—22— 煌星剣
須佐之男の闘気によって身体を強化してウィルへ激しく攻め立てる。左から、下から上から、右から、今の彼女の限界まで加速した斬撃をウィルに向かって振るう。一方のウィルは柄を自らの右肩くらいの位置で持ち右肩から左膝に向かって沿うように構え、アヤメの攻撃をひたすら受け止め防いでいた。その防御は鉄壁であり、アヤメの無数の斬撃を一つも受けることなく完璧に防いでいる。
「どうした!?臆しているのか?防いでいるだけでは私を倒すことはできないぞ!」
かつて星を護るために率先して闘っていた彼と違い、ただ攻撃を防ぐことに徹しているその姿に落胆と苛立ちが募る。それに対してウィルは冷めた表情でひたすら彼女の刀を受け止め続ける。
「…今日までずっと鍛錬した結果が、まさか基本である型式壱しか使えないとはな」
そして彼も同様にアヤメに対して落胆しているようだった。しかし、ウィルの言葉を理解できなかったアヤメは顔をしかめる。
「どういうことだ?」
「お前が使っている六界は7つある煌星剣の型式のうち全ての型の基本となる型式壱にすぎないということだ」
「六界が基本だと?私は母様から六界こそが煌星剣の全てだと教わった!」
「”基本の”全てだ。型式壱は始まりにすぎない。そこから星の守護者は更に剣術の鍛錬を積んで複数の型式を習得し、精神の鍛錬により気を制御できるようになる。今のお前はそのいずれもできない出来損ないでしかない」
「嘘に決まっている!」
「嘘ではない。今お前に見せているこの型は型式弐”金剛”。刀を体に重ねる体勢を基本の構えとし、防御に重きを置いた型だ」
会話しつつも多様な角度、位置から仕掛けた攻撃に、沿わせた刀と一緒に身体ごと向きを変えて正面から的確に受け止める。怒涛の攻撃に対しても微動だにしないその姿はこの星で最も硬い鉱石から取った金剛という名に相応しい。
「そしてこれが型式参”流水”」
そう言うとウィルは柄を頭の近くに右手で持ち、刃の背に添えた左手を大きく前に出すように構えた。今度はアヤメの刀が接触すると同時に身体ごと刀を回転させその攻撃を受け流す。左から右から次々と来る斬撃に対して柄を捻り、しっかりと刃を刃で受け止めて相手の力をその身で直接受けることなく自分の後方へと流していく。
「防いでいるだけでは倒すことはできないという言葉を返そう。当たらない攻撃をしているだけでは俺は倒せない」
「ぐっ…」
必死に刀を振り続けるアヤメに対してその攻撃を時には受け止め、時には受け流して冷静に捌いていくウィル。アヤメの表情には徐々に焦りが見えてきた。
「金剛も流水も共に先生が最も得意とした型式だ。歴代の星の守護者の中で最もその名前に相応しかったかもな。俺から自身を護ることはできなかったがな」
「黙れ!」
跳躍して上に構えた刀を大きく振り下ろす。しかし、今まで攻撃を捌くことしかしなかったウィルがここでアヤメの刀の柄を左手で押さえつつガラ空きになった彼女の腹部に膝蹴りを入れた。
「かはっ…」
急に腹部に走る鈍い痛みに堪えきれずに地面にうずくまる。
「勢いや気持ちだけでどうにかなると思っているのか」
冷静にアヤメの攻撃を全て見切ったウィルとたったの一撃で崩れたアヤメ、クラウやカデル達から見ても二人の実力差は明らかであった。
痛みに耐えながら刀を支えて立ち上がろうとするアヤメに対し、ウィルは追撃を加えずに待っていた。
「…お前の攻撃はそれで全てか?なら今度は俺の番だな」
なんとか立ち上がって刀を構えると、ウィルは再びその刀を構えた。ただ、先程の身を守るように体に添った構えとは違い、今度は先行する身体に対して刀を後ろ引いて構えた。踏み込みと同時に後ろから大きく前へ刀を振ることが可能なその構えはウィルからの攻撃宣言と受け取れる。
「今度は煌星剣の攻撃の型を見せてやろう」
その言葉と共にウィルが地面を蹴って勢いよく突進してきた。そして攻撃の間合いの内側に捉えたところで左後方に構えていた刀を右足の踏み込みと同時に大きく右上へと振り抜く。
「くっ」
前方に出した刀でこれを防ぐも渾身の力が込められた一撃に両手が強烈な痺れに襲われる。しかし、痺れが取れるのを待っている猶予は与えられなかった。
「まだだ」
ウィルは振り抜いた刀の勢いを利用して身体を回転させ、更に連続で斬りかかってきた。攻撃の間に存在する切り替え動作を排除することで他の利点を捨て去り、短い間隔で重い連続攻撃を放つ。刃の直撃こそ刀で防いでいるものの、打ち込まれる衝撃はアヤメの身体を大きく揺らして後退させていく。
「これが型式伍”回天”」
ここで一旦ウィルの連撃を止む。ウィルは斬れるものなら斬ってみろと挑発せんばかりに胴をガラ空きにして刀を大きく上段に構える。絶好の機会ではあるが先程の連続攻撃で体力が奪われて思うように体が動かない。ただ次に来る攻撃も防ぐために、刀を構える動作だけは堪える。
「そしてこれが…」
ウィルが大きく息を吸うのと同時にその刀と体に光が灯る。星の守護者が使う闘気はおろか、この星の住人であれば当然のように使える気も使えない彼が本気を出すときに見せる彼にしかできないマナによる身体強化。母親が言っていた星の加護を受けし者、幼い時からその凄まじさを横で見てきたアヤメは出せる限りの守護者の闘気を開放して来る攻撃に備える。そして次の瞬間…
「型式肆” 濤牙”だ!」
ウィルの発声と同時に渾身の一撃が振り下ろされた。左手を刀の背に添えて防御の構えを取っていたが、押し負けてしい左肩に刃がめり込んだ。
「…っ」
血と同じ色の着ている着物にじわじわとより暗い色の染みが滲んでいく。
「”基本”に過ぎない六界では攻撃に特化した型を防ぐことはできないだろう?」
ここでウィルはゆっくりと刀を上げて構え、そして再び力強く振り下ろした。ただし、今度はウィルの刀は途中で止まることなくアヤメの鎖骨と肩の腱を断った。
「うぁああああああああああ!!」
激痛が走りアヤメが悲痛な声を上げる。肩を押さえて苦悶の表情を浮かべるアヤメにウィルは冷たい表情を向けた。そして容赦無くアヤメの顔を蹴り飛ばして倒すと肩の傷を踏みつけた。
「親子揃ってこの程度とはな」
ウィルは冷たく言い放つとアヤメの胸元へ剣先を向けた。
「こんな情けない奴が星の守護者なんて先生も救われないな。…ん?」
そのとき、ウィル目掛けて一筋の光が放たれた。ウィルはこれを飛び退いて躱すと、アヤメとの間にカデルが割り込んできた。その後ろにはリノンが小光輪を構えていた。
「おい、調子にのってんじゃねぇぞこのすかし野郎が」
「…アヤメの仲間か?」
「リノン、マホン!こいつは近付くと危ねぇ。お前らは遠くから援護射撃しつつ好きを見てアヤメを安全な所へ連れていけ!」
「わかりました!」
「お兄ちゃん、ドジしないでよね!」
このままではアヤメの命が危ないと思ったのかアガートラムの面々がウィルと対峙する。