—25— エピローグ
「ぶぇっくしょい!」
ワーブラー王国とインファタイル帝国に跨るガルフピッケンを超え、インファタイル帝国の領土である雪に覆われた森の中をウィルとクラウは歩いていた。
「な、なぁ、もう少し魔法でこの寒さなんとかなんねぇのか?」
「すみません…ここはなんだかマナが薄くてあまり魔法が使えないみたいです」
「お、お前の魔法も万能って訳じゃねぇんだな…」
寒さのあまりクラウは上下の歯が何度もカチカチと音を立ててぶつかっていた。
「本当にこっちの方角であってんのか?森の中に入ってから随分経つが…」
「ええ、オーパーツのある遺跡は間違いなくこの先にあるはずです。…多分」
珍しく自信なさげにウィルが答えた。そんな様子のウィルを横目に見ながらクラウは心の中でこんな僻地に向かわせたフェルナに文句を言っていた。
「ところでよ、ウィル……」
「なんですか?」
「さっきの嬢ちゃん、お前が母親の仇とか言ってたがありゃ本当なのか?言えないこともあるだろうし言いづらければ別にいいだがよ」
クラウの質問にウィルは一瞬黙ったがすぐに口を開き質問に答えた。
「ええ…本当です」
その言葉の後、少しの間をおいてウィルは語り始めた。
「俺はあの子の、アヤメの母親に拾われて育てられたんです」
「拾われた?」
「ええ。ある日森の中に倒れていたところを保護したそうです。拾われたときより前の記憶は失っていて思い出せないのですが」
クラウはウィルの言葉を聞き続ける。
「そこから俺はアヤメの母親…先生に剣を教わり、育てられました。この星の秩序を守るための存在として…星の守護者として…」
「星の…守護者」
ウィルの腰に付けられている刀に目を向ける。
「横にはいつもアヤメがいました。一緒に先生に剣術を教わって、悪さをしたら叱られて…」
「……」
「笑って、泣いたり喧嘩したり。辛いこともあったけど優しい先生がいて、アヤメがいて、ずっと楽しい日々を過ごしました……」
「聞く限りあの嬢ちゃんとも仲良くやってた感じだが…」
「そうですね。星の秩序を守ると言ってもそんな大層な出来事なんて滅多に起きることはありません。毎日日が昇ったら稽古して、稽古が終わったら家事をして、皆で一緒に寝て、そんな当たり前の日を繰り返してきました。……奴が現れるまでは」
「奴…?」
「アヤメが出かけていて先生と二人だったときに奴は急に私と先生の前に姿を現し、そして急に先生に斬りかかってきました。…先生はすぐに応戦しました。先生はかなりの実力者でしたが、相手の力はそれを上回るものでした。先生は次第に奴に追い詰められ…そして最後は自分の刀を奪われて胸を貫かれて死にました」
ウィル淡々と感情の無い表情で言葉を続ける。
「俺は横で見ているだけで何もできなかった。奴が現れて、先生を殺して、そして去っていく時まで。あの時俺が一緒に戦えていたら先生は助かったかもしれない。だから…先生は、アヤメの母親は俺が殺したも同然です」
「お前にそんな過去があったのか…」
しばらくウィルの言葉を聞き続けたクラウが口を開いた。
「でもよ、仮にお前が入っていたらあの嬢ちゃんの母親が死ななかったとして、別に嬢ちゃんはそれをできなかったお前を恨むことはないじゃねぇか?今からだって本当のことを話せば…」
クラウの言葉をウィルは首を横に振って遮った。
「いえ、例えそうだったとしても私が先生を死なせてしまったのは事実です。それに、アヤメが俺を恨んでいる限り、アヤメは奴の存在を知ることはない。その方がアヤメにとって安全でしょうから」
「あまり俺が言えたことじゃねぇがお前って案外不器用だな」
クラウの言葉にウィルが困ったような笑みを浮かべる。
「ところでよ、その奴ってのはお前の先生を倒しちまうほどなんだろ?一体何者なんだ?」
ウィルはクラウのその言葉に目を瞑った。そしてゆっくりと吸った息を吐き出すように言った。
「先生を殺した奴の名はボタン。俺の先生…ナデシコの妹であり、闘気に支配され暴走した愚かな星の守護者です」