—15— 鼓動
「皆、準備はできているか?」
「ああ、問題ない」
「行けるぜ」
「準備はできています」
朝日が燦々と輝く朝、一同はベスティア討伐に向かうため村の入口の前へと集まっていた。雪原に入射する日の光が雪の結晶で乱反射して水晶のように眩い光を放つ。
「あうぅ…眩しいよぅ…」
「まだ眠いですの…」
「ぎょふ…」
はきはきと答えた先程の三人とは対照的に、二人は眠そうに目をこすり、一匹はだるそうにぱたぱたと控えめな翼をはためかせていた。
「まったく…お前達はたるんでいる。気を抜いたら殺されてしまうかもしれないのだぞ」
「えー、だってイゾルテちゃんが雪ではしゃいでて寝かせてくれなかったんだもーん」
「本当ですの。火竜のくせに冷たい雪が好きなんて…ふぁあ~…」
「ぎょふー…」
どうやら三人が眠そうにしている原因はイゾルテにあったようだ。雪を初めて見て気分が高揚したイゾルテは昨夜あまり眠れずにデリス達を付き合わせて外で遅くまで遊んでいたようだ。申し訳ないと思っているのか、心なしか翼が小さく折りたたまれているようにも見える。
「帰ったらトレアサとロイドに厳しくしごいてもらうよう伝えておこう」
「えー、そんなー!」
後ろで文句を言い続ける二人と一匹を放置してシンクレア達は昨日訪れたベスティアの住処を目指して歩いた。大雪に見舞われていた昨日と違い視界が晴れていていたため当初の予定よりも短い時間で目的の場所へと着くことができた。昨日と同じ位置に身を伏せたシンクレア達は窖の方の様子を伺った。
「ふむ、相変わらず見張りの一匹を残して寝ているようじゃの」
「うっわぁー…あんなのに襲われたら3口くらいで食べられちゃいそう…」
「なんの心配をしているんだよお前は」
昨日村に残っていて初めてベスティアを見ることとなったリノンは変な感想を言って兄に呆れられていた。
「で、シンクレア、どうやってあいつらと戦うんだ?私達は何をすればいい?」
「アヤメ達はそこでじっとしているだけでよい」
「どういうことだ?」
気を抜いたら一瞬で殺されてしまうかもしれない相手との戦いに備えて心構えをしていたアヤメはじっとしているだけという言葉の意味が理解できずに不満そうな眼差しを向けた。
「奴らがこちらに気づいていないうちに周囲に魔法で燃素を集約して設置する。その後、炎で燃素に点火した際に生じる大爆発で窖ごと吹き飛ばす。マホン、お前は魔法障壁を展開してこちらへ来る衝撃からアヤメ達を護ってやれ」
「承知しました」
「アヤメ、カデル、デリス、イゾルテ、リノンは万が一討ち漏らした時に備えていつでも戦えるように用意はしておけ。奴らがこっちに向かってきたときは私とマホンもちときついのでな」
「そうか、わかった」
「うむ、では早速始めるとするかの」
シンクレアが杖をかざして詠唱を始めると杖の先端にある翡翠色の宝石に光が灯る。すると宝石内に蓄積されていたシンクレアの気から生成したマナが周囲の燃素に作用し、それらをベスティアの住む窖の周囲へと集めていった。
燃素とはこの星の大気中に含まれる物質の一つで、熱に反応して燃え上がる性質を持つ。ただし、燃素単体では燃え上がることはなく、必ず同時に可燃性の物質がその場に存在している必要がある。
「ねーねー、何も起きているように見えないんだけど大丈夫なの?」
シンクレアの魔法により周囲の燃素は着実に集まってきていたが透明な物質であるためリノンにはただシンクレアが目を閉じて詠唱しているだけにしか見えなかった。
「大丈夫ですよ、今のところうまくいってます。さて、私も魔法障壁の準備をしますかね。」
そう言うと今度はマホンも杖を取り出して魔法の詠唱を始めた。彼が詠唱を始めるとマナがマホン達を中心として回り始めた。
「展開します。風渦陣」
そして魔法の名を読み上げると回っていたマナが高密度の気体に変わり、彼らを守る障壁となった。
「はぇー、すっごーい!見えないけどここに空気の壁があるー!」
「けっ、魔法ってのはなんでもできて便利なもんだよな」
「そんなことはありませんよ、カデル。確かに魔法を使えばいろいろなことはできますが、その使用には体内の気から生成した大量のマナを必要とします。ですから一人の魔道士が扱える魔法の種類、効力は大したことないのです。」
「知ってますの。だから魔道士達は魔法部隊を組んで連携することで扱える種類や効力を増やしているですの」
「ええ、そうです。一人が持つ気の量は少ない。だから私達はそれを束ねることによって独りではどうにもできない強敵とも戦うことができるのです。あのお方は例外ですが…」
今も淡々と詠唱を続けているシンクレアの方を見つめる。彼女は今本来複数の魔道士が協力してようやく発動することができる連携魔法”獄炎”をたった一人で実行しようとしている。獄炎は大量の燃素を扱えるだけのマナが必要であり、またそれらを複雑に制御するための作業も必要である。単独で実行するにはマナの元となる大量の気や、優れた集中力及び技術が必要となる。
「シンクレアは”鬼神”と並んでアガートラムの双璧を成す”大魔女”。私から見ても二人の強さは化物じみている」
「鬼神に大魔女…憧れますよねぇー。まあ私もアガートラムの”破壊神”と呼ばれていますけどね!」
「アホか、それはお前がやたらめったらオーパーツ使ってギルドの建物を破壊しまくるからだろーが。修理費にどれだけ俺の報酬が使われたと思ってんだ!」
「破壊力でいったらうちのゾルちゃんも負けてませんわよ!」
「ぎょふっ!」
「…お前達は一体何の話をしているのじゃ」
燃素の配置を終えたのか、後ろで行われていた喧しい会話にシンクレアが反応する。
「終わったのか?」
「うむ、大体な。後は配置した燃素に点火するだけじゃ」
「そうか、いよいよだな」
「では行くぞ。仕留め損なう可能性は十分ある。各自準備はしておくようにな」
アヤメ達は各々の武器を取り出して構え、無言で頷いた。これから始まる戦いへの緊張からか、それぞれの胸に一段と大きい鼓動が鳴り響く。
「…では行くぞ。獄炎!」
シンクレアが魔法の名前を言葉にするとベスティアのいる窖の周囲に赤い光が瞬く間に広がっていき、そして周囲を激しい光と爆音が襲った。