—07— 戸惑い
「そういえば最近オーパーツを使用する人達が急に増えてきましたね」
「ああ、そうだな。さっきもそのことについてデリスと話していたところだ」
「次の武術大会でも多くのオーパーツが使われるのでしょうか?」
「あ、そういえばもうそんな時期なんですの」
武術大会というのはワーブラー王国とブルメリア王国合同で毎年開催されているその戦闘技術を競うことを目的とした催し物である。武術と名を冠しているが、魔法やオーパーツを駆使した戦闘も認められており、個人戦や団体戦といった項目がある。グラス大陸の二大大国が共同開催するとだけありその景品はかなり豪華であり、その景品を求めた傭兵ギルドなどがグラス大陸中から多く参加する。ちなみにその開催には政治的な背景もあり、ワーブラー王国とブルメリア王国の軍事力の切磋琢磨、宣伝の場ともなっている。そのため傭兵以外にもそれぞれの王国軍から選抜された団体も数多く参加する。ちなみに最近の2国間の戦績はアガートラムの活躍もありワーブラー王国に軍配が上がっている。
「あんなものをたくさん使われたら今年の武術大会優勝は危ないかも知れないですわね」
「けっ、くだらねぇ。そんな道具に頼ってる奴なんざこの拳で道具ごと砕いてやらぁ」
「そうですよー、トレアサ様やアヤメさんがいる今のアガートラムになんか敵なんていないですよ!」
「そんなことはないさ、去年もその前の年もブルメリア王国の近衛兵だけで結成されたところはなかなか手強かった」
「えー、そうですかー?私も見てましたけど毎年余裕そうに見えたけどなー」
「リノンちゃん、そう言って油断してるといつか本当に負けてしまうかもしれませんよ?大会でも普段の依頼でも油断大敵です」
「はーい・・・。でも今も昔もアガートラムに勝てるところなんてあったんですか?」
「そうですね、確かに最近はブルメリア王国の近衛兵が強いとはいえ負けるほどの相手でもありません。ただ、昔であればシャムロックというギルドがいつもうちと優勝争いをしていましたね」
「シャムロック?」
「まあおめーはまだ小さかったから覚えてねぇかもしれねぇけどな、シャムロックってのはブルメリア王国のヴィオラの街に拠点を構える雑多ギルドだ」
「ええ、彼らは特に傭兵業だけというわけではなく薬の調合、販売からただの雑用まで幅広くこなしていましたからね」
「えぇ!?戦いが本業って訳じゃないのにそんなに強かったんですか?」
「そうです。シャムロックは本当に幅広く優秀な人材を多く抱えていましたからね。それも全て当時のギルドマスターの人柄があったからこそだと聞いていますが」
「私も知らないんだが、そのようなギルドなら今はどうして大会に出なくなってしまったんだ?当時からアガートラムにはトレアサがいたんだろう?それでも勝てるなら今でも十分優勝できると思うが」
「ギルドマスターだった夫婦が不慮の事故で死んじまったんだよ。それで求心力のなくなったギルドは解散したとかしなかったとか」
「そうだったのか・・・」
「ええ、でも解散はしていないみたいですよ?この間、ギルド内に張り出されていた新聞で見たのですが、ヴィオラの街に根付く闇ギルドのフアラをシャムロックが殲滅したそうですよ」
「へー解散してなかったのか。全然聞かなくなったからてっきりなくなったのかと思ったぜ。で、そのフアラってのはどれくらいやばかったんだ?」
「卑怯な手段に秀でた者達だったためブルメリア王国軍も手に負えなかったそうですよ。特にフアラのギルドマスターはブルメリア王国の近衛兵と互角ぐらいの腕を持っていたそうです」
「ほーん」
「しかも、これは街の酒場で聞いたならず者達の噂でしかないのですが、壊滅させたのはたった一人の青年だったとか」
「たった一人で?すっごーい!」
「あくまで噂でしかないのですが少し気になったことがありまして、その青年は魔道具も詠唱も無しで魔法を使ってみせたそうです」
「そんな魔法聞いたことないですの」
「私も長らくこのギルドの魔法部隊に所属していますがそのような魔法は見たことも聞いたことない。ただ、人というのは噂に尾ひれを付けて面白おかしくするので信憑性は低いですがね」
「ったりめーだ。そんなデタラメな魔法がある訳がねぇ。デタラメなのはオーパーツだけでたくさんだ。なぁアヤメ」
カデルはアヤメに話を振ったがそのアヤメはマホンの話を聞いた後ずっと下を向いていた。その両腕もぐっと拳を握り締めて震えているように見える。
「アヤメちゃん?・・・・・・っ!?」
心配したデリスがアヤメの表情を下から覗き込む。するとそこには普段のアヤメでは決して見ることのない、悲しみ、憎しみ、怒り、様々な強い感情が混ざった形相をしていた。そしてアヤメはデリスに覗かれたことに気づいていないのかあるいは無視したのかマホンの方へと向き直ると彼の元へと走りよりそのローブの胸ぐらを掴んだ。
「さっきの話を詳しく聞かせろ・・・その男はどこにいる・・・?」
冷静さを欠いた、感情がむき出しのアヤメの姿に周囲の者は戸惑いを隠せなかった。
「ア、アヤメ!一体どうしたというのです?がっ、ごほっ」
胸ぐらを掴まれギリギリと締め上げられたマホンの気道が圧迫され咳き込んだ。そのあまりの力にアヤメよりも長身の彼の体が宙に浮いている。
「言え!その男のことを教えろと言っている!」
「ぐぁっ!」
締め上げるアヤメの手の力がより一層強くなる。
「アヤメちゃん、駄目ですの!」
それを横で見ていたデリスがアヤメに突っ込み、アヤメとデリスは縺れるようにして転がった。アヤメの手から解放されたマホンは膝を付き尚も咳き込んでいた。
「それ以上やったらマホンが死んじゃうですの!」
デリスは今にも泣きそうな表情で震えながら、それでも必死にアヤメを抑え込んでいた。
「デ、デリス・・・」
アヤメは立ち上がった後にデリスの手を取って立ち上がらせるとマホンの方へと歩み寄っていき、先程のことを謝罪した。
「すまなかった・・・大丈夫か?」
「ごほっ、ええ、大丈夫です。危うく締め落とされるところでしたが・・・」
呆気にとられたカデルとリノンは状況を全く飲み込めないようでその様子をただ眺めていることしかできなかった。
「アヤメちゃん、どうしちゃったんですの!?さっきのアヤメちゃんとっても恐かったですの・・・」
「すまない・・・」
それぞれが落ち着かせるためか5人はしばらくの間何も言葉を発せずただただじっとしていた。とても重苦しい空気が辺りを包む。
「・・・少し頭を冷やしてくる」
申し訳ない気持ちが強いのか皆の方を直視できずに右手で左腕を抑えながら俯いていたアヤメはそう言って訓練場を後にした。その後ろ姿を残された4人は何を言えずに見送った。
「・・・・・・私あんなアヤメさん見たことない。どうしちゃったんだろう?」
「よくわからねーが、そのフアラを壊滅させた男ってのに恨みかなんかでもあったんだろ」
「私もわかりませんが、ただ・・・とても事情を聞ける雰囲気ではなかったですね」
「アヤメちゃん・・・」
アヤメのいなくなったその場にはただ戸惑いだけが残った。