—01— プロローグ
桜の花が咲き誇る春の日差しの中、少年と少女は真剣な眼差しで剣を交えていた。
「アヤメ、高ぶる気にのまれてはいけません。落ち着いて制御するのです」
剣の師匠である少女の母が、少女の未熟な個所を指摘する。少女は母の言葉に応えようと内に満ちている気の流れと剣先に集中する。そして小指で刀を握りしめると息を吐く瞬間に合わせて力強く少年に打ち込んでいった。少年は真っ直ぐに向かってくる刃を確実に自身の刀で受け止めつつ少女の次の挙動を計るべくその動きを目で追う。
(この調子ならいけるかもっ!)
いつもは少年に全く歯が立たない少女だが母親の助言に着実に適応し、少年を圧し始めた。この調子でいけば今回は少年から一本取れそうな気がしていた。少年は顔色一つ変えないものの、少女の剣撃に一歩、また一歩と押され、後ろには桜の大木が迫っていた。
今が好機と思った少女は深く踏み込む足に体重を乗せ、左から右へ、右から左へと流れるようにして斬撃を仕掛けていく。そして遂に少年が地上に露出した木の根を踏み体勢を崩したところに鋭い突きを放った。少女の放った強烈な突きは少年の胸を貫通して大木に突き刺さり、その衝撃で桜の花びらが舞い散った。
(やった!)
今まで全く敵わなかった少年から一本取れたことに少女は興奮していたが、その少年の胸の中央に深く突き刺さった自らの刀を見て次第に動揺していく。
「……ね、ねぇ大丈夫!?ごめんなさい!頭の中真っ白になっちゃって……、ど、どうしよう!」
慌てふためく少女と対照的に母親は一切表情を変えずに二人の様子を眺めていた。少女は少年の体を触り、無事を確かめようとしたり刀を抜こうとしていたが、徐々にその少年の体が溶けていき、やがて透明な液体になった。そしてその透明になった液体は4本のしなやかな棒状へと変形し、少女の手足へと絡みつきその動きを封じた。
「えっ!?やだ!なんなのこれ!」
身動きが取れなくなった少女は絡みついているものを解こうと必死に手足を動かして暴れる。
「まだまだ甘いな」
そんな慌てふためく少女とは対照的に木の陰から静かに少年が表れた。
「な、なんで!?」
先程自分が深々と刀を突き刺したはずの少年が合わられたことに少女は驚きを隠せなかった。しかし、次第に冷静さを取り戻して置かれている状況に気付いて顔が怒りで紅潮していった。少年は戦いの最中に魔法で作った分身と入れ替わり、少女に罠を仕掛けたのだった。
「ちょっと!こんなのずるいよっ!早く解いて正々堂々戦いなさいよっ!」
じたばたと暴れながら連続で浴びせてくる文句を無視してゆっくりと少女に近づていった少年は刀の背でそっと少女の頭を叩いた。
「そこまで!」
それまで無言で見守っていた少女の母親が試合の終わりを告げた。少女は悔しそうに頭を押さえながら涙目で少年を睨みつける。
「油断した君の負けだろ?まさか実戦でも相手が馬鹿正直に向かってきてくれるなんて思っているんじゃないだろうな?」
「うぅーっ…」
納得はいかないが正論を指摘された少女は言い返すことができずに悔しそうに睨み返すことしかできない。
「はいはい、そこまでそこまで!アヤメ、ウィルの言う通りですよ?どんな時でも幅広くを巡らせて油断しないようにね」
少年がその言葉に同意するかのように目を瞑って頷いでる。少女は今にも目尻から零れ落ちそうな涙を精いっぱい堪えていた。
「でもね、ウィル…」
少女の母親は少年の方へと向き直る。
「今日は剣術の稽古って言ったでしょ?古代魔法を使うんじゃありません」
そう言うと少年の行為を咎めるように彼の顔を覗き込むように屈みながら軽く頭を小突いた。少年はばつが悪そうに眼を横へと反らす。少女と少年それぞれに対して言うことを終えた母親は優しく微笑み二人を抱え込むようにしてその頭をくしゃくしゃに撫でる。
「さあ、今日の稽古はこれで終わり!帰って夕飯の準備をしましょう」
パンッと両手を目の前で合わせてそういう母親の声に少女がぱあっと顔を輝かせる。
「やったー!ごはんごはん!今日は反則負けのウィルが当番ね!」
「何を言ってるんだ、負けたのはアヤメだろ!?」
「はいはい、じゃあ今日は二人とも晩御飯当番ね」
そう言うと不満そうな少年と少女、そして笑顔の母親が並べて帰っていった。