—09— 闇の中で生きる者達 其の四
【前回までのあらすじ】
無事にメルト達を闇ギルドのアジトから連れ出すことに成功したウィル。その道中でメルトから捕まっていた事情を聞き、闇ギルドの狙いがオーパーツであることを悟る。またすぐに奴らが追ってくるかもしれないと思ったウィル達は急いで待っているラスとの合流を目指す。
ラスが待っている路地は建物からそう遠くない位置にあったためすぐに来ることができた。しかし、その路地にラスの姿は無かった。もう少し建物から離れた方へ行ったのかもしれないと四人で少し探してみたが、ラスを見つけることはできなかった。どこに行ったのだろうかとラスの行方について考えていたそのとき、路地の更に奥にあるちょっとした広場の方からラスの声が聞こえてきた。
「離してください!!!」
「姉ちゃんよ、一体こんなところで何してんだー?良い子は家でおねんねの時間だぜ?」
ラスは物騒な格好をした男に見つかり走って逃げていたが元いた場所のすぐ近くの広場で捕まってしまったらしい。ラスを捕まえていたその男はよく見ると先程の闇ギルドの連中と同じ紋章を腕に付けていた。どうやら任務から帰ってきた連中の仲間に偶然見つかり捕まってしまったようだ。
「ラスさん!」
「お姉ちゃん!」
ラスの声を聞きウィル達が駆けつけてきた。
「ウィルさん!メルト!あぐっ……」
ウィル達を警戒するその男はラスを胸元に引き寄せて見せつけるようにラスの喉にナイフを突きつけた。
「おいおいなんだてめぇらは?この姉ちゃんの仲間か?」
「お姉ちゃんに手を出さないで!!」
喉元にナイフを突きつけられて苦悶の表情を浮かべるラス。その姿を見たメルトはたまらず悲痛の声を上げた。ナイフがその薄皮を裂き赤い筋が重力に従って下へと伸びていく。
「ラスさん!」
「ウィルさん、すみません……ずっと待っていようとしたんですが、見つかってしまって……必死に逃げたんですが捕まってしまいました……」
ラスは自分のせいでウィル達に迷惑をかけたと感じ、申し訳なさそうにしていた。ウィルは今この場をどう切り抜けるか考えていた。
(この距離だと流石に間に合わないだろうし、かといって魔法を不用意に人前で使うわけにもいかないし。どうしたものか)
「おー!ゼノムさん、でかしましたよ。よくこの者達を足止めしてくださいました」
どう切り抜けるか考えていると後ろからグリンデュア達の声がした。振り返るとそこには年齢にして三十半ば、肩上までのさらさらとした銀色の髪の男がいた。瞳の色がわからない程の細目が特徴的だった。後ろに引き連れている隆々とした筋肉のその他大勢とは異なり、背筋が伸びてすらっとしていた。立ち方に隙がなく、戦いに慣れているような印象を受ける。
(こいつが闇ギルドのマスターか、他の奴らは見かけ倒しだけどこいつは少し厄介だな……。ラスも捕まっているし……)
「マスター、こいつ近くの路地にいたんで捕まえておきやしたが、こいつらになんか用ですかい?」
「えぇ、そこにいる女と子供が大切なオーパーツを持って逃げた上にどこかに隠してしまいましてねぇ。隠した場所をお聞きしようとしていたところそのふざけた男に連れて逃げられまして。いやぁ、本当にゼノムさんが居てくださって良かったです」
「へぇ~、こいつらがそんなねぇ。まあなんにせよお役に立てて良かったでさぁ!」
逃げ場を失ったメルト達は縮まって震え、今度こそ終わりだと感じていた。そんなメルト達にグリンデュアが更に追い打ちをかける。
「さて……せっかく人が親切に優しく聞き出そうとしていたのに、手間を取らせてくださいましたねぇ。私、そんなにいろいろとされて許せるほど寛大ではないのですよ。さぁ、そろそろオーパーツの場所を教えてもらいましょうか?さもないとあなたのお姉さまのその綺麗な首がお体と離れて汚らしい地面に落ちてしまうことになりますよ?」
「ひっ」
