—02— 帰還者
シャムロックにはここのところ毎日様々な依頼が舞い込んできた。街の中でも危険視されていた闇ギルドをシャムロックが壊滅させたとの噂が街を駆け巡り、依頼を頼みたいという話が毎日舞い込んできた。そのあまりの多さにウィルもラスもメルトも毎日大忙しだった。
「え~と、なになに、今度は傷薬を五つ買ってきて欲しい?……ってこんなの自分でいけるじゃん!お使いじゃないんだから!」
依頼書をバシッと床に叩きつけるメルト。ギルドに持ち込まれてくる依頼は様々なものがあった。薬や装飾品の材料を採取してきて欲しいというもの。害獣の討伐という危険度の高いもの。中には本当に依頼する必要があるのか?と言いたくなるものもあった。
「いいじゃない、メルト。以前の少なかった頃に比べればだいぶましでしょう?それにあなたはウィルみたいに戦えるわけじゃないんだからそういう安全なものを担当してくれた方がいいの」
「でーもさー、こんなんばっかじゃつまんないよー。もっと楽しいことないのー?」
「せっかくたくさん来るようになったんだから。また依頼して貰えるようにまずはきちんとこなして信頼を得ましょう」
「うー……わかったよ。それじゃあちょっと言ってくるね!留守番よろしく!」
「いってらっしゃい!気をつけてね?」
「はーい!」
メルトはラスに見送られ元気にシャムロックを飛び出していった。
あれからというものこうしてたくさんの依頼が舞い込むようになり、ラスは経営難に陥っていたギルドをたたまずに済んだ。このシャムロックはラスとメルトの両親が創設したもので、二人にとっては大切な形見だった。両親の人望により優秀な人が集まり、全盛期にはブルメリア王国の城下町も含めたこのヴィオラの街の中で一、二を争う規模のギルドまで成長した。国や周囲からも愛されていたギルドはラスにとって誇りだった。しかし、彼女の両親が不慮の事故で亡くなってからギルドは求心力を失い人が次第に離れていった。そして近年では依頼もほとんど来なくなった。それでもラスは両親の遺したシャムロックを守ろうと必死に頑張ったがいよいよ経営難に陥っていた。
そのような中、ウィルと出会い、先日の彼の活躍とそれを吹聴したリアガンによってシャムロックは再び注目を集めることとなった。昔の姿には程遠いが、ギルドを維持して食べていくには十分なほどの収入も入り、僅かばかりだが再興の兆しが見え始めてきた。
ラスは自分とメルト達を助けてくれたこと、そしてこのギルドを救ってくれたことをとても感謝をしていた。そして今は恩人であるウィルの帰りを昼食を作りながら待っていた。
「よし!木の実と豚肉のスープ完成!結構美味しくできたかも!ウィルは喜んでくれるかな?」
すぐに帰ってくるであろうメルトの分も含めて昼食の準備を済ませたラス。害獣の討伐に早朝から出かけていたウィルを、早く帰って来ないかなー、朝ごはんとして持たせたサンドウィッチは気に入ってくれたかなー、などと考えながら待っていた。すると自在扉を押し開けながらウィルが戻ってきた。
「おかえりなさい、ウィル!」
「ただいま、ラス!」
ラスは小走りにウィルの方へと駆けていった。
「大丈夫だった?依頼は無事に達成できた?」
先日のウィルの強さを目の当たりにしていたためそれほど心配はしていなかった。ただ、今回の依頼は少々気が荒いリザードの討伐だったため彼が怪我をしていないか少しだけ不安になった。
「ごめん、もしかしたら依頼を達成できなかったかも……」
「えっ、そうなの?」
首を傾げるラス。
「街の畑を荒らてるって言われたたリザードなんだけど、ちょっと前にあった大雨で川が氾濫して巣に戻れずに作物を食べて飢えをしのいでいたみたい。倒木で橋を作ったら巣に帰っていったから畑を荒らすことも無くなると思うんだけど」
「ふむふむ、なるほどね?」
「リザードも悪意があった訳じゃないみたいだったから、依頼主にも説明をすればわかってもらえるかなーって。もし駄目だったらごめんね」
「ううん、大丈夫。ウィルは優しいんだね」
ウィルは無闇に命を奪うことをしなかった。先日もあれだけ派手に戦って起きながらフアラの構成員は全員王国騎士団によって捉えられ、結局死者は一人もいなかった。
「……そういえばさっきからとても美味しそうな匂いがする!今日のお昼ご飯は何?」
「ふふっ、今日は木の実と豚肉のスープだよ!もう準備できてるから一緒に食べよ!」
