—23— 仲間
「おい、デリス、イゾルテ!お前達も手を貸せ!」
カデルがデリス達に呼びかけるも、どちらもどうしたらいいかわからず首を横に振って立ち尽くしていた。デリスは今にも泣き出しそうな表情でウィルを見つめている。ウィルも無表情のままデリスを見つめ返したが、デリスの目にはかすかに申し訳なさそうな表情をしているように映った。
「っち!仕方ねえ!俺達だけでやるぞ!」
「俺は別にあんた達には用はないんだが…」
「流石に仲間を傷つけられて大人しくできるほど利口じゃないんでね。ちぃと面貸せや」
その言葉を皮切りとしてカデルがウィルへと殴りかかる。勢いよく距離を詰めながらの左の拳と右の拳による連打を仕掛けていく。しかしウィルはこれを見切り、少しずつ交代しながら上半身を捻る最小限の動作で躱していく。
「…悪くはない動きだ」
「そいつはどうも!これでもそれなりに死線はくぐってきてんだよ!」
ここで渾身の右正拳突きをウィルの顔面目掛けて打つ。しかし、この一撃は右腕の外側に沿うように避けられてしまい、右腕の根元と肘を捕られてしまう。
「悪くはない…が、動きがあまりにも直線的すぎる」
「…っ!てめぇっ!」
そしてその直後に辺りに骨の折れる鈍い音が響く。
「ぐあぁあ!」
カデルが右腕を押さえながら前のめりに倒れる。両手で固定されたところに膝蹴りを叩き込まれ上腕骨がくの字に曲がっていた。
「それともう少し気を抑える練習でもするんだな。次の動きがまるわかりだ」
地面に伏してしまったカデルはウィルを見上げるようにして脂汗を浮かべながらも睨み返す。
「お兄ちゃんを離しなさい!」
「!」
そこへ、またもウィル目掛けて光の砲撃が飛んでいった。兄が危ないと感じたリノンが咄嗟に放ったものだった。この攻撃はまたしても簡単に避けられてしまうが、兄からウィルを放すことは成功した。
「リノンの奴、俺がいるのに撃ちやがって…」
「もー、助けてあげたのにその言い方はないでしょ!」
素直に礼が言えない兄に頬を膨らませて抗議するリノン。そんなリノンを無視してカデルは折れた右腕を抑えながら屈み、周囲を見渡す。砲撃によって舞った粉塵がカデルの視界を遮る。
「どこに行きやがった?」
見えない変わりに聴覚を研ぎ澄ませて周囲の音を拾おうとするも、傍にウィルの気配は無い。聞こえてくるのは自身の文句を言っているリノンの声だけだった。気配を探るのに邪魔だ…そう思ったカデルは妹を大人しくさせるために声のする方へ視線を向ける。その時だった。僅かに晴れてきた視界の片隅に姿勢を低くして素早くリノンへと駆けていくウィルの姿が映った。
「リノン、左だ!」
「…へ?」
兄への文句を中断して声に従い左を見るとすぐそこにウィルが迫っていた。リノンは咄嗟に小光輪を向けるも、一閃したウィルの右足によって弾き飛ばされる。
「痛っ!」
両手にじわりじわりと痺れが広がっていく。痺れた両手を庇うリノンをウィルが無言で見つめる。
「てめぇっ!妹に手を挙げたらただじゃおかねぇぞ!」
カデルは遠くから必死に声を上げるも折られた腕に激痛が走り、体が言うことを聞かない。ウィルもそれをわかっているのかカデルの方には少しも目をくれなかった。しかし、今度は別の方向からマホンの叫ぶ声が聞こえた。
「リノン!後ろに避けてください!」
その声を聞いたリノンはウィルの動きを警戒しつつ咄嗟に後ろに跳躍した。すると、さっきまでリノンが立っていた位置、…正確には今ウィルが立っている位置までを含む広範囲に大きな炎の渦が通過していく。高熱の炎の渦は地面に厚く降り積もった雪を瞬時に溶かし、大きく避けたはずのリノンを怯ませた。
「ウィル!大丈夫か!?」
精錬された魔導士の魔法の凄まじさに、それまで静観をしていたクラウが心配して声をあげた。こうしている間も炎の渦は消えずにウィルを捕え続ける。しかし、そんな炎の渦も徐々に弱まり次第に中にいたウィルの姿が徐々に見えてくる。
「ったく…心配させやがって」
その姿を見たクラウは疲れた表情でため息を吐いた。ウィルは激しい炎に包まれてもなお、着ている服一つ乱さずに凛とした表情で相変わらず地面の上に立っていた。周囲の雪が炎の熱で溶かされ土が露出しかけているのに対し、彼の真下の雪だけは溶けずに残っていた。
「これが先生の言っていた”人”の魔法か。」
「そんな…あの魔法を受けて無傷だなんて…」
アヤメやカデル、リノンが戦っている間、手を貸したい衝動を堪えて詠唱し、ようやく発動した渾身の魔法が効かず、マホンは驚きを隠すことができなかった。
「自分の力しか使えないのは不便だな」
ウィルは右手をゆっくりと顔の前へと出し、静止した。周囲のマナがウィルの右手へ次第に集まる。
「少しの間だけおとなしくしていてもらおうか」
マホンへと向かって大きな青色の光の束が物凄い速さで向かっていく。避けれないと思ったマホンは咄嗟に杖を前に出して身を庇った。
「…っ」
身構えて咄嗟に目を瞑るマホン。しかしいつまで経っても衝撃や痛みが襲ってこなかったためゆっくりと目を上げる。そこにはまだ動かすことが出来る右手で持った刀でウィルの魔法を防いでいるアヤメの姿があった。
「アヤメ!」
「はぁっ…はぁっ…」
左肩の出血によって体力を奪われている身体を無理やり動かしてマホンを庇ったアヤメだったが、限界が近いのか苦しそうな顔には脂汗が滲んでいる。
「私の大切な仲間に手を出すな」
ウィルはアヤメのその言葉に反応して動きを止めた。そしてゆっくりとかざした手を下ろした。ここに来て初めてマホン、カデル、そしてリノンの顔を見渡す。戦意を喪失させようと少々強引な手段を取ったはずだが、その目は未だにウィルを睨みつけ、仲間を護ろうとしていた。
今まで後ろで様子を見ていたデリスとイゾルテも歩いてきてアヤメの前に立って両腕を広げた。アヤメ達を庇うように精一杯広げた両腕は怖さと困惑で小刻みに震えている。その様子を見たウィルは戦う気を無くしたのか、アヤメ達に背を向けてクラウの方へと歩き出した。
「これ以上戦う意味は無くなった」
逃げるのか?とアヤメが声を振り絞って呼び止める。するとウィルが振り返らぬまま応えた。
「…俺を殺したいなら次に会う時までにもっと強くなるんだな」
今でもお前を殺せる、そう言って刀を構えようとしたが足に力が入らずそのまま膝を付く形になった。
「ウィル様!」
唐突な呼びかけにウィルは声の主であるデリスの方へと振り返った。
「デリスさん、こんなことになっちゃってすみません」
困ったような笑みを浮かべながらウィルはデリスに謝罪した。
「…行ってしまわれるんですの?」
「さすがにこれ以上ここにいる訳にもいかないので。さっきから物凄い殺気を向けられてますしね」
ウィルが目配せした方を見ると村の入口の方からシンクレアがいつでも魔法を発動できるようにしてウィルの方へと睨みを効かせていた。
そして今度こそ見つめるデリスの視線にも振り返ることなくウィルはクラウと共に北の方角へと消えていった。




