャムロックの団員達だったらなんとかなったかもしれない。ウィルの期待に応えられないこととは別の辛さが胸を襲い、衣服を手でぎゅっと握った。
「そうだねー。昔のシャムロックだったら何度も武術大会優勝してたのになー」
そんな気持ちを知ってか知らずか、メルトが口を開いた。
「あー、お前達の親父さんたちがいたころな。確かに、あれは強かったな。当時はアガートラムがまだ無かったこともあるがブルメリア王国でも特に強ぇ奴らが集まってたっけな」
「そういえば、確かに。小さい頃一度だけクラウに誘われて見に行った時も確か優勝してたわね。懐かしいー」
ラスは少しだけ寂しい顔をしつつも、その後は皆でシャムロックの昔話に花を咲かせていた。ウィルも武術大会のことは忘れてその話に耳を傾けていた。そして、時を忘れて懐かしい話で盛り上がっていると、入口の方から音がした。
「ごめんください、ですのー」
すると、それまで話で盛り上がっていたラス達は会話を一旦やめて声のする方へと振り返った。
すると、そこには大きな荷物を持って腰まで伸ばした金髪を揺らしながら微笑む少女と、荷物の上にちょこんと立っている小さな赤い翼竜の姿があった。
「おっ、あんたは確か…」
クラウが見たことのあるその少女と翼竜を思い出そうとしてると、それを突き飛ばしてメルトが走って行き少女の手をがっちりと握った!
「もしかして!?アガートラムのデリスさんですか!?」
急にメルトが駆け寄ってきたことに戸惑いつつもデリスは頷きメルトに微笑んだ。
「はい、そうですの」
「うそー、じゃあこっちがイゾルテですか!?翼竜なんて初めて見たー。可愛いー!」
そう言うとメルトはデリスから手を離し、イゾルテを思いっきり腕の中に抱きしめた。
「ぎょっ!」
今度はイゾルテが困惑した表情で頬ずりしてくるメルトをどうにかしてくれとデリスの方を見つめていた。
「よっ!嬢ちゃんにチビ竜!久しぶりだな!」
「あ、クラウさん!お久しぶりですの!」
「ぎょふっ」
クラウから声をかけられたデリスはメルトに一礼をすると彼の方へと歩み寄り再び一礼をした。イゾルテもメルトの腕から飛び出して二人のすぐ近くにある机の上へ着地した。そしてチビ扱いされたことが気に入らなかったのか胸を張るようにして大きさを強調していた。フェルナが怪訝な顔をしてクラウを見つめていたが、彼は気付かずに再会したデリス達との話に夢中になっていた。
「あの時は本当にお世話になりました。クラウさん達がいなかったら私とイゾルテはきっと駄目だったと思いますの」
「あんときは本当に驚いたぜ。あんな雪山の奥にこんなチビと嬢ちゃんが二人で倒れているなんて思ってもいなかったからな。…うおっ!」
やはりチビ呼ばわりが気に食わなかったのかイゾルテはクラウの頭の上に乗っかって尻尾で彼の頭をぺちぺち叩いた。
「おうおう!元気になってよかったなー!チビ竜!」
しかし鈍感なクラウは頭の上のイゾルテを両手で掴んで目の前に持ってきてチビ竜呼ばわりを繰り返した。
「ぎょえふっ!」
すると、限界を超えたのかイゾルテがクラウに抱えられたまま彼の顔面に軽い炎を吐いた。
「あっつ!!」
「こら!ゾルちゃん!何をするんですの!」
一応加減をしてくれたのか火傷はなかったが、あまりの熱さにクラウはイゾルテを手放してしまった。一方のイゾルテはデリスに叱られるもそっぽを向いた。すると、イゾルテは顔を向けた先にもう一人の恩人の姿があった。彼を視界捉えたイゾルテは勢いよく飛翔し、その人の顔の前で羽ばたき、尻尾を強く左右に振った。
「ぎょふっ、ぎょふ!」
彼はシャムロックに入ってくるデリスとイゾルテに気付いてから、今までずっと気まずそうにしていた。雪山では確かに彼女達を助けたが、その後に正当防衛とは言え彼女の大切な仲間を傷付けてしまったからだ。その時は泣きそうな顔をしているデリス達から逃げるようにその場を去ってきた。しかし、流石に目の前に来られては対応せざるを得なくなり、彼はイゾルテの頭をそっと撫でた。
「久しぶりだな、イゾルテ。…それにデリスさんも」
「ぎょー」
「……お久しぶりですの。ウィル様」
ウィルに頭を撫でられているイゾルテはとても幸せそうに目を細め、デリスはウィルと同様に困惑した表情で彼の目を見つめた。複雑な別れ方をした二人は互いにどう言葉を発したらいいのかわからず、互いに話を切り出せずにいた。先程までとは違い、二人が発する微妙な空気にフェルナやラスもどうしたらいいかわからず様子を見ている。ラスに至っては落ち着かないような表情でふたりの表情を交互に忙しく見比べていた。
「そういえば、デリスさんとイゾルテはどうしてうちに来たんですか?」
二人の間に漂う微妙な空気を、メルトが不意に思い出したかのように投げかけた疑問がかき消した。その一言にデリスははっとして、その場にいるフェルナ、クラウ、メルト、ラス、そしてウィルの顔を順に見ると表情を引き締めて深く頭を下げた後、微笑みながら口を開いた。
「もしよければここで私を雇っていただけないでしょうか?」
「「はい?」」
突然の出来事に言葉の意味を理解できなかった姉妹は首を傾げ、残りの3人はただデリスをじっと見つめていた。