—13— 戦いに向けて
アヤメとカデルが山頂に向かった頃、デリスとリノン、イゾルテは村長の家の厨房を借りて持ち込んだ食材を調理し、精神的に滅入っていた村人を元気づけさせるために一軒一軒回って話しながら配っていた。現時点では食糧難という訳ではなかったが、家に閉じこもってばかりでろくな食事を採っていなかった村人達にとってはとてもありがたいことだった。
「たーんと召し上がれ、ですの!」
「いっぱいあるので遠慮しないで食べてくださいね!」
「わー、お母さん、見て見て!とっても美味しそうだよ」
子供達は湯気が上がり香辛料と調味料が香る色とりどりの野菜や大きな肉がたっぷりの煮物を目の前にして大喜びしていた。
「こらこら、ちゃんとお皿に取り分けてからじゃないとだめじゃないの…」
「いいじゃんかー!もうお腹ぺこぺこだよー!」
「駄目です!」
「ちぇっ、けちー!」
子供達はおあずけをくらったことに不満げだったが、母親の言うことを聞き食器を取りに行った。
「本当にもう…どうもすみません…」
「えへへ、元気がいいじゃないですか!それにあんなに喜んでもらえるなんて私達もがんばって作った甲斐があったというものです」
「そうですの!とは言っても私は隙あらばつまみ食いしようとするゾルちゃんを抑えてただけですけど…」
「ベスティアの討伐なんて危険なことをお願いしただけでも本当に申し訳ないのにこんなことまでしていただいて…」
「いえいえ、私達ギルドは困ってる人達を助けてこそのものですから。まあ私達は傭兵ギルドなんで戦うことしか能がないですけどね…」
自分で言っておきながら途中で自分達が傭兵ギルドであることを思い出したリノンは自虐的に笑った。とは言ってもアガートラムはギルドマスターであるトレアサの意向で不条理な依頼は受けずにワーブラー王国やその民に有益な依頼しか受けていないので人助けというのもあながち間違ってはいない。
「あ、そうだ。あとこれ!私達は村に被害が無いように最善は尽くしますが、もしものときに使ってください」
リノンは背負ってきた鞄からいくつかのオーパーツを取り出すと目の前の女性に渡した。
「これは?」
「オーパーツです!これは烈閃。投げて衝撃を与えると閃光を発するので、もしベスティアが向かってくるようなことがあったら投げてください。そしたら眩むと思うので少しは逃げる時間が稼げるはずです。そしてこっちの焔結界はこの引き金を引くと周囲に炎の壁を作り出します。どんな猛獣でも迂闊に火に突っ込んでくるということはしないのでいざという時はこれで身を護れるはずです。ただ、使うときは発動する円上の位置に人がいないことをよく確認してください」
「…わ、わかったよ。使えるかわからないけどもしその時がきたら頑張ってみる」
「はい!あ、あとこれは小光輪と言ってですねー――」
「…っリノンちゃん!それは駄目ですの!ベスティアを倒す前に村が半壊してしまいますの!」
オーパーツについて語り始めて気分が高揚したリノンはあろうことか驚異の破壊力を持つ小光輪までその女性に渡そうとした。訓練場での出来事を見ていたデリスは慌てて暴走するリノンを止めていた。
「ちぇー…」
「私、ときどきリノンちゃんが一番怖いと思いますの…」
リノン達がオーパーツの説明をしている間に物凄い食欲で料理を平らげた子供達はデリスの横にいたイゾルテに興味が移り、その体を触っていた。
「きゃー、可愛いー!」
「すごーい、本物の竜だー!」
「ぎょふっ」
イゾルテは子供達にもみくちゃにされていたが満更でもないのか、もっと触れというように両手を広げていた。
「あらあら、ゾルちゃんも喜んでいるみたいですの!でも女の子なのであまり乱暴なことはしないであげてくださいね」
「ゾルちゃんって言うんだ。よろしくねー」
「へー、ゾルちゃん女の子なんだー!」
「ぎょふっ」
「ゾルちゃんも”よろしく”って言ってますの。…え、なに?”そこの男、次尻尾触ったら燃やすぞ”?ゾ、ゾルちゃんっ!そんなこと言っちゃだめですの!」
「ゾ、ゾルちゃん怖いー…」
その言葉を聞いた子供達は互いに抱き合って震えていた。しかしその後デリスに叱られておとなしくなったイゾルテはしばらく子供達と仲良く戯れていた。
――リノン達が村の家を回っていたその頃、マホンとシンクレアはベスティアが村の中へと入るのを防ぐため魔法による結界を張っていた。
「ふうっ、これでよし…と。シンクレア様―!こちら側は張り終わりましたー!」
村の南側に結界を張っていたマホンはその作業を終えるとシンクレアに完了の旨を伝えた。この南側はガルフピッケンの山頂とは逆方向にあたる。そのためこちら側の結界はいざという時に村人が逃げられるようにその内側からは簡単に壊せる仕組みになっていた。一方、北側は山頂側になりベスティアから襲撃される可能性が高い。そのため魔法の技術とマナの総量に優れるシンクレアが担当していた。
「ふむ、こちらもちょうど張り終えたところじゃ。」
「これで一応村全体に結界を張ることができましたね。これで仮にベスティアが来ても防げるでしょうか?」
「それは余にもわからん。獣王族ベスティア…その力が如何程のものか」
「確かに私達も古代種と戦うのは始めてですからね…」
「うむ。獣王族に竜族に天鳥族…古くからこの星に存在していたかの強大な種族とやり合うなど正気な人間がすることではないからな。最近ではそのような古代種と人が戦った記録は無いが、聞いた伝承によればそれらと戦った国が一つ滅ぼされたこともあるとか」
「は、はは…先程のヴィダル様の話といい嫌気が差しますね。そんなのと戦えなんてトレアサ様も本当に酷いお方だ」
「トレアサも普段ならそのような依頼を受けんだろう。ただ、今回は村が犠牲になりそうだったため仕方がなかったのじゃ。戦う余達も嫌じゃが、それを命令するトレアサも嫌じゃったろうて」
「…失礼しました。トレアサ様はそういうお方でしたね」
「まあ、帰ったら高い酒の一つや二つ奢らせないと気が済まないのは確かじゃがの」
にやっとシンクレアが微笑みかける。マホンもそれに同意して笑う。
「さて、無駄話もこの辺にしてそろそろアヤメ達の元へ向かうとするかの。先の戦でも無謀に敵陣に突っ込んでいたあいつらのことじゃ。今回もそのような無茶をしていなければいいのじゃが」
「そうですね、あの二人ならやりかねないです。早めに合流しましょう」
「うむ」
無茶をしかねない性格に不安を感じたシンクレア達は合流するために急いでアヤメ達がいる山頂の方角へと向かった。