—02— 武術大会の案内
「え~と…、あとはここにこっちの薬を混ぜて…と」
ブルメリア王国ヴィオラの街の片隅にあるシャムロックの一室で、このギルドの経営者でもあるラスは薬の調合を行っていた。彼女が調合する多種多様な薬は怪我や病気に良く効くため街の人々からとても評判が良かった。しかし、今回彼女が調合している薬はどうやらそういった類のものではなかった。
「よしっ!これで煮詰めれば完成!」
サラサラとした長い青色の髪をかき上げながら覗き込む試験管には、何やら怪しげな紫色の液体がボコボコと音を立てて沸騰していた。
「うんっ、こんなものかな!」
ある程度煮詰めた後に中身を確認すると満足げに頷き、まだ熱い試験管に触れないように台座ごと持ち上げて部屋を出た。彼女が薬の調合に使っている部屋は建物の2階にあり、部屋を出ると1階と3階を結ぶ長い階段の真ん中に繋がっている。シャムロックの建物の小部屋は全て中央にある吹き抜けのホールに繋がっており、下の方へと目を向けるとギルドの団員であるフェルナ、クラウ、ウィル、メルトが談笑している姿が映った。談笑している彼女らと足元を交互に意識しながら薬物を零さないように慎重に降りていく。
「やっほー、お邪魔してるわよ」
「フェルナ、クラウ、おはよう!」
「もうおはようって時間じゃねーがな。…ってお前また怪しげな薬作ってんのかよ」
最初にラスを見つけたフェルナに続いてクラウが挨拶を交わす。元々シャムロックに住んでいるラスやメルト、そして現在居候しているウィルとは違い、フェルナとクラウはヴィオラの街の中にある家からここへ通っている。
「クラウったら、相変わらず失礼ね!」
「じゃあなんの薬なんだよ?」
「うっ、それは…」
答えづらいことがあるのか、ラスは口籠ってしまう。そしてなぜか気まずそうにウィルの様子を窺った。
「えーと、俺の顔に何か付いてる…?」
「ううんっ!そんなことないよ!」
何度も見られて気まずさに耐えきれなくなりラスに話しかける。ラスも返された視線に戸惑い横へと逸らした。そしてそれを誤魔化すようにクラウへと向き直った。
「そ、そう!これは新しく開発中の栄養剤なの!最近依頼が多くて皆疲れてるだろうと思って!」
「へぇー、栄養剤ねー。…確かに見た目はまずそうだが良薬口に苦しっていう言うしな。どれ」
「えっ!?あっ、ちょっと!」
クラウはラスの持っていた試験管を奪うと目の前に掲げまじまじと見た。
「ま、待って!それはまだ未完成品なの!人体にどんな影響があるかわからないのよ」
「んなこと言ったって誰かが飲んでみねぇことには効果とか副作用とかわからねぇだろ?」
「それはそうだけど…その…」
ラスは何か言い辛そうにして両手の人差し指の先端をくっつけたり離したりしている。
「どれどれ?……うっ…くっせぇ!!」
「あっ…」
臭いを確認しようと鼻に試験管を近づけると、クラウを強い刺激臭が襲った。そのあまりの酷い臭いにうっかり試験管を投げてしまった。宙に放り出された試験管は遠心力で中身が零れないまま放物線を描きウィルの方へと向かっていった。くるくると回る試験管がその場にいる全員の目にゆっくりとした動きで映る。
(これはまずいっ!)
