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蒼き星の守護者 ~星を救う英雄と英雄を殺す少女の物語~  作者: りの
ウィル編 第三章 ~侵略者~
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—10— ウィルの過去 後編

「アヤメ、近くの村まで薬草と布を買いに行ってもらえるかしら?」


「うん、わかった~!ウィルも一緒に行こっ?」


「ごめんなさい、ウィルには別で頼みたいことがあるの。アヤメ一人だけで行ってもらえる?」


「えぇ~…しょうがないなぁ~。じゃあウィルにお土産買ってくるね!」


「ああ、楽しみにしている」


 月日が経ち、母親に似て美しい少女へと成長したアヤメは母親に言われたものを買うため村へと出かけた。ナデシコとウィルはアヤメの姿が見えなくなるまで見送ると、家の中へと戻った。


「で、先生、俺に頼みたいことって?」


「ウィル、こちらへ」


 促されるまま椅子に座る。ナデシコもその正面の椅子に座りウィルの顔をじっと見つめた。普段は五感の鍛錬のため目を瞑っていることが多い彼女だが、今は綺麗な瞳が正面に座るウィルの姿を写していた。


「昔、この星の守護者がどう誕生するか説明したわね」


 覚えている、と頷く。


「蒼の星の守護者は途絶えない限りは普通の人と同様親から子へと継承される。つまり、今守護者としての力を持っているのはアヤメと私になる。ただもう一人、その力を持つ者がいるの」


「先生とアヤメ以外に?」


「私には双子の妹がいるの。本来であれば守護者の力はたった一人に継承されるもの。だけど、私達は二人共守護者の力を引き継いだ」


「それには何か理由が?」


「この星に混沌の星の魔の手が迫っているからよ。混沌の星は他の星を喰い成長しその勢力を大きくしている。近くにあった黒の星と金の星も抵抗はしたけど混沌の星に喰われて消滅した。次はこの蒼の星になる。混沌の星に対抗するため私と妹のボタンは強い力が与えられた」


「だったら混沌の星とかいうのも皆で力を合わせたらいい。先生達の力に俺の力を合わせればどうにかなるんだろ?」


 ウィルの言