—10— 白銀の村ヨトゥンヘイム
「あー、くっそさびー…」
獣王族討伐の準備ができた一同は依頼内容について詳しい話を聞くためヨトゥンヘイムの村を目指していた。ヨトゥンヘイムは雪山である霊峰ガルフピッケンの中腹にあるため、今はあたり一面雪で覆われている山道を歩いていた。
比較的暖かく住みやすい気候が特徴であるグラス大陸ではあるがジェリド大陸に近いガルフピッケンは標高が高いこともあり、鳥が凍って落ちてくるほどの厳しい寒さだった。マホンやシンクレアは炎の魔法で、デリスはイゾルテの吐く炎で暖を取り寒さを凌いでいた。カデルは羊の毛をふんだんに使った防寒着を着込んでいるもののそのあまりの寒さに両手で抱え込むようにして震えていた。
「アヤメ、おめーそんな格好で寒くないのかよ…?」
防寒着に身を包んだ他の人達と違い、いつもと変わらない袴姿でいるアヤメの姿にカデルは見ているだけで寒いとたまらず指摘した。
「いや、私は気で体温を調節することもできるからな」
「気…!?お前の気は何でも屋かよ……」
「嘘だ。本当はリノンから懐に入れると暖かくなるオーパーツを貸してもらっている」
「嘘かよっ!?」
アヤメとリノンは懐炉と呼ばれているオーパーツを身体のいたるところに貼り付けることで寒さを凌いでいた。懐炉による発熱効果が優れているのかアヤメやリノンはカデル達よりも薄着だった。カデルがいくらなんでも薄着で来ることはないだろと突っ込むとそれぞれ”動きにくいから”、”重いと疲れるから”という理由で否定していた。
「あぁー…ゾルちゃん本当にあったかいですのぉ…」
「ぎょっぎょっぎょっぎょっ」
イゾルテは呼吸に合わせて小刻みに炎を出すことで自身とデリスを温めていた。デリスはイゾルテを自身の胸元へ服で包むようにして招き入れ、離さないようにぎゅっと抱きしめていた。
「ぎょっ…ぎょっ……ぎょぎょ…………ぎょぶぇぶしっっ!!!!」
寒さが鼻をこそこそと刺激するのか、それに耐えられなくなったイゾルテは炎を断続的に吐く動作とくしゃみが混じり目の前の広範囲の雪を全て溶かしてしまう程の巨大な炎を吐いた。
「イゾルテ…くしゃみをするときは私達のいない方を向いてしてくださいね…?」
たまたま前には誰もいなかったため被害はなかったが、その光景を見たマホンはイゾルテに真剣に注意をした。
その後も一同は厳しい寒さと戦いながら一歩、また一歩と足を進めていった。そして周囲の山の頂きが歩いている場所と同じの高さにまでなったぐらいで目の前にヨトゥンヘイムの村が見えてきた。
「やったぜ!村が見えた!火だ!あったかい飯だ!」
普段は強気のカデルも寒さで心が折れかけていたのか、建物を見つけると真っ先に駆けていった。
「さっきまであんなに元気がなかったのに」
「もう、お兄ちゃんたら…」
駆けていったカデルの足跡をなぞるようにしてアヤメ達もヨトゥンヘイムの村へと歩いて行った。村へ着くとそこには暖かいご飯を食べようと宿屋の戸を叩いているカデルの姿があった。
「おーい、開けてくれ!やってねぇのか?」
「カデル、どうしたんですの?」
戸を何度も叩いて声をあげているカデルに追いついたデリスが声をかける。
「いや、それがさっきから何度も呼んでんだが全然反応がねぇんだ。他の家からも全然人が出てくる気配がねえしよ」
「それは困ったのう。流石に疲れたから少しは暖を取りつつ休みたかったのじゃが…」
一同が宿屋の前で困っていると、やがて入口から見て一番奥にある少し大きな家の戸がそっと開き、中から雪と同じ色の髪と髭を蓄えた老人が出てきた。その老人はカデル達の方へと歩いてくるとゆっくりと口を開いた。
「旅の者よ、その宿屋に何か用かね?」
「ええ、ここまで歩いてくるのに少し疲れてしまったので暖かいご飯を食べながら休ませていただこうと思っていたのですがどやら店の人が留守のようでして…」
マホンの言葉を聞いた後その老人は髭を触りながら俯き少しの間黙った。そしてゆっくりと見上げて言った。
「そこの宿屋を営んでいた家族は皆死んだよ。獣王族に襲われてな…まだ小さい娘っ子もおったがの…元の形もわからない程引き裂かれておった」
「そんな、ひどい……」
あまりの惨さにリノンが口元を押さえる。
「あなた様方はアガートラムの傭兵かね?」
「ああ、そうじゃ。この地にいる獣王族を倒して欲しいと依頼があったのでな」
「そうか。その依頼を出したのは儂じゃよ。儂はこの村の長を務めているヴィダルと言う者じゃ」
「ではあなたが…」
「こんなところで立ち話も寒かろうて。儂の家で暖を取りながら話すとするかの」
ヴィダルはついてきなさいという仕草をしてからゆっくりと歩き始めた。白い粉雪が舞い、静けさに包まれる村の中をヴィダルについていくようにして進む。
「村の中なのにとっても静かでなんか怖い…」
「皆獣王族を恐れているのじゃよ。殺されてはかなわんからの…。さて入りなされ」
一同はヴィゼルに促され、彼の家の中へと入っていった。通された部屋には暖炉があり、中で薪がパチパチと音を立てながら燃えている。この土地に生息する生き物なのだろうが角の生えた獣の剥製が部屋の隅に置いてある。
カデルやリノンが暖炉で暖まっていると一旦家の奥に姿を消したヴィダルが大きな鍋を持ってきた。そしてヴィダルが妻と紹介した皿とスプーンを持ってきた女性は軽く頭を下げて配膳するとすぐに奥へと戻っていった。
「大したもてなしができずに申し訳ないが、これで体を暖めてくだされ」
「ありがとうございます。では遠慮なくいただきます」
「あぁ~、美味しそう!もうほんとお腹ぺこぺこだったんだー!」
そのスープは色とりどりの野菜がごろごろと入っており、湯気とともに出汁と調味料、具材の美味しそうな香りが部屋中に広がっていく。リノンやカデルは目の前に配膳されるとあっという間にその熱々のスープを平らげた。
「はっはっはっ、そんなにがっつかんでもいくらでもあるぞい」
あまりの食いっぷりを見たヴィダルからは思わず笑いがこぼれる。まだリノンやカデル、イゾルテが食事にがっついている中、最初の一杯だけを平らげたシンクレアは口元を拭いて姿勢を整えるとヴィダルの方へと向き直った。
「して、ヴィダル殿。今回の依頼について詳しく聞かせて欲しいのだが。我々も獣王族のことはまともに知らんのでな」
「おお、そうであった。では、どこから語ろうかの…」
ヴィダルが深刻な表情で今回の依頼について語り始めると一同はその話に真剣に耳を傾けて聞き始めた。