そう告げたグリンデュアの声は先程までの穏やかな声ではなかった。細目をゆっくりと開きその冷酷な瞳で、怒りの感情があらわになった低い声で告げた。その圧力にメルト、アレン、サーシャは声を詰まらせた。
「ウィルさん、私のことはいいからメルト達を連れて逃げてください!」
自分の生死がかかっているラスはメルト以上の恐怖を感じているはずなのに気丈にもウィル達の身を案じていた。
「ラスお姉ちゃん……」「ごめんなさい。サーシャ達があんなことしなければ……」
アレンとサーシャはこうなってしまったことは自分達のせいだと思い、涙をぽろぽろと流した。
「アレン、サーシャ……貴方たちは悪いことをしたのではないのでしょう?だから貴方たちは悪くないから、ね?だからウィルさん達と一緒に逃げて」
「そんな、ラスお姉ちゃんを置いて行けないよ!」「嫌っ!皆一緒じゃなきゃ嫌なの!」
「おやおや、美しい愛情ですねぇ。ですが私はそんなもののために時間を無駄にしてしまっているのが大変不愉快なのですよ。早くオーパーツの場所教えていただけます?まあ多少面倒ですがそのお姉さまの首が落ちてもどちらでもいいので早くしてください。」
グリンデュアが冷酷な言葉でメルト達を責め立てる。そして、目の前の状況に耐えられなくなったメルトは今まで必死に奴らの手に渡らないように守ってきたオーパーツの場所を言おうとした。
「オ……、オーパーツの……場所はこの奥の通路を」
「言うのは無駄だ、メルト」
しかし、その言葉はウィルによって遮られた。
「なんで!?お姉ちゃんが死んじゃう!もう無理だよ!」
姉が殺されているのに何故止めようとするのか、制御できない感情に押しつぶされたメルトはウィルに対して泣き叫んだ。
「どうせ教えてもその後に殺されるだけだ。元から奴らに俺達を助ける気なんてないさ」
「あらあら、そんなに早く種明かしをしなくてもいいじゃないですか、せめてもの憂さ晴らしにこの状況を楽しみたかったのに」
「そんな……」
姉を助ける最後の希望が否定されメルトは膝から崩れ落ちた。八方塞がりの状況にウィルは何かを決心したようだった。
「一つ提案があるんですが、ここは俺達を見逃してくれませんか?」
「はぁ?何をバカなことをおっしゃっているんですか?」
「俺達を見逃してくれたらあなたたちのギルドは潰しません。どうでしょう?公平な取引だと思うのですが」
周囲の連中が堪えきれずに吹き出していた。ラスやメルト達はウィルが言っていることについていけずにただぽかんとしていた。
「あっはっはっ、何言ってんだよこいつ!追い詰められて頭がおかしくなっちまったのか?」
「おいおい、可哀想に。誰か優しくしてやれよ!」
ウィルのあまりにも飛躍した発言に闇ギルドの連中もラス達も彼が何を言っているのか理解できなかった。
「ウィルさん、逃げてください!フアラの存在は街の中でも有名で、そこにいるグリンデュアは王国騎士団の近衛兵でも手を焼く程だと噂されています……。このままでは皆殺されてしまう!だからお願い……逃げて……」
この街でギルドを経営しているラスは流石に闇ギルドの存在も知っていたようだった。王国騎士団の近衛兵はブルメリア王国の騎士団を統括する五人の騎士であり、彼らに敵う者は傭兵ギルド”アガートラム”のトレアサぐらいだと言われている。一方ウィルは王国騎士団さえもよくわかっていないようで、ラスの必死の訴えは彼の心に届かなかった。
「何が公平だと言うのでしょうか?そもそも貴方たちはオーパーツの場所を喋って死ぬか、このまま死ぬかの二つしか選択肢がないのですよ?」
周囲の連中がウィルのあまりにもおかしな発言に笑っている中、グリンデュアだけは笑わずにウィルのその発言に不機嫌になっていた。
「では交渉決裂……ということでしょうか?」
「何を馬鹿らしいことを……。そもそも交渉なんてものはないのですよ」
「わかりました」
その直後、ラスにナイフを突きつけていたゼノムの手が瞬時に凍りついた。
「っっぎゃあああああああああああああああああああああ!」
