—07— ラスの不安
【前回までのあらすじ】
ウィルはラスに教えてもらった総合技能検定所にてディガーの検定を受ける。無事に2等級のディガーに合格したウィルはラスにお礼を言うためにシャムロックへと向かった。
もうすぐシャムロックに着くといった大通りの曲がり角に差し掛かったところでウィルは不安そうに周囲を見渡しているラスの姿を見つけた。先程の落ち着ついていた雰囲気とは異なり必死に何かを探しているようだった。
「ラスさん、どうかしたんですか?」
「ウィルさん……」
ラスはウィルに気が付くとその不安そうな表情でじっと見つめてきた。
「メルトを見ませんでしたか?あれからずっと戻ってきてなくて……。普段ならこういうことがあってももっと早く戻ってくるのですが……」
既に空が茜色に染まっていたが、メルトはあれから出て行ったきりギルドには戻ってきていないようだった。このヴィオラの街はブルメリア王国の首都ウィンザーから3里程の距離しかなく王国騎士団や街の警備隊もそれなりにいるため治安はそれ程悪いわけではない。しかし、それでも夜になると暗くなる上に人気が少なくなるため不埒な輩が活動をし始める。そのような中年頃の女の子が一人で歩いていては何をされるかわかったものではない。そういった事情があるためラスはなかなか戻ってこないメルトを心配していた。
「すみません、俺も今検定所から戻ってきたばかりで……。少なくともここにくるまでに見かけはしなかったですね。」
「そうですか……。どこに行ったんだろう……」
メルトのことが本当に心配のようで、心なしか声も元気がないようだった。
「あの……、探すの手伝いますよ。街の人に聞けば何かわかるかもしれないし、もうじき日が暮れてしまうので二人で手分けして聞き込みしましょう!」
「ウィルさん……、いいんですか?」
「もちろんです。メルトにもラスさんにもお世話になりっぱなしだったので恩返しさせてください」
「ありがとうございますっ……。本当にありがとうございます……」
藁にも縋る思いだったラスは頭を深く何度も下げた。
「じゃあ、俺は東の通りでメルトを見ていないか聞き込みをしてみます。ラスさんは北側をお願いできますか?」
「はい、わかりました!」
「この時間だとそろそろ一人で行動するのが危ないので、例えメルトについて何もわからなかった場合でも一旦この場所に戻って情報を共有してからどうするか考えましょう」
ウィルは自分が来た総合技能検定所がある西側とメルトが来た南側を除いたところから探した方がよいと考え、北側と東側の大通りで手分けして聞き込みをすることにした。既に空が暗くなり始めラスを一人で行動させると危険なため、聞き込みを行った後に合流することにした。
ウィルはラスが北の大通りに向かったのを見送ってから、東の大通りには行かずに近くにある一番高い建物に向かった。そして建物の裏側へと回り、周囲に人がいないことを確認した。
「ここなら大丈夫か」
ウィルは目を瞑り精神を集中させた。すると周囲の空間に青白く微かに光る点がぽつぽつと現れ、その点が次第にウィルの周囲に集まり強い光を放った。
「これだけのマナがあれば十分だな」
ウィルは片膝を付いて屈み、足に手を添えた。集めた光がウィルの足に纏わり付いていき、そして光が小さな稲妻に変わった。跳躍してぱちぱちと音を立てて光が弾ける足の具合を確かめる。
「魔法を使うのは久しぶりだったけど大丈夫そうかな」
安心して頷くと、目の前にある五階建ての建物の屋上を見上げた。そして深く屈んで息を大きく吸い込むと大きく跳躍した。踏み固められた地面がへこむほど力強く跳躍したウィルはあっという間に建物の屋上を追い越して遥か上の空中に到達した。
「あちゃー、感覚をちょっと忘れてるなー」
勢いよく跳び過ぎたものの体勢を整えて屋上に着地する。ヴィオラの街を右から左へ見渡すとゆっくりと息を吸って瞳を閉じた。そして彼がマナと呼ぶ、この世界に漂う力の源にそっと意識を向けた。ウィルの意識に呼応して周囲が微かに青く光り始めた。その光がウィルを中心として周囲に波打ち伝わっていく。伝わっていった青白い光のうち北西の方角のものに変化を感じ取った。ウィルが知っているメルトの気配と光が共鳴してその居場所を知らせてくれた。
マナは遥か昔からこの星に存在しており、かつてこの星を支配していた古代人はマナを利用して世界の原理に働きかけ、火を起こす、光を灯す、水を空気から生成するなどといった事象を発生させ暮らしを豊かにしてきた。これらのマナをもって原理に働きかけて発生する事象のことを総じて「魔法」と人々は呼んでいた。
