—03— 要塞都市ドロヘダ
ここ、ドロヘダの街はワーブラー王国の王都カールトンの北、インタファイル帝国の国境近くに位置している。度重なるインファタイルからの侵攻を防ぐため、ドロヘダの街はそのほとんどの建物が煉瓦や鉄鋼で作られている。また街を囲むように分厚い壁が屹立している堅牢な様から要塞都市ドロヘダと呼ばれていた。
ドロヘダの後ろにはワーブラー王国の防衛における要であり、ここが突破されるとその背後にある王都を含む無数の都市が危険にさらされてしまう。そのため多くのワーブラー王国軍の兵士が配備されており、また傭兵ギルドも多く存在している。アヤメが所属するアガートラムもその中の一つである。
最前線の防衛拠点ということもありドロヘダはグラス大陸で最も鉄鋼業が栄えている。グラス大陸中の鉱山で採取された鉱石の多くはこの街へと運ばれ金属が精製される。そしてそれらの金属を加工して武器や防具を生産する鍛冶屋も多く存在した。
煤や金属片、汗の臭いがあたり一面に漂っており、そうしたむさ苦しく重たい空気が男の街という印象を植え付ける。男達を癒し、慰めるための酒場や歓楽街が至るところにあることもそういった印象を加速させる。
かといって男にしか生活を楽しめないかと言われればそうでもなく、グラス大陸中の人や技術、そして北の大地の珍しい動物の毛皮や食材などが集まるこの地はそういった物を求めて老若男女が集まり非常に活気づいている。グラス大陸にはカールトンやドロヘダといったワーブラー王国の主要都市の他にブルメリア王国の王都ウィンザー、港町ヘリオトルなど栄えている都市が存在するが、ここドロヘダはその中でも最も栄えていた。
そのドロヘダの南側にある商業区に今デリス達が服や装飾品を買うために来ていた。前を歩くデリスとリノンが軽快な足取りで鼻歌交じりに進んでいくのに対し、アヤメは周囲をきょろきょろと見ながら落ち着かない様子で二人の後ろを付いていく。
「わー、見てみてデリスさん!この上着落ち着いた赤色がとっても綺麗―!」
「わー、本当だー!触り心地もいいですのー」
二人はちょくちょく脇にある露店に置いてある品物を手に取って、あれがいい、これもいいとはしゃいでいた。小さい時からアガートラムで一緒に育ってきた二人は本当の姉妹のように仲が良かった。
「はぁ、これなら街の外で刀を振ってる方がよかった・・・」
その様子をアヤメは少し離れた位置から既に少し疲れた表情で見つめていた。
「・・・まぁあの二人が楽しめてるのであればいいか」
服を互いにあてがいながら楽しんでいる二人の邪魔をしては悪いと、そのまま離れた場所から眺めていることにした。つい先日までインファタイル帝国との戦争で死と隣り合わせの中で戦ってきた。その傷や疲労がようやくこうやって動けるほど回復したのだ。また、いつああいった戦いに赴くのかもわからない。だから今ぐらいはこういう時間があってもいいのではないか、アヤメはそう思っていた。
そのようなことを活気づいている街並みを眺めながら考えていると、何かを手にとったデリスが小走りにやってきた。
「ねえねえアヤメちゃん、この服きっと似合うと思うですの!」
そう言ってデリスが目の前に出したのは膝上の丈ぐらいの黒いフェーリアだった。フェーリアは腰から下の部分を覆う衣服で、デリスやリノンが普段着用しているものである。アヤメが着ている袴と似ているが、袴は両足の付け根から分岐しているのに対しフェーリアは完全な筒状になっているため下から下着が見えてしまう構造となっていた。普段アヤメが着ている和服に比べ特に下半身の露出が多いその服にアヤメは動揺して強く拒否した。
「そ、そんな生地が少ないの履けるか!少し動いただけで下着が見えてしまうだろ!」
「意外と大丈夫ですのよ?アヤメちゃん足が綺麗だからもっと見せた方がいいと思うですの」
「そんなの履いてたらまともに戦えないだろ!?それに私は似合わない!もっと可愛い子達が来ていればいいんだ!」
「えー、アヤメさんも十分綺麗ですって!それに街の中じゃ戦いことなんてないんだし今くらいいいじゃないですかー」
「そうですのー、ほらー、ほらー」
「ふふふ、アヤメさん着ちゃいましょうよー」
「お、おい!二人共目が怖いぞ!」
アヤメはまるで獲物をじわじわと追い詰める獅子のようになったデリスとリノンに迫られ、いつの間にか壁際に追い詰められていた。
「さあ、アヤメちゃん覚悟するですのー!」
「ひっ!!」
逃げ場を無くしたアヤメはデリスに飛びかかられた。そして空気を読んだ露天の店主とリノンが二人を隠すように布を広げて大衆の視線を遮った。その直後
「助けてくれーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
アヤメの悲鳴が周囲に悲しく響き渡った。
初めはドタバタと暴れる音が中から聞こえてきたが、そのうちデリスの声しか聞こえなくなった。
「これでよし、ですの!リノンちゃん、もういいですのー」
「はーい」
リノンと店主が布をどけるとそこには満足気な顔なデリスと、涙目になりながらフェーリアを必死に手で押さえるアヤメの姿があった。ちゃっかり上もフェーリアに合わせてボタンやフラウンスで飾り付けられた服に着替えさせられていた。
「わー、アヤメさん可愛いー!」
「うぅ・・・」
リノン以外の店主や周囲にいた観衆からも驚嘆の声が上がる。普段の和服もアヤメには似合っているが、今着ている服も彼女の黒髪と長身を際立たせ、とても精細な人形のような印象を周囲に与える。ただ顔を赤くして今にも零れ落ちそうな涙を堪えている顔は無表情な人形とは違っていた。
「恥ずかしくて死にそうだ・・・」
周囲が盛り上がるのとは対照的に今にも消え入りそうな声でアヤメは呟いた。そんなアヤメが周囲の視線を集めて必死に恥ずかしさに堪えている間にデリスは店主に衣服のお金を支払っていた。
「その服はアヤメちゃんに差し上げますの。これからちゃんと来てくださいね!それじゃあまた別のところに行きますですの。二人共どこか行きたいとこありますの?」
「私はもう帰って着替えたい・・・」
「ふふ、却下ですの」
「あ、私ちょっとオーパーツ欲しいです!また最近解明が進んで使用が解放されたものがあるらしんですよ!ちょっといろいろと試してみたくって!」
「そうなんですのー、さすがアガートラムが誇るディガーですの。それじゃあ行ってみましょうですの。確かオーパーツが売っているのは・・・」
「オーパーツ研究所です!この先の鍛冶区画を抜けた先の工業区画の奥の方にあります。まだ一般のお店では売ってない貴重なものもいっぱいあるんですよ!使うにはそれなりのディガーの技能検定を持っていないといけないですが」
「へー、実は私オーパーツのことあまり知らないんですの。この前のインファタイルとの戦いのこともありましたし、よければいろいろとオーパーツのこと教えて欲しいですの」
「そうだな、確かに私もオーパーツのことはもっと知っておきたい」
多少今の格好に慣れてきたのか、先程より落ち着いたアヤメもデリスに賛同した。
「えへへ、いいですよ!研究所に着くまでみっちりと教えてあげますね!それじゃあ私が先に行くので付いてきてください!」
オーパーツがよほど好きなのか今にも駆け出しそうなくらい早歩きのリノンにデリスとアヤメは付いていった。