腕に氷が纏わりついたのではない。文字通り手が凍ったのである。手が凍ったことによる想像を絶する痛みにゼノムはたまらず叫び声を上げた。そしてゼノムの叫び声で周囲が怯んだその刹那、ウィルが凄まじい勢いでゼノムに近づき、凍ったゼノムの腕に自身の掌底を打ち込んだ。凍りついて脆くなっているところに高速の掌打が叩き込まれたゼノムの腕は粉々に砕けた。そしてゼノムの手から解放されたラスをウィルは抱え上げ、元いたメルト達の元へと戻った。
「大丈夫ですか?ラスさん」
「えっ?あっ、あの?」
ラスには今目の前で起こった一瞬の出来事に頭が追いついていなかったが、次第に今置かれている状況を理解してきた。
「すみません、俺が至らないばかりに辛い思いをさせてしまいましたね」
「あのっ……ありがとうございます。私はもう大丈夫なので、降ろしていただいてもいいでしょうか……その……恥ずかしい、ので」
ウィルにお姫様抱っこされる形が恥ずかしくなったラスは降ろしてもらうことを要求した。
「あっ、すっ、すみません!」
ウィルはこのままだとメルトに本当に痴漢呼ばわりされてしまうと思い急いでラスを降ろした。
「ラスさんはメルト達と一緒にここにいてください。少しばかりあいつらの相手してきます」
「そんな、危険です!いくらなんでも無茶すぎます!」
ラスはこの人数を相手に戦おうとしているウィルを無謀だと止めた。
「大丈夫です。言いませんでしたか?俺はこう見えてそこそこ腕には自身があるって」
ウィルはラス達の不安を極力払拭するように微笑み、再び闇ギルドの連中と対峙した。ゼノムは右腕が砕け散って地面をのたうち回り、周囲の男達は目の前の出来事が全く理解できてないようだった。グリンデュアに至っては先程開いた目をさらに見開いてそのうす茶色の瞳が完全にあらわになっていた。
「い、一体何が起きたというのです?」
先程までずっと冷静に自分たちを追い詰めていたグリンデュアが狼狽えている姿はメルト達にとってとても新鮮に感じた。
「人がせっかく親切に提案してあげたのに……。まあ俺も”どちらでもよかった”んですけど」
目の前の出来事に驚いたものの、所詮は一人で数ではこちら側に分があると思ったグリンデュアは部下達にウィルを殺すように命令した。
「た、多少は腕が立つようですが、流石にこの人数相手では厳しいのではないですか?さあ、皆さんあの男を殺してしまいなさい!」
グリンデュアの声に我に帰った男達は一斉にウィルに向かっていった。その数はおよそ五十。先古代魔法をラス達の目の前で使ったためもう隠す必要はないと決めたウィルは、周囲のマナを自らの右手に集約した。右手を左下から右上に振り上げたウィルの動きに合わせ、マナにより圧縮された空気が集団に向かって飛んでいった。圧縮した空気の塊は集団の目の前まで到達すると一気に弾けた。解放された空気はより気圧の低い場所を求めて勢いよく四散し、その勢いで集団の大半を吹き飛ばし周囲の建物に激突させた。何人かは吹き飛ばされないように咄嗟に物陰に隠れ、また何人かは吹き飛ばされた直後に受け身を取ることで風の攻撃を免れていた。
しかしウィルに襲いかかろうとしたのも束の間、次にウィルは集約したマナを相手の足元に設置した。そして顔の前にかざした手をグッと閉じると、それと同時に音が轟き地面が爆発した。爆発によって生じた無数の石の塊が凄まじい揺れで身動きが取れなくなった集団を襲う。防ぐ術も無く高速で向かってくる重い石の塊をくらい、強烈な衝撃に襲われた多くは体中の骨が折れて地面に倒れ込んだ。
「なんてことだ……、おい、お前たち、やれ!!」
