—09— 獣王族討伐依頼
「皆、昨日は本当にすまなかった」
一夜明けてからギルドの待合室でデリス、リノン、カデル、マホンに再会したアヤメは昨日の事を詫びた。
「ぎょふ?」
頭を深く下げるアヤメと頭を下げられたことに対して驚いている4人をぱたぱたと翼をはためかせながら見渡したイゾルテは何があったのかわからないというように首を傾げた。
「い、いえ、私はもう気にしていませんので頭を上げてください」
「もうっ、どこかに行ったっきりずっと戻ってこなかったからとっっっても心配したんですの」
「本当ですよ、ロイドさんには思いっきり怒られて訓練場を修理させられるし――痛っ」
「それはお前の自業自得だろうが!」
それまで少しだけやりづらそうだった場の雰囲気が一変し、リノンとカデルのやり取りに皆が笑っていた。そしていつも通りにどのような依頼があるのか、誰と行くかなど情報交換をしているとアガートラムのギルドマスターであるトレアサがアヤメ達の元へ歩いてきた。
「おー、お前達。ちょっといいか?」
「トレアサ?どうしたんですの?」
「ああ、お前達に頼みたいことがあってな」
「なんだ、依頼か?」
「ああ、そうだ。少し危険な内容でお前達にしか頼めなくてな」
「へー、どんな任務なんですかー?」
「獣王族の討伐だ」
獣王族――その言葉を聞いた瞬間にそれまで和やかに話していたマホン達の表情が固まった。
「じゅ・・・、獣王族ですか?」
「そうだ。ヨトゥンヘイムの住人から村人が何人も殺されていると相談を受けていてな。あまりにも危険な相手なんで私とロイドで行くつもりだったんだがどうしても外せない用事ができてしまって行けなくなったんだ」
「ねぇねぇお兄ちゃん、獣王族って何?」
「お前はそんなことも知らねぇのか!?獣王族っていったらそこらの獣とは比較にならない強さを持っている種族の事だ!全身を覆う鋼のように硬く盛り上がった肉体に金色の立髪、獲物を簡単に引き裂く鋭利な爪を持ったその風貌は見ただけで恐怖のあまり死に至らしめると言われている」
「ええ、それに彼らは賢く人語も理解して話すと聞いています。そのあまりの強さは竜族にも匹敵すると言われています」
「えぇ~…そんなの相手に私達だけで行くんですかぁー?」
「ぎょふっ!ぎょふっ!」
普段は何事にも恐れず突っ込んでいく兄の真剣な表情を見たリノンは依頼を嫌がる素振りを見せた。イゾルテは竜族に匹敵するという言葉が気に入らなかったのか自分の方が強いというふうにマホンの脛を羽でバシバシと叩いていた。
「まあお前達はこのアガートラムの中でも私とロイドを除いて一番戦闘に長けた団員だからな。危険な依頼だがなんとかしてくれると信じている」
「で、でも流石に獣王族相手に私達だけっていうのは恐いですの…」
「まあいいじゃねぇか!これもいい修行にならぁ!」
リノンと同様に嫌がるデリスとは対照的にカデルは拳を打ち合わせて気合を入れる。
「別にお前達だけでとは言っていない。お前達は確かに強いが無鉄砲なところがあるかあらな。お目付け役としてシンクレアに同行してもらう」
名前を呼ばれたシンクレアが椅子から立ち上がりアヤメ達の方へ白銀の髪とローブの裾を揺らしながら歩いてきた。もう準備は出来ていると言わんばかりに背中に大きな荷物を背負い、手には彼女の特徴でもある真紅の大きな宝石が先端に付いている魔導杖を持っていた。
「そういうことじゃ。よろしくな」
そう言って彼女は片目を軽く瞑ってみせた。シンクレアの年齢は不詳ではあるがトレアサよりも上らしいということは団員達の間で噂されていた。しかしその容貌はとても若く美しいため団員の男達の間で絶大な人気を誇る。今もその目を瞑る可愛らしい仕草に何人もの男達が悩殺されていた。
「そうですか、シンクレア様がいてくれるのならば心強い」
「確かにシンクレアが来てくれんなら助かる!」
「カデル、シンクレア様に対して呼び捨ては失礼でしょう!」
「よいよい、カデルは昔っからそんな奴じゃ」
所属する魔法部隊を統率する実力者である彼女が同行してくれると聞いたマホンはほっと胸をなで下ろした。その実力はカデルも認める程のようだ。
「まずはヨトゥンヘイムに言って住人の話を聞いてみるといい。ヨトゥンヘイムはインファタイルとの国境付近にある霊峰ガルフピッケンの中腹にある。標高が高く寒冷地だからしっかりと寒さ対策をしていけよ」
「ああ、わかった。では準備をしてくる」
「そうですわね!じゃあまた準備が終わった人からギルド入口に集合するですの!」
各々厳しい戦いと寒さに備えるためそれぞれの家やギルド内の各自の部屋へと戻っていった。