—12— 母親の仇
アガートラムの一同が別れたあと、カデルとアヤメの二人はベスティアの調査のため
カデルとアヤメの調査のため霊峰ガルフピッケンの山頂の方角を目指して進んでいた。
「っち。ますます寒くなってきやがったな」
「本当だ。早く部屋に帰って炬燵で暖まりながら寝たいものだ」
「炬燵?なんだそれ」
「床に作った窪みの中で炭を燃やしてな、その上に円卓を置いて布を被せて熱を閉じ込めておくんだ」
「ほー」
「これがなかなか気持ちよくてな、ついついうたた寝してしまうんだ」
炬燵の素晴らしさを嬉しそうに、そして本当に心地良さそうに語っている表情はカデルの炬燵への興味を引き立てた。その表情に気付いたアヤメは炬燵について語るのを中断してカデルに微笑みかける。
「カデルも今度私の部屋に来て体験してみるか?きっと癖になると思うぞ」
「ア、アヤメの部屋に!?い、いやそれは遠慮しておく」
その言葉に普段は顰めっ面な彼が珍しく動揺していた。
「別に遠慮することはないだろう。昔はリノンと一緒によく来ていたじゃないか」
「それは小さい時の話だろうが!流石にこの年になってまで女の部屋に行くのはな…」
「私は気にしないぞ?」
「俺が気にするんだ!」
カデルは声を荒らげて部屋に行くことを拒絶したが、アヤメにはどうしてそうも強く彼が否定するのか理解できなかった。ただ炬燵の素晴らしさを共有できないことが残念そうな表情をしていた。
「そういうものか。…うーむ、わからん」
「くだらねーこと言ってねーでさっさと行くぞ!」
会話を早く切りたかったのか急に急ぎ足で歩き始める。アヤメもそれに渋々付いていくも、よほど残念だったのか、炬燵は素晴らしいのに、うーむ…、としばらくの間独り言を繰り返していた。
ヴィダルから教えてもらった、ベスティアの住処と思われる山頂近くにある窖を目指してただひたすら歩く。地面を覆う厚みのある雪の層は山頂の方までずっと続いており、今もまた空から舞ってくる小さな結晶がその層の上に積もっていく。空洞を多く含むその層はアヤメ達が踏む度にぎゅっと潰され2つの軌跡を作っていった。
「…なあ」
「ん?どうした?」
「言い辛かったら別にいいんだけどよ、マホンに言っていた”あの男”ってのは母親の仇と関係あるのか?」
カデルのその一言にアヤメは黙り込む。カデルもアヤメの反応を待っているため彼らの耳には雪を踏み固める音、風邪が雪面を擦る音しか聞こえてこない。それでも前を歩いているカデルは振り返ることもなくただ淡々と前に向かって歩き進める。しかし、足音が聞こえなくなったため立ち止まってゆっくりと振り返った。するとアヤメは左腕の肘を右手で抱え込むようにして立ち止まっていた。やがて彼女はカデルの顔を見ると目を閉じて静かに首を縦に振った。
「そうだ。確証は無いが、マホンが言っていた男の特徴からほぼ間違いはないだろう。そのように魔法を使うことができる人物を私は一人しか知らない」
「詠唱も魔道具も無しに魔法を使う…か」
「ああ、奴は”本当のマナ”を自由に使うことができる。使うのはマホンやシンクレアが使うものとは比較にならない程の強さを持った”古代魔法”だ。だから気を変換した”擬似的なマナ”を魔道具に蓄積しておく必要もなければ詠唱をする必要も無い」
「”本当のマナ”…?マナや魔法のことは詳しく知らねーがマホン達の使ってるやつとは違うのか?」
「あれはマナを真似て体内の気を変換させた、似て非なるものだ。本来のマナというのは古来よりこの地上に漂っている星の力。私達は干渉することができないが空気と同じようにそこらに存在している」
「俺達が使えないってんならなんでそいつは使えるんだよ?」
「私にもわからない。母様が連れてきたときから奴は既にその力を持っていた。マナを使えるということはこの星から常に力が供給されていることを意味する。マナを使ったその力は母様をも凌ぐほどだった」
「星から…!?そんなふざけた奴がいるのかよ」
星から力が供給されているなどあまりにも常識から外れていたが、アヤメの真剣な表情がそのことを事実だと肯定している。
「母様はそんな奴を、いつか星を護ってくれる存在になると信じて剣術を教えていたのに…それなのに奴は裏切ってその力で、剣術で、母様を殺したんだ…」
袖を握っている右の手に力が入る。
「そうか…。まあ昔のことはあまりわからねぇがそいつをぶっ飛ばすってんなら力になるぜ。もしお前が殺されそうになっても俺が護ってやる」
握った右拳を広げた左手に打ち付けながら得意げに笑う。そのあまりにも突然の、意外な言葉にアヤメは目を見開いた。そして一瞬の間を置いた後、嬉しそうに表情を変えるとカデルに言った。
「私にも勝てないくせに何を言ってるんだ」
「っち、うるせーな。確かに今はお前の方が強い。だがな、いつかはお前も、その男も超えてみせらぁ」
「ふふ、期待はしないで待っておくよ」
自分より弱いと言われたことに拗ねたカデルだったが、その表情には嬉しさや照れが含まれていた。そしてその照れを悟られないようにする為か再び前を向いてベスティアの住処を目指して歩き始めた。しかし、気になることがあったのか数歩歩いてから歩みを止めると顔だけ振り返ってアヤメに尋ねた。
「お前の母親を殺したそいつの名前はなんて言うんだ?」
「奴の名前はウィル。母様の下で同じ剣術を学んだ兄弟子だ」