あっという間に大半の手駒を失ったグリンデュアは自分の両脇に待機させていた最後の手駒をウィルへと向かわせた。自らのギルドマスターに命令された二人の男はそれぞれ剣を振りかぶり、ウィルへと斬りかかっていった。まず一人目の男は剣を腰に構えてウィルへと直進し、突き刺すような形で攻撃してきた。しかし、この攻撃に対して右足を引いて半身で躱したウィルは左腕で相手の右腕を掴んでひねり上げた。関節を決められた痛みで武器を落としてしまった男は顔を歪ませながらもなんとか蹴りでウィルに反撃しようとするが、逆にウィルに空いていた右手で後頭部を掴まれながら顔面に強烈な膝蹴りを叩き込まれ崩れ落ちた。そして二人目はウィルに剣を振り下ろそうと大きく振りかぶった瞬間に、前に出てきたウィルにその顔面を掴まれた。そしてウィルがマナを自らの手の周囲に集約した直後、その男に向かって雷が落ち、それをまともに受けた男は電気によって体の筋肉が痙攣して倒れた。
全ての手駒を失い、ウィルの圧倒的な力を目の当たりにしたグリンデュアは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「さて、残りは一人だな」
そう言って自分の方に向き直ったウィルにグリンデュアに思わず後ずさりしてしまった。
「お前のその力は一体なんなんだ!?」
「何って、ただの魔法だよ」
「嘘をつくな!そこまでこんな馬鹿げた威力の強力な魔法なんて見たことがない!それに詠唱しないで発動なんかできるわけがないだろう!」
グリンデュアの言っていることはある意味正しい。一般的には魔法を使用するには詠唱を必要としている。そして魔法の使用には術者が己の体内の気を変換したものが必要となるため、術者が宿している気の量以上の力を発揮することができない。”現代魔法”では。しかし、ウィルが使用しているのは”古代魔法”である。”古代魔法”は”現代魔法”のように術者が己の気を変換した”擬似マナ”を使用するのではなく、この世界に漂っている本物のマナを使用する。漂っているマナの総量は個人の気の総量とは比較にならないほど多い。そのためウィルはグリンデュアの言う馬鹿げた威力の魔法を連続で使用することができた。
いずれにせよグリンデュアは自分の予期しない圧倒的な力によって目の前で全ての手駒を失ったことに納得がいかない様子だった。
「そんな訳ないって言われてもね。ただの事実だし。」
「くそっ!くそおおおおおおおおおおおお!こんなところで!こんな訳のわからないやつに!」
追い詰められたのかグリンデュアの言葉遣いは素が出ていた。追い詰められたグリンデュアはただひたすら叫びながら頭を掻き毟っていたが、そのとき不意にウィルの左足に固定された剣を見つけた。
「おい、お前、その腰に付けているのは剣か?」
「ああ、そうだ」
「なあ、お前も剣士の端くれなら魔法抜きで私と武術で決着を付けないか?流石にこのような男一人相手に魔法なんて卑怯な手は使ってくるのは剣士の志に反するだろう?」
魔法を使われては勝ち目が無いと悟ったのか、グリンデュアは剣による決闘を提案してきた。今まで散々卑怯なことをしてきておいてどの口がそれを言うのかとウィルは思った。しかし、先程の魔法によって生じた大きな音を聞きつけて人が集まってくる気配がありウィルとしてもこれ以上魔法を使って騒ぎを大きくするのはまずいと思ったのか、グリンデュアの提案に乗ってやることにした。
「別に剣士ではないし、志なんてものもない。だが、魔法無しで戦いたいと言うなら付き合ってやる。ただし俺は剣を使わない」
そう言ってウィルは拳を前に出し、徒手空拳で戦うような構えを見せた。それを見たグリンデュアは口元を釣り上げた。そして自らの腰に付けていたブロードソードを鞘から抜くと自分の前に構えた。魔法どころか剣を使わないなんてコイツ正気か?などとグリンデュアは思ったがその方が都合が良いと思い口の端が自然とつり上がった。
「ははっ、後悔するなよ!?」
