—05— オーパーツ研究所
「ようやく着いたな」
アヤメが見上げる先には周囲の煉瓦造りの建物と違い全体を金属で覆われた無機質で巨大な建造物があった。
「ここがオーパーツの研究所ですの?」
「はい、そうです!ここではディガーに持ち込まれたオーパーツの解明の他に、階級1から3のものを応用した研究が行われているんです!あとあと解明されたばっかの最新のオーパーツも売られているんですよ!」
研究所を前にして興奮が抑えきれないリノンが捲し立てるように話した。リノンに迫られたデリスはその勢いに押され体勢を崩しそうになっていた。
「なるほど、ここに住んで長いが来るのは初めてだな。私とデリスはディガーでも研究員でも無いが入る事はできるのか?」
「ええ、大丈夫です!もちろん立ち入ることのできない区画がほとんどですが、ディガーが付き添っている状態なら簡単にオーパーツを試してみることもできますよ!」
「ほう、そうなのか。なら私も今後の為に少し触ってみたいな」
「えへへ、私が使い方を教えてあげますね!じゃあ行きましょう!」
次第に興奮が高まっていくリノンに連れられるようにして三人が建物の前に立つとそこにあった大きな扉が重たそうな音を立てて左右へ開いた。
「勝手に扉が動きましたの!」
「驚きました?これもオーパーツの力なんですよ!」
「へー、こんなこともできるのか」
「えっへっへー、なんと歯車と地走、流雷を組み合わせてるんです。地走は私達の足元にあるやつなんですけどこれを踏むとですねー」
「・・・よしデリス、中に入ってみよう」
「おー!ですのー」
「あーん、待ってくださいよー」
あのまま喋らせるとしばらく終わらないと悟ったのかアヤメとデリスはリノンを放置して建物の内部へと入っていった。その建物の内部は巨大な吹き抜けになっており、全ての階が見渡せる構造になっていた。今アヤメ達がいる場所からは各階に存在する数多くの部屋の入り口が見えていた。また部屋も透明な硝子張りのものが多く中にいる研究員達の働く様子が見えた。入口の正面奥には厳重そうな扉があり、研究員達はその脇にある装置で何か操作をしてからそこへ出入りしていた。
「これはまたすごいな」
「こんな建物の造り見たことないですの」
「ふっふっふっ、ここはグラス大陸中のオーパーツの研究者が集う、最先端の技術が集まった施設なのです!建物もオーパーツの技術を駆使した造りになっているんですよ!」
リノンがまるで自分が造ったかのように得意げに言った。アヤメとデリスはその建物の特殊な作りにしばらく感嘆の声を上げていた。
「ささっ、そろそろ行きましょう!こっちがお店になっていていろんなオーパーツを売っているんですよ!」
そう言うとリノンはアヤメとデリスの手を引っ張り入口から見て右にある1階の部屋へと向かった。その部屋は他の部屋と同様に壁一面硝子張りで部屋に入らずとも内部の様子を見ることができた。その部屋は他の部屋よりも遥かに広く、1階の右側全域を占めていた。その広い空間に何列もの硝子でできた横長の入れ物が並べられ、その中にオーパーツらしきものがずらっと並んで展示されていた。
「これ、全部オーパーツですの・・・?」
「こんなたくさんの種類は今までに見たことがないな」
「今一般に売られているオーパーツが全て揃っているので、ここに来ればなんでも手に入りますよ!」
オーパーツが並べられた中でリノンが両手を広げてくるりと回って微笑む。
「あら、リノンちゃん!今日もオーパーツ見に来たの?」
「えへへー、また来ちゃいました!」
店番をしていた若い女性がリノンの姿を見つけて話しかけてきた。店番といっても扱っている品物がオーパーツであるためか、その女性も研究所内の他の人同様白衣らしきものを着ていた。
「今日はギルドの先輩方にオーパーツを紹介しに来たんですよー!」
リノンが女性にそう説明するとアヤメとデリスが女性の目を見て軽く頭を下げた。そして二人の姿を見た女性は一瞬驚いた表情をしたもののすぐに頭を下げ返した。
「どうも、初めまして!私はこの研究所でオーパーツの販売を担当しているカヤセと申します。オーパーツ研究所へようこそ、アヤメさん、デリスさん」
カヤセが自分達を知っていることに対して今度はアヤメが驚いていた。
「以前どこかでお会いしたことありましたか?」
「いえいえ、お会いするのは今日が初めてですよ?」
「では、どうして私とデリスの名前を?」
「あの大陸最強ギルドのアガートラムに所属して若くして活躍する”朱殷の剣士”と”竜使いデリス”。このドロヘダでお二人の名前を知らない人なんていませんよ。」
「そ、そうなのか・・・あまりギルドから出たことがないからわからなかった・・・」
「ふふふ、案外私達って有名人なんですのよ?中でもアヤメちゃんは可愛いし実力もトレアサに次いで2番目だし女性からも男性からも圧倒的に人気があるんですの!」
「それは何かの間違いだろう?で、でも確かにたまに街に出るとなんか皆がこっちを見ているような気がしてたんだ・・・」
自分が有名になっていることが衝撃だったのかアヤメはもう恥ずかしくて街に出れないと独り言をぶつぶつと言っていた。その横からデリスがなだめていたり、どこから入手していたのか”アヤメちゃん人形”や”アヤメちゃん写真”など彼女のことが好きで結成された団体お手製のものを見せて追い打ちをかけたりしていた。