ラスはウィルを料理が置かれている卓まで案内すると一緒にご飯を食べ始めた。
「その……、味はどうかな……?」
気に入ってくれるか心配だったラスはそーっと味の感想を訪ねてみた。
「とっても美味しいよ。いつもありがとう。」
「そっか!良かったー。いっぱいあるからおかわりしてね!」
互いに今日の出来事を話しながら食事を楽しんでいると、また自在扉が開く音がした。メルトが戻ってきたのかと思ったラスが入口の方を見ると、そこには二つの影があった。
「たっだいま~」
「おう!ラス、帰ったぞ!」
「フェルナ!クラウ!お帰りなさい!」
ウィルは口に運んだスープを飲みながら誰なんだろうと眺めていたが、ラスの反応を見てシャムロックの団員だと悟った。
「いやー、物資をヘリオトルの街に届けるところまでは順調だったんだが、先日の大雨のせいで橋が壊れちまってな。足止めをくらってて遅くなっちまった」
金髪で長身の優男が近くの椅子にどかっと腰掛けた。その体はしっかりと作りこまれており、背中に背負っている大剣に引けを取らないほど立派なものだった。今は座っているためウィルもラスも彼の話を聞くときは顔が下を向いていたが、立っている時の背丈はウィルが少し見上げる程にはあった。彼が着ている服はズボンにロングコートといった軽装で、膝下や腕には金属の防具を付けているがそれ以外の箇所は布地という動きやすさを重視した格好だった。故に背中に背負っている物々しい大剣が余計に目立って感じる。
「なにが順調よ?クラウが物資を届けるお店を間違えたりしなければ大雨の前にこっちに帰って来れたのに」
ラスからフェルナと呼ばれていた女性が呆れたように言った。この女性もすらっとした長身でいて、出るべきところは出ているがそれ以外の不要なところは全て鍛えられて締まっているという美しい体の持ち主だった。クラウの色より少しばかり暗い黄土色の髪は後ろで束ねられており、その綺麗な顔も相まって非常に印象的であった。こちらの女性も戦闘用に背中に弓を背負っており、腰には矢筒がぶら下げられていた。
「いや、あれはだな聞いていた店の特徴があまりにも一致するからってっきりそうだと思い込んじまったんだよ……。まさか同じような店がすぐ近くにあるとは思わないだろ?」
どうやらクラウが先走って間違った店に運んでいた物資を納入してしまい、それに後で気がついて取りに戻ったため時間がかかってしまったようだ。
「どぉだか。クラウは昔っから抜けてるところがあったからね。それさえ無ければいい男なのに」
が残念そうな目でクラウを見つめるフェルナ。その言葉が少し効いたのか落ち込んでるクラウに横でラスがまあまあと慰めていた。
ギルドマスターであるラスに帰還の挨拶と簡単な経緯の報告に一区切りがついたフェルナは先程から横にいたウィルが気になったのか、彼のことをラスに聞いた。
「ところで、さっきからそこにいる新顔さんはどちら様?」
「ああ、紹介が遅くなってごめんね!彼はウィル。先日から新しくシャムロックに入ってもらったの!で、ウィルは会うの初めてだけど、こっちのふたりはクラウとフェルナって言ってずっと前からシャムロックの一員として働いてもらっているの」
ラスは落ち着いてから紹介しようと思っていたがフェルナからウィルについて聞かれたため簡単に互いのことを紹介した。
「へぇー、見た目も男前だし礼儀正しくてなかなかいい男じゃない。ウィル、後でお姉さんと一緒にお買いものに付き合ってくれない?君みたいな男の子が横に居てくれたらいろいろと助かっちゃうんだけどなー」
「ちょっとフェルナ!いきなりウィルに何を頼もうとしているのよ!ウィルだって今討伐依頼から帰ってきたばかりで疲れているのに!」
「おやおやー、ラスったらヤキモチ妬いてるのかなー?ラスもすっかり年頃の女の子らしくなっちゃってー」
「違います!ウィルとはまだ知り合ったばっかだしなんでもないんだから!」
クラウはフェルナとラスのこんなやり取りに慣れているのかまーた始まったというような顔をして防具や大剣を外してくつろいでいた。
「なあラス、なんか俺達が出かけている間になんかあったりしたか?外でフアラをシャムロックが壊滅させたとかなんとか噂が聞こえてきたんだが」
「あ~、確かに聞こえてきたわね。どうせ酔っぱらいがいろいろ勘違いしてるのよ」
クラウもフェルナも数日ヴィオラの街を離れていたため、この間の出来事は全く知らないようだった。そこでラスはメルトが監禁されていた話からギルドに依頼がたくさん舞い込んでくるようになったところまで、この数日の出来事を二人に説明した。