しかし、古代人は生活に豊かさを追求するあまり魔法を乱用した。更には他国に侵略するためにこぞって戦争用の魔法を開発し、壮絶な魔法の撃ち合い――すなわち魔法戦争を行った。これらの行為で地上に漂っていたマナはあっという間に枯渇してしまった。マナの枯渇と戦争による疲弊で古代文明は滅び、人はマナを使用できなくなった。現在では人は魔法はおろか、マナの存在さえもほとんど忘れてしまっている。
現代人でもごく僅かではあるが、魔法というものを扱える者も存在する。しかし、これらの魔法はマナを利用して世界の原理に働きかけるのではなく、己の体内に存在する気というエネルギーをマナに類似した性質に変換して使用するといったものである。気の性質変換及び魔法の習得は非常に難しく、習得した割には得られる効果も小さいためブルメリア王国はおろか世界中を含めても扱える人はそう多くない。しかし、それでもこれらの技術を習得したものは魔道士と呼ばれる。
この魔道士は魔法を使う際に古代の文献から古代人が実際に使用していたと思われる魔法を参考にしており、これらを現代の魔法と区別するために、自分たちが使用する魔法を現代魔法、古代人が使用していた魔法を古代魔法と読んでいる。そもそも仕組みが異なるため相違点は多数あるが、その中でも特徴的なものは、古代魔法は世界に漂うマナ――すなわち体外のエネルギーを利用するため大きな力を伴う事象を発生させられるのに対し、現代魔法は体内の気を変換した力――すなわち自分の内のエネルギーを利用するという点である。そのため現代魔法は古代魔法に比べ大きな力を伴った自称を発生させることはできない。ウィルが使用した魔法はマナを利用しているため古代魔法にあたる。
先程の魔法による探知でメルトの気配が感じ取れた北西の方はこのヴィオラな街でも貧困層が集まる入り組んだ迷路のような場所で、王国騎士団や警備隊の目も行き届かないためかなり治安の悪い場所だった。ヴィオラの街をまだ良く知らないウィルでも上から見たときの雰囲気でそれを察していた。メルトが何かよくないことに巻き込まれていると予想し、ラスにそのことを知らせるため急いで合流場所へと向かった。合流地点に戻ってもラスの姿は見当たらなかったが、ほんの少し待っているとやがてラスが聞き込みに行った北の方から小走りにやってきた。
「ウィルさーーーん」
向こうもウィルの姿を見つけたようで、急いでこちらに向かってきた。
「はぁ……はぁ……、知り合いの露店の方とかに聞いてみたんですが、あまりいい情報はありませんでした。昼間メルトを見かけたという方なら何人かいたのですが……」
ラスの方は有力な情報は得られなかったようだった。それでも必死に走り回ったのか額は汗でびっしょり濡れていた。
「ウィルさんの方は何かわかりましたか?」
「先程道を歩いていた人の中でどうやらメルトみたいな女の子を見たって人がいて、その人によるとどうやら街の北西部の方に向かったみたいです」
先程の魔法でメルトの居場所を探知したことはラスには知られたくないのか、ウィルはそのことを隠すようにしてメルトの居場所を伝えた。
「街の北西部……ですか?あそこは特に治安が悪いところなのに……。なんでそんなところに……」
メルトの居場所を聞いたラスはとても不安気な様子だった。街の北西部が治安の悪いところだということはこの街の人にとって共通の認識のようだ。
「街の人に聞いたんですが、やはり北西部は危険な場所のようですね。俺はこのまま北西部に向かってメルトを連れ戻してきます!ラスさんはもう日が暮れて危険なのでギルドにでも戻っていてください」
「でもっ、メルトがっ……!私も連れて行ってください……お願い……します……」
昼間の大人しい印象からは想像できない程必死な表情でラスは懇願した。少しでも早くメルトの安全を確かめたいと思うラスの気持ちが容易に想像できるが、危険な場所にラスを連れて行くことはできないと思い、ウィルはラスにギルドへ戻るように伝えた。それでもメルトを想う気持ちはかなり強く、ラスは俯いて涙をこぼしながらウィルの服を掴み、か細い声で何度も頼み込んできた。最初はラスを帰るように諭していたウィルだったが、大切な人を心配する気持ちに共感し、最後は一緒に北西部に向かうことを承諾した。ウィルはラスに自分のそばから絶対に離れないようにするということを約束させると、ラスと共に街の北西の薄暗い路地の方へと向かっていった。