素手のウィルとブロードソードを構えたグリンデュアが対峙する。どちらもなかなか動き出さず、周囲には緊張が走る。そして、しばらくしてグリンデュアの方が先に仕掛けた。先手必勝と言わんばかりにウィルにブロードソードの斬撃を連続で浴びせる。グリンデュアはそれなりの剣術の心得があるようで、連続の斬撃もただ闇雲に振るっているというよりも、どちらかというと良く言えば規則正しく、悪く言えば型の範疇を出ない同じような軌道の繰り返しだった。ウィルはそのような動きを見切っているのか全ての斬撃を紙一重の距離で躱していた。そしてがら空きだった腹部を狙って拳の重い一撃を叩き込んだ。鳩尾に強烈な一撃をくらったグリンデュアは、呼吸をすることができずに胃酸をまき散らしながら片膝をついた。ウィルはそんなグリンデュアにとどめを指すわけでもなくただその様子を見つめていた。グリンデュアはやがて立ち上がると再びウィルに向かって斬りかかってきた。先程と全く攻撃を繰り返しているようだったが、今度は不意に先程倒れた時に掌に潜ませていたのか、砂埃をウィルの顔面目がけて投げつけてきた。その攻撃にウィルはこの国の剣士は目潰しなんてこともするのかねと皮肉交じりに思いながら軽く距離を取って躱した。そして必死の目潰しを躱されたグリンデュアは、これが最後の一撃と言わんばかりに全力を込めて剣を振り下ろしてきた。対するウィルも、そろそろ潮時かと思い、その一撃を横にそれて躱すと、右手で相手の右手首を掴んで下に引っ張ると同時に左手で二の腕部分を押し上げ、相手の勢いを利用してその身体を宙に回転させるようにして地面に背中から叩きつけた。己の力とウィルの力を足し合わせた衝撃を後頭部と背中から受けたグリンデュアは気を失った。
ウィルとグリンデュアの戦いは呆気なく決着がついた。闇ギルドの連中すべてを片付けたウィルは体についた土埃を払いひと呼吸を整えるとラス達の元へ戻ってきた。
「ウィルさん!大丈夫でしたか!?」
「ウィル君平気?」
「兄ちゃんとっても強いんだね!」「魔法初めて見たのー」
目の前の圧倒的な戦いにラス達はしばらく呆然としていたが、戦いが終わったことをようやく理解すると戻ってきたウィルに各々声をかけた。
「あいつ、正々堂々勝負とか言っちゃって目潰ししてくるなんて信じらんない!」
「俺も魔法使わないとか言っておきながら身体を強化してたからあまり人のことは言えないな」
メルトは卑怯な手段を使ってきたグリンデュアに憤っていた。それに対してウィルは苦笑いで答えた。
「でもウィル君魔法使えるなんてすごいね!魔法ってあんなことできるんだ!」
「あんな強力な魔法なんて初めて見ました。著名な魔道士の魔法でもこれほどまでの力は無いですよ。それに詠唱が無い魔法なんて聞いたことないです。」
メルトもラスも初めて見た魔法に興味津々なようだった。
「すみません、今日見た魔法のことは秘密にしてください。この魔法は一般的に使用されている魔法と違って普通の力ではないんです。もし知れ渡ってしまうと何かと面倒なことが起きかねないので……」
「大変な事情があるようですね……。わかりました。ウィルさんは私達の命の恩人ですしウィルさんを大変な目に合わせてしまうようなことは絶対にしません」
ラスもメルトもアレンもサーシャも皆このことは他の人には絶対に言わないと約束してくれたのでウィルはほっと胸をなでおろした。しかし、滅多に見ない魔法に興味津々な皆からウィルは質問攻めにあった。
しばらくすると遠くの方から馬の足音や金属のぶつかる音が大量に聞こえてきて、その音がウィル達のいる方へと近づいてきた。
「これは何事だ!?」
整った装備や掲げている旗を見ると、どうやら先程の戦闘による激しい音を聞きつけて王国騎士団がやってきたようだ。
「こ、これは……」
駆けつけた王国騎士団が見たものは、第一級の犯罪ギルドであるフアラの面々が尽く地面に倒れ込んでいる姿と、あちゃー、見つかったーという顔をしているメルト達であった。ラスやメルトと王国騎士団を率いていたその男は顔見知りのようで、その男はラス達に話しかけてきた。
「ラス!メルト!お前達なぜこのようなところに?」
「リアガンさん!これには、その、いろいろと事情がありまして……」