「はぁっ!?どうやって!?あそこのマスターなんて剣術だけでもブルメリア王国の近衛兵と同程度の技術を持っているって聞いてたぞ?」
ラスが嘘を言っているようには思えなかったが、非現実的な話に感じてクラウはなかなか受け入れることができなかった。
隊や騎士団などの仕組み、体制というのは国によって多種多様だ。このブルメリア王国の近衛兵は騎士団の全ての兵士から選ばれた最強の兵士であり、個の武は勿論兵法や統率力、教養など多岐にわたる知識や技術を兼ね揃えていなければなることはできない。そのため王国中の騎士団員は当然として全ての民衆から尊敬されている。近衛兵は三人の剣師と二人の剣皇から構成される。特に二人の剣皇はブルメリア王国の軍の象徴であり他国からは双璧として尊敬と畏怖の念を抱かれている。
先日ウィルの活躍によって捕縛されたグリンデュアはかつて近衛兵を目指して真剣に武術を極めていた男だった。剣術の実力だけで言えば当時の現役の近衛兵と互角だった。しかし、ある時に違法行為に手を出し懲戒処分を受け、それを境に闇ギルドを設立した。
そのため先程ラスから噂が本当だと聞いた際にクラウは驚いた。ラスが嘘を言うような子ではないこともわかっていたし、かといってグリンデュアはラスとメルトの二人では天地がひっくり返ってもどうにもならない。クラウはもう一度ラスに真相を尋ねた。
「それは、フアラに捕まってしまった私やメルトを助けるためにここにいるウィルが一人で倒したの・・・」
肝心のウィルが壊滅させたことをどう話したらいいものか戸惑ったが、魔法のことは伏せて説明した。
クラウとフェルナの二人はウィルの方をまじまじと見つめた。クラウは何も喋らなかったが、表情から察するに、本当にこいつが倒したのか?俺よりも弱そうじゃないか、といったことを考えているのだろう。
クラウはかつて王国騎士団の剣師の一人として名を連ねていたこともある凄腕の剣士である。フェルナはクラウがそのことを発言するたびに、あれは何かの間違いよ、とすぐさま訂正してはいるが。
「俄かに信じ難い話だが、まあそこまでラスが言うんだったら本当なんだろうな。これからは面倒な討伐依頼が楽になりそうだ。よろしくな」
そういうとクラウはウィルに向かって己の手を差し出した。ウィルも自らの手を差し出してクラウに応えた。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
一通りの挨拶を終えたころにはクラウもフェルナも武器や防具など旅の装備品を外してくつろいでいた。
「ところで二人共、もうお昼ご飯は食べた?もしまだならここにさっき作った木の実と豚肉のスープがあるのだけれども食べる?」
ラスは長旅から帰ってきた二人のお腹を気遣いお昼ご飯を食べることを勧めた。
「お!ようやくまともなメシが食えるぜ!旅の間は時間も金もなかったから軽食ばっかりだったしなー」
「そうね、私も久しぶりにラスの手料理が食べたいわー」
「じゃあこっちに来て皆で食べよっ!」
四人は机に座ってクラウやフェルナの旅の話、ウィルがこの街に来てからの話に花を咲かせながら大人数での食事を楽しんだ。スープは晩ご飯まで持つようにかなりの量を作っていたのだが、途中で帰ってきたメルトが自分のことを忘れられていたことに腹を立て、全てスープをやけ食いして平らげてしまった。その後メルトは苦しくて動けなくなり床に両手両足を広げて寝そべっていた。
「ウィル、今日の午後って暇?もしよかったら私の買い物に付き合ってくれない?」
食事を終えて一息ついているとフェルナがウィルに先程のお願いをあらためてしてきた。
「別に買い物なら俺が一緒に行ってやろうか?ウィルだって依頼から帰ってきたばかりで疲れてんだろ?」
クラウがウィルを気遣って代わりに自分が行くことを提案した。
「ううん、ちょっと買い物ついでにせっかくだからウィルともっとお話したいと思ったの。だからクラウはラス達とここで休んでいて」
「わかりました。クラウさん、お気遣いありがとうございます。俺は全然平気なので少しだけ行ってきますね。」
ウィルとフェルナがそう言うとクラウはりょーかい、と言って武器の手入れをし始めた。ラスは二人が出かけることに不安を覚えたがどうこう言うとまたフェルナにからかわれると思って黙って行かせることにした。