瞬間的に生命の危機を感じたウィルはマナを駆使した障壁を頭上に展開した。退屈そうにことの行く末を見ているフェルナとメルト、驚いた表情で見ているラスとクラウ、そして緊張した面持ちで試験管を見ているウィル、5人の視線を受けた薬品入りの試験管は時の流れが遅くなったかのようにゆっくりと障壁へと落ちていく。障壁へと吸い込まれていった試験管は音を立てながら無数の破片へと姿を変えた。その衝撃で露わになった液体が障壁を覆って侵食していき、やがて一滴の雫がこぼれ落ちて静かな空間に音を立てた。
「じゅっ」
「「「じゅっ?」」」
こぼれ落ちた液体はウィルの頭へと落ち、水が蒸発するような音と髪が焦げたような臭いが生じた。
「あっつっっっっ!!!!!!!!!!」
薬品を頭に浴びたウィルは凄まじい勢いで地面に転がった。
「ウィル!大丈夫!?」
ラスが慌てて心配してのたうち回るウィルに駆け寄る。
「お、俺飲まなくてよかったわ…」
遺跡でも雪山でも数々の強敵相手にも表情一つ変えずに圧倒してきた彼が転がりまわる姿を見てクラウは心の底から引いていた。
「全く、ラスったらなんてもの作ってくれるのよ。ウィルの髪の毛が無くなったら責任取ってあげなさいよね」
「せ、責任!?って今はそんなこと言ってる場合じゃなかった。早く洗い流さないと!」
ラスは水を運んでくるとウィルの体に付いていた薬品を洗い流した。幸いにも彼の毛根は無事だった。
「ラス、ありがとう…助かった。まさか魔法障壁でも防げないなんて…。これなら鉄鋼の鎧を着こんだ騎士や魔導士相手にも有効かもしれない」
「そんなために作ったわけじゃないんだけど…」
「ったく、なんて危ねーもの飲ませようとしてくれたんだよ」
「ちょっと!クラウが勝手に飲もうとしたんじゃない!私のせいにしないでよ!」
そう言うとラスとクラウは言い争いを始めた。もう見慣れつつあるその光景にフェルナ達は構うことなく椅子に座ったまま寛いでいた。メルトにいたってはラスが来てからもずっと退屈そうに頬杖をつきながら両足をぱたぱたと振っていた。
「はぁ~、何か面白い事ないかなぁー…」
「どうしたのよメルト、いつにも増して退屈そうね」
「だって最近普通の依頼しかないんだもーん。この前ウィル君達に付いていけばよかった」
「普通のお仕事でお金が貰えるならそれで十分じゃない。私は皆が危険に晒されるような依頼はあまり引き受けたくないわね。メルトだってラスが危険な目にあったら嫌でしょう?」
「うー…それはそうだけど…」
単純に刺激や新しい経験が欲しくて口にしたのだが、意識していなかった危険性のことをフェルナに指摘され口篭った。ただ、メルトが余りにも悩んだ表情を浮かべていたのでフェルナはここに来るまでに外で配られていたびらを渡して見せた。
「そんなに退屈してたらこれにでも出てみたら?」
「何これ…あ、武術大会!?」
「うちはいつも誰も参加してないから忘れていたけどもうこんな時期になったみたいね」
同盟国であるブルメリア王国とワーブラー王国は、互いの友好と軍事力向上、そして力の誇示のために毎年両国合同で武術大会を開催していた。予選こそあるものの参加資格は特になく、各国の国軍や傭兵ギルド、一般人までに及ぶ幅広い人が参加している。大会で優れた成績を収めた者、組織は両国から賞品が貰える他にも能力を宣伝する絶好の機会であるため、毎年それらを狙って数多くの個人やギルド等の組織が積極的に参加している。
「今年はワーブラー王国の首都カールトンで開催されるみたいだからちょっと遠くなるけど見てきてみたら?」
「……」
メルトはフェルナから受け取った紙をじっと見つめていた。両国合同の武術大会はそれぞれの首都であるウィンザーとカールトンで一年に一回交互に開催される。今年はカールトンでの開催となり、メルト達がいるヴィオラの街からは国境を越える上にそれなりに距離があった。
「そうだ!これだよ!」
急にメルトが立ち上がり大きな声をあげた。フェルナはメルトが武術大会でも見てくれば気晴らしにもなっていいだろうと思っていた。先程まで退屈そうにしていたメルトに活気が戻ってきた様子に笑みがこぼれた。そして安心したかのように近くに置いてあったお茶をゆっくりと口に含み、喉に通した。
「お姉ちゃん!武術大会に皆で出ようよ!」
次の瞬間にフェルナは口に含んでいたお茶を吹き出した。




