—08— 薄暗い闇の中で
【前回までのあらすじ】
シャムロックへ向かう途中、ラスと遭遇したウィルはメルトが戻ってこないことを伝えれられる。マナの力を借りてメルトの居場所を突き止めたウィルはメルトを連れ戻すため、治安の悪い街の北西部へとラスと共に向かった。
メルトとアレンとサーシャは街の北西部の裏路地を走っていた。腕を斬り付けたゴロツキ達から必死に逃げていたため気付かないうちに治安の悪い北西部の方へ来てしまっていた。まだ夕陽が沈んでいない時間帯だが、狭く入り組んでいるこの路地は周囲のいびつな建物に光が遮蔽され薄暗く気味の悪い雰囲気が漂っている。追ってくるゴロツキの声や足音が聞こえなくなったメルト達は周囲をちらちらと見ながら路地をゆっくりと慎重に進む。時折窓からこちらの様子を伺う無数の視線がメルト達の感情に纏わりついてくる。特に幼いアレンとサーシャは背中を丸めてメルトの服をギュッと握りしめていた。時折遠くからゴロツキ達の足音と声が聞こえる度に二人は握りしめる力を強めた。メルトはそんな二人の頭を撫でて落ち着かせようとする。
(あいつらに遭遇しないように早く人通りの多い大通りに抜け出さなきゃ……)
幼い二人を励ましつつもメルトの心も憔悴していた。額には脂汗が浮かび喉と唇は水分を失っていた。しかし追い打ちをかけるように歩いてきた路地の正面に見上げる程の壁が現れた。
「うそっ、行き止まりだなんて……」
今まで幼い二人を気遣って言葉を選んでいたメルトだったが、目の前の状況に思わず浮かんだ言葉を口に出してしまった。アレンとサーシャの二人が震えた手でギュッとメルトの服の袖を握りしめてくる。
「メルト姉ちゃん……」
「うぅ……」
このような状況でも泣くことを必死に我慢している二人になんとか笑顔を作り優しく髪を撫でる。
(この場に留まって落ち着くまで隠れるべきが、それとも引き返して別の道に向かうべきか……)
この場に留まっても日が暮れて危険になる、かといって引き返して別の道に向かう途中で見つかっても二人を連れて逃げることはできない。いくつもの可能性と危険性がぐるぐると頭の中を巡る。そして、そうこうしているうちに段々とゴロツキ達の叫び声と足音が近づいてきた。袖を握りしめる二人の手にも力が入る。
メルトは悩んでいたが、とっさの判断ですぐ横にあった建物に入って身をひそめることにした。誰かいたら事情を説明して匿って貰おうとしたが、仲には人の影は無く埃被った木箱が乱暴に積まれているだけだった。掃除や手入れがされていないようでカビと埃の臭いが鼻の奥をくすぐる。建物の中の様子を確認し終えるとメルト達はゴロツキ達に見つからないようにそっと扉を閉じて奥の方の物陰に身を潜めた。
「「「はぁ~……」」」
一時的に追い掛け回される不安と緊張から解放され、思わず安堵のため息が出た。逃げ回っている間に精神と体力を消耗した三人は木箱や床に身体を預け座り込んだ。逃げるのに必死だったアレンやサーシャの手の甲には擦り傷ができていた。靴擦れも起こしていたが二人共今になって自分達が怪我をしていることに今になって気づき声を上げた。
「うぉー、いてー!」
「痛いのー・・・」
「二人共後でお姉ちゃんに傷薬調合してもらおうね」
メルトはそんな二人にと声をかけつつ、アレンから預かったセナおばさんの飾り物をまじまじと見ていた。
(ただの綺麗な飾り物にしか見えないけどなー。なんであいつらこんな物あそこまでして欲しがってるんだろう?)
その飾り物の作りは凝っていて、中央には丁寧に削られた水晶のような結晶がはめ込まれており、その外側はまるで紋章を象ったかのような形状をした薄い金属で真球状に覆われていた。珍しい形状をしている上に綺麗な見た目をしているが、装飾工に頼めば簡単に作れそうな程度のものである。これといってゴロツキ達があそこまでして欲しがる理由も思い浮かばなかった。何か特別な力を持ったオーパーツかもしれないと思い、両手で包み込んで何かを念じてみたり、手に持ってぐるぐると振り回したりしてみたが何も起きなかった。
「さっきからメルト姉ちゃん何してんの?」
「どこか痛い痛いなのー?」
「えっ!?いやいや!別に何もしてないよー!あははっ……」
オーパーツだと思い力を引き出そうと夢中になっていたメルトは、その行為を冷静に指摘されてかなり恥ずかしそうにしていた。これ以上二人に変な所を見られたくないと思い飾り物をただ眺めるだけにした。結局この飾り物についてはわからないことが多いが、これを持っている限りゴロツキ達は追ってくる。もうすっかり日が暮れ街灯も窓から漏れる光も無い外は真っ暗になっていた。しかし外ではまだゴロツキ達が血眼になってメルト達を探している可能性が高いため迂闊に出ていく訳にも行かなかった。しばらくすればゴロツキ達も諦めて捜索を切り上げるだろうと思い、それまではここにいることにした。ただじっとしていても暇なので、三人は今日の事を思い出しながら話していた。真っ先に思い出すのは怖いことばかりで話すときも体に力が入っていたが、時間が経つにつれ力と緊張は抜けていった。
「ぐ~~~」
その後もしばらく話をしていると、思い出したかのようにアレンのお腹が鳴った。
「そういえば、ずっと昼から何も食べてないや。お腹減ったー」
「ぺこぺこなのー」
「確かにお腹空いたなー。あっ、そういえば確か鞄の中に……」
そう言うとメルトは腰に付けている鞄を漁り始めた。
「じゃじゃーん!はい、これを皆で分けて食べよう!」
メルトが取り出したのは紙で包装されている焼き菓子だった。メルトは日頃から小腹が空いたときに食べるために食べ物を持ち歩いていた。
「すげーうまそう!」
「美味しそうなのー!」
「はい、どーぞ!」
メルトは焼き菓子を三等分して、アレンとサーシャにそれぞれ渡した。三人はゴロツキ達から追われていることを忘れ、目の前の焼き菓子に集中した。ずっと走り回っていた疲れと空腹で生地に混ぜ込まれたはちみつの甘味と牛酪の良い香りが体の奥まで浸透していく。メルト達はその貴重な食料を一口一口味わいながら時間をかけて平らげた。小腹が満たされた三人は幸福感に包まれながら、徐々に夢の世界へと誘われていった。そして完全に夢の世界の住人となったメルト達は、ゴロツキ達の手がすぐそこまで迫ってきていることに気付いていなかった。