ラスはその騎士団を率いているリアガンにメルトによる補足も交えて今までの出来事を説明した。
「そうか……それは災難だったな。いずれにせよお前達が無事で良かった。お前達になにかあったらケヴィンとミシェルにあの世で怒られてしまうからな」
ケヴィンとミシェルというのはラスとメルトの両親で、リアガンという男は生前にいろいろと親交があったようだ。
「ところで、こいつらは手配されているフアラの面々ではないか?まさかグリンデュアの姿もあるとは……。これをまさかお前達がやったのか」
そういったリアガンの疑問にラスは肯定した。
「こちらのウィルさんに危ないところを助けていただいたんです。ウィルさん結構強いんですよ?」
ウィルのことを語るラスはどこか嬉しそうだった。
「おお、貴方がラスとメルトを助けてくださったのですか!しかし、この凶悪で手がつけられなかったギルドを一人で倒してしまうとは……」
横で俺たち忘れられてる?とか忘れられてるのーとかいう小声が聞こえてきたが、ウィルは無視してリアガンからの賞賛責めを謙遜しながら受け流していた。
「しかし、この地面が爆発したような跡や焼け焦げたような臭いは一体何が・・・」
うっ、とウィル達の身が硬った。魔法のことは言えないしどう切り抜けるかと悩んでいると咄嗟にメルトが口を開いた。
「あ!これはお姉ちゃんがまた薬の調合に失敗して危険な爆薬作っちゃって、それを偶然持ち合わせてたからあいつらに向かって投げたの!」
「なっ……なっ……!メルト!?」
危険な薬を作る人という扱いをされた上に自分のせいにされたラスは顔を真っ赤にしてメルトを睨みつけた。
「ラス……お前なぁ、ミシェルのような調合師になりたいって張り切るのはいいが、これはいかんだろ……」
リアガンに咎められたラスは自分じゃないと反論したい気持ちもあったが、ウィルの魔法のことを喋る訳にもいかないので、はい……すみません……と顔を真っ赤にして目尻にうっすらと涙を溜めながら小さな声で謝っていた。そして更にメルト、後で覚えてなさいよと付け加えた。それを見たメルトは額に汗を垂らしながらあさっての方向を向いて知らないふりをしていた。
「何はともあれお前達が無事で良かった!このことは正式にシャムロックがフアレの撲滅に貢献したとブルメリア王国の方へ報告しておく。そのうち正式に褒美が渡されるだろう」
撲滅したのはシャムロックではなくてウィルですと言いたくなったラスではあったが、またいろいろと聞かれて魔法のことがばれるとのを危惧したため、リアガンの発言を訂正しなかった。一通りの後始末が終わったあとはメルトに付き添い今回の騒動の原因となったオーパーツ、セナおばさんの装飾品を回収し王国騎士団の面々にシャムロックまで送ってもらった。道中でアレンとサーシャをそれぞれの家へ送り届け、更にセナおばさんの家によってその装飾品を返そうとした。するとセナおばさんから、このようなことに巻き込んでしまった詫びと、二人を救ってくれた礼としてその装飾品を与えられた。そして長い一日を終えてようやくシャムロックに戻ってきたラス達は一息付いていた。
「あー、本当に疲れた」
「もう、本当に心配したんだから!二度とあんな無茶はしないで!」
「ごめんね、お姉ちゃん。ウィル君もありがとう!」
「いやいや、二人には世話になりっぱなしだったから、力になれて良かった。」
「そういえば、ウィル君は今日どうするの?もし宿とかとってなかったら家に止まっていく?」
「是非家で休んでいってください。今日の俺にご馳走したいので」
「そんな!悪いですよ!……と言いたいところなんですが、お金も無くてお腹がすいているので甘えさせていただいて貰ってもいいでしょうか……?」
先程闇ギルドの連中と戦っていたときはあんなに頼もしかったウィルが情けない表情をしているギャップにラスとメルトは思わず笑ってしまった。こうしてウィルはラス達の行為に甘えて彼女らの家でもあるギルド~シャムロック~に泊まっていくことにした。