—19— 目覚め
「う…ん…」
デリスは怖い夢にうなされているかのような、苦しそうな声を漏らした。徐々に冷めていく意識の中で人の話し声が遠くに聞こえる。
「こらこら、くすぐったいなー」
「すっかり懐かれちまったな」
まだ開いていない目の代わりに耳が精一杯の情報を集めようとする。
「…ここは…どこですの?…私はいったい?」
言葉を出したことによって鈍っていた思考が一気に冴えてくる。
「…!?イゾルテ!」
とても大切な、自分を庇って瀕死の重傷を負ってしまった愛しい竜のことを思い出し、デリスはその子の姿を探すために急いで上半身を起こした。
「おっ、こっちも目覚めたみてーだな」
「よかった、意識が戻るくらいには回復したみたいですね」
上体を起こしたデリスの目に飛び込んできたのは、自分の方を見て安心したような表情を浮かべている2人の男性だった。自分が置かれている状況がわからず、話しかける言葉を必死に探しつつも目ではイゾルテを探す。
「あ、あの…ここはどこでしょうか?…あと、その…これくらいの翼竜の子供を見かけませんでしたか?」
不安げに、途切れ途切れに発せられたその言葉の一つめの質問をあえて無視し、2人の男はデリスの上の方の空間を微笑みながら指さした。指の動きに釣られて同じ方向を向くと、視界を遮るように重たい塊が降ってきた。正確には突撃してきたという表現の方が適切である。
「ぎょふ~~~~っ!」
「きゃっ…イゾルテっ!?」
視界を遮ったそのものの両脇を掴んで高々と掲げて視認すると、そこには嬉しそうに尻尾ふりながら覗き込んでくる見慣れた顔があった。
「…イゾルテ!イゾルテ!」
まるで無くしていた大切なものが見つかったかのように、二度と失わないようにきつく、きつくイゾルテを抱きしめた。その力があまりにも強かったのか小さな竜は小さな羽と尻尾を必死に振りながら抗議する。しかし、その力も徐々に弱まっていった。
「ぎょっ…ぎょー…」
「おい、嬢ちゃん。嬉しいのはわかるがよ、いい加減にしてやらねーとそいつまたくたばっちまうぜ」
その言葉にはっとしてデリスは腕の力を緩める。そこにはちょっぴり怒ったような表情を浮かべているイゾルテがいた。
「私ったらつい…ごめんなさいですの…」
イゾルテはデリスの腕が緩められるとそこから逃れるようにして黒髪の男の方へと羽をぱたつかせて飛んでいき、その頭の上に乗っかった。
「はは、君はイゾルテって言うのか。ちょっと愛情表現の度が過ぎていたけど、君の主人はあっちだろう?」
黒髪の男がそう言ってデリスの方を指差すも、イゾルテは目を瞑ってそっぽを向いた。
「あ、あの…」
イゾルテが離れたことで少しだけ冷静になったデリスは自分が置かれている状況を思い出し、再び戸惑う。
「この子も君も回復して本当に良かった。大怪我して雪に埋もれていたからびっくりしたんですよ」
「そ、そうだったんですか。本当にありがとうございます。その子を、イゾルテを助けてくれて本当にありがとうございました。えっと、その…」
ここで黒髪の男の名を呼ぼうとするも、まだ名前を知らないことに気付き口篭る。
「あーごめん、まだ名乗ってなかったね。俺はウィル。それとこっちはクラウさん」
ウィルと名乗った黒髪の男に名を呼ばれたクラウは金色の髪を軽く揺らしながらよろしくな!っとデリスに向かってにかっと笑った。
「ウィル様、クラウ様。私はデリスと申します。この度は、私達を助けてくれて本当にありがとうございました!」
「まあ俺は嬢ちゃんの胸と尻の感触楽しみながらここに運んだだけだがな。嬢ちゃんの傷もこの竜の傷も直したのはこいつさ」
さり気ないセクハラ発言に顔を赤らめるデリスの反応を面白がりつつ、ウィルの方へと向かって立てた親指を降る。
「ウィル様…」
自分と大切な子を助けてくれた者の名を胸に手を当てながらそっと呟いた。
「ところで、デリスさんとイゾルテはどうしてあんな所に?それとあの怪我は一体…」
「私のことはデリスと読んでくださいですの。え…と、それはですね……」
デリスはこの山にある村の依頼でベスティアという獣をギルドのメンバーと討伐しに来ていたこと、その際中にベスティアに胸を貫かれたイゾルテと一緒に崖から落下したこと、今までの経緯を話した。
「げっ、嬢ちゃんアガートラムの傭兵だったのかよ!?」
話の途中で出てきたデリスが所属するギルドの名にクラウが反応した。
「アガートラム?」
しかし、アガートラムという単語を知らなかったウィルは首を傾げた。
「お前、本っ当に何も知らないのな…。いいか、アガートラムっつーのはお隣のワーブラー王国にある、グラス大陸最強の傭兵ギルドだ」
「へー、そんなに強いんですか?」
「ああ、以前ワーブラー王国と共同開催している武術大会でアガートラムの連中とやり合ったことがあるが、あそこの団長は本当化物じみた強さだったぜ」
「まあ!クラウ様、トレアサと会ったことがあるんですの?」
「あー、そうそう。トレアサだ。もう名前も思い出したくもねー」
嫌なことがあったのかクラウは目を瞑って渋い顔をする。
「でもそんな人達が集まっても苦戦するってよっぽどベスティアって奴は強いんですね」
「俺もあんまり知らねぇがそうみてえだな。ん?そういえば嬢ちゃん、他の仲間たちは大丈夫なのか?」
イゾルテの事で他の仲間のことが完全に抜け落ちていたのか、クラウの言葉から少し間を空けてデリスが大声を上げた。
「すっかり忘れてましたのーーーーーー!!!!!どうしようですの、どうしようですの」
「お、おい、落ち着けって」
「無理ですのー!皆が心配ですの!ゾルちゃん、急いで皆のところに向かうですの!」
そう言ってデリスは身を整えて穴の外へと駆けて行こうとした。
「まあ待てって」
「げべっ」
しかし、走り出した瞬間にクラウに後ろ襟を引っ張られてしまい、デリスは謎の声を発して静止した。
「なあウィル、ベスティアって奴が話に聞いたとおりの奴だとするとこのまま嬢ちゃんを行かせる訳にはいかねぇ。ちょっと登って様子を見てきてくれ」
何かを言いたげだが咳き込んで言えないデリスを抑えつつ、クラウはウィルに向かってそう頼んだ。
「わかりました。ちょっと待っててください」
ウィルはそう言って頷くと、穴を出てマナによって身体強化をすると気配を消して崖の上の方へと繰り返し跳躍して行った。その様子をクラウとデリスとイゾルテが見守っていた。
「この崖を登っていくなんて…ウィル様って何者ですの?」
「なんでもできる便利屋さ。…うーん、やっぱり一家に一人欲しいな」
「ぎょふ?」
微妙に噛み合っていない会話を数往復する頃にはすっかりウィルの姿は見えなくなっていた。