「あ、そういえばこの間のインファタイルとの戦争で帝国が使っていたいくつかのオーパーツの解析が終わってお店に並ぶことになったのよ」
「ええええええ!?本当ですか?見たい見たい!」
「いいわよ、ちょっと付いてきて!」
「わーい!」
リノンが軽やかな足取りでカヤセの後ろを付いていく。その後ろから項垂れているアヤメをぐいぐい押すデリスが続いていった。
「ここにあるものが全部そうよ」
カヤセが立ち止まって目の前の棚を見上げるとそこにはいくつかのオーパーツが並んでいた。古代の遺産であるオーパーツの保存状態が悪いことはよくあるが、目の前にあるオーパーツの損傷は特にひどくそれがこの間の戦争の激しさを物語っていた。
「それじゃあこれらのオーパーツについて簡単に説明するわね」
「はい!お願いします!」
リノンはカヤセの言葉に真剣に耳を傾けていた。一方オーパーツの説明を聞いてもそれほど理解できなかったアヤメとデリスはそれらのオーパーツをじっと眺めていた。
「このような危険なものがこれから戦争に利用されていくのか・・・」
真剣な表情でアヤメがぼそっと呟いた。
「ええ、そうですわね。聞く所によると北の大地にはオーパーツが眠る古代の遺跡がたくさんあるとか。もう貧困や飢餓、戦争の度重なる敗北で後のなくなっているインファタイル帝国はどんどん発掘したオーパーツを使ってくると思いますの」
「また沢山の人が死ぬな」
「そうですわね・・・」
この間の戦争において、トレアサの指揮、活躍もあってか幸いアガートラムからは死者が一人もでなかった。しかしワーブラー王国の兵士やその他ワーブラー王国やブルメリア王国の傭兵達、インファタイル帝国軍の兵士達には大勢の死者が出た。
戦争では大勢の死者が出ることは珍しくない。しかし、国同士の大規模な戦争があったのは大昔の話で近年は均衡が取れていたのかそこまで大規模な戦争は起きていなかった。
この蒼の星にはグラス大陸、ジェリド大陸、ゼロ大陸という3つの大陸が存在する。陸で続いているグラス大陸とジェリド大陸に対し、ゼロ大陸は海で隔てられておりそのほとんどが謎に包まれており、どのような国、文明があるのかはよくわかっていない。一方グラス大陸には北東にあるワーブラー王国と南西にあるブルメリア王国がその土地のほとんどを占めており、ジェリド大陸はそのほとんどをインファタイル帝国が占めている。
この三国間では長い間戦争は起きていなかった。元々ブルメリア王国とワーブラー王国は交流があり長い間同盟を結んでいる。インファタイル帝国はジェリド大陸全域を占めるほどの巨大な国土を持っているが、そのほとんどは永久凍土に覆われていて決して恵まれていた訳ではなかった。
ワーブラー王国、ブルメリア王国は攻めたところで得られるものもなく、インファタイル帝国も攻めるほどの体力を持っていなかったため互いに戦争をしなかったのである。ところが最近になって急にインファタイル帝国が戦争を仕掛けてくるようになった。ワーブラー王国との国力差は大きかったはずだが、オーパーツを戦争に大量投入してきたことでその差をある程度縮めていた。
近年の調査で確かにジェリド大陸の永久凍土の下にオーパーツの眠る古代遺跡が多くあるということがわかった。しかし、かといってオーパーツを戦争に大量投入するには、永久凍土の地層の破壊、遺跡の探索、遺跡内の調査、オーパーツの効果解明など様々な課題があり決して容易ではない。インファタイル帝国がこの間の戦のように大量投入できた背景は謎が多かった。
「今まで大人しかったインファタイルが戦争を仕掛けてきたのはオーパーツによって戦力が増強できたからで間違いないだろう。ずっとオーパーツを集めていたのか?」
「いくら古代遺跡がたくさんあるといってもあんなにたくさんのオーパーツを実用化するのは難しいと思いますの。なんで急にあんなにも多くのオーパーツが出てきたのか・・・」
「インファタイル帝国だけではない。見方として戦っていた傭兵達の中にもオーパーツを持っているものが多かった」
「ええ、確かに不自然ですの。・・・この戦、裏で何かが動いている気がしますの」
「何か嫌な感じがするな」
「いずれにせよ、リノンにも協力してもらってオーパーツの対策を考えなければいけないな。私はもう目の前で大切な人を失いたくない。デリスもリノンもトレアサも、アガートラムの皆も」
「アヤメちゃん・・・」
「二人共―!何話してるんですかー?もうカヤセさんの説明終わっちゃいましたよー!」
少しのつもりが長く話し込んでしまったのか、説明を聞き終えたリノンが話しかけてきた。
「そうか、すまなかった。ちょっとデリスと話し込んでしまってな。またギルドで今回のオーパーツのこといろいろ教えてくれないか?」
「いいですよ!今回の報酬でインファタイルが使っていたオーパーツたくさん買っちゃいましたし、皆でいろいろ試してみましょう!わくわく!」
「それじゃあ一通り目的も達成したことですし、ギルドに戻りますですの」
「買ったオーパーツ早速お兄ちゃんに試し打ちしてみよーっと」
「おいおい、もう仲直りしたんだろう?」
「えへへ、それはそれ、これはこれです!お兄ちゃんは丈夫だから一発くらい打ち込んでも大丈夫だと思うんですよね!」
若干暴走しそうなリノンに不安を覚えつつアヤメ達は帰路についた。