—21— 交差する紅と蒼
「久しぶりだな」
先に口を開いたのはウィルだった。しかし、アヤメはその言葉には応じず刀を構えたままウィルを見続ける。
「…よくあの傷で生きていたな。あの時死んでいればすぐに先生と再会できたものを」
その言葉を聞いたアヤメが一気に怒りの表情に変え、再び全力でウィルに斬りかかった。ウィルも鞘に収められたままの刀を構え直し、これに応じて鍔迫り合いの体勢になった。にらみ合う二人の間で刀が揺れる。
「その汚らわしい口で母様のことを語るな」
低い声で淡々と放ったその言葉の奥からはアヤメの強い怒りが伝わってくる。
「…その声、姿、よく先生に似ている」
より強い力で刀を押し返し、息がかかるくらいの距離でアヤメを見つめる。
「流石に先生の強さは継承できなかったようだがな」
刀に入れた力を緩めつつ足を引き半身の状態でアヤメをいなすと、鞘に収まったままの刀を背中に叩きつけた。
「ぐっ」
強烈な一撃を受けたアヤメは吹き飛び、降り積もった雪の上を転がった。刀が当たる直前に気を高めて体への衝撃を軽減することに成功したアヤメは何事もなかったかのように立ち上がった。
「気を展開して身を守ったか。鍛錬はしているようだな」
「ああ、お前を殺すためにな」
離れた位置でアヤメは再び刀を構える。そしてウィルも敢えて簡単に抜けないようにしている刀の留め具を外して白銀に輝く刀身を顕にした。
「おいおい、どうなってんだありゃあ?」
「な、なんかものすごく険悪な雰囲気になってるよ!?」
それまで急に目の前で起きた事に呆気にとられていたアガートラムの面々の思考にようやく火が灯り始めた。とは言っても目の前の状況が飲み込めずにどうすればいいのかわからないようだった。ただ、あそこまで感情を剥き出しにしたアヤメを初めて見た一同にはそれがただ事ではないことだけはわかった。
「アヤメちゃんっ!?ウィル様っ!?一体どうして…?」
「もしかすると先日の噂にあった青年のことが関係しているのかもしれません」
マホンはつい先日、今と同じようにアヤメが激しい怒りを顕にしたことがあったのを思い出していた。
「ああ、お前が街の酒場で聞いてきたとかいう噂か」
「ええ、あの時は危うくアヤメに絞め殺されそうになりましたが…。ですが、普段は比較的冷静なアヤメがあの時も、そして今も同じ表情をしているのは偶然とは考えづらい気がします」
「まあな。その男とあいつの間に何があったのかは知らねぇが、穏やかじゃなさそうだ」
「ま、まさか恋の修羅場ってやつ?」
真剣な空気にくだらない発言をした妹の頭上に拳骨を落としつつ、遠くで睨み合いを続けている二人の様子を見守った。
「ウィル様、アヤメちゃん…」
悲しみと不安が混在する少女の声は二人に届いたのか届かなかったのか、やがて雪山に吸い込まれて消えた。
一方でクラウも刀身を解き放ったウィルに対して戸惑いを隠せずにいた。よほどのことがない限り抜くことがなかった刀を今は一人の少女に向けている。
「お、おい。一体何がどうなって…」
「すみません、クラウさん。今回はちょっと余裕がないかもしれません。安全なところまで離れていてもらえませんか?」
いつもの物腰柔らかい彼とは違い、語気が強くなっていることにクラウは少しばかり戸惑う。
「…そうか、わかった。言っとくが無理はすんなよ。お前に何かあったらあいつらに何されるかわからねぇからな」
振り返らず少女と対峙し続けているウィルの言葉に深い詮索はせずに了承した。未だにウィルの出生など不明なところは多いが、それでもここまで一緒に仕事をこなしてきて少しずつ彼のことを信頼するようになってきた。そのため、今回のことも彼なりの事情があるのだろうとクラウは大人しく言うことを聞いた。ただ、クラウにはウィルがかすかに見せる辛そうな表情が気なってしかったがなかった。
「別に俺を殺そうと思うのは構わない。だが俺の前に立ち塞がるなら容赦はしない」
剣先を向け容赦なく威圧してくるウィルに怯むことなくアヤメも刀を構え続ける。そして彼の言葉の後に少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。
「噂を耳にしたとき、もし今会ったら何を思うのか、殺したいと思うのか、
自分の感情がよく全くわからなかった。だけどこうして向かい合ってお前を八つ裂きにしてやりたいという気持ちを再認識したよ」
その言葉が終わるのと同時にアヤメは全身に力を込める。すると、ベスティアを倒したときのように全身に激しい紅の闘気を纏った。その輝きの強さは彼女の怒りに比例するかのように次第に激しく、大きくなっていった。
「その力は…」
すると、それまでずっと冷静にいたかのように見えたウィルが驚きの表情を見せた。
「私は今まで一日たりとも母様とお前のこと、あの日のことを忘れたことはなかった。そしてお前を殺すためにこの日まで煌星剣を鍛錬してきた。六界を極めた私にとってお前は敵ではない。例え星の加護を使ったとしてもな」
「…須佐之男の闘気まで扱えるようになっているのは予想外だった。だがたかが六界を極めただけで俺に勝った気でいるとは。娘がこのようじゃ先生も浮かばれないな」
「黙れよ」
赤い闘気によって身体を強化したアヤメが先程までとは比べ物にならない速度でウィルに斬りかかる。しかしやはりウィルもこれを難なく受け止める。
「今のお前に魔法を使う必要はない。この刀だけで十分だ…」
そして再び距離を取るといよいよ闘う気になったのか、周囲に漂う微かなマナを集約し、それを体の隅々まで送り込んで身体を強化する。
「出し惜しんで斬り殺されても私を恨むなよ?」
アヤメもウィルに応じる様に全身を巡る気を高めていく。そして……
「本当の煌星剣を教えてやろう」
ウィルのその言葉と共に紅と蒼、異なる二つの光を纏った人影が激しく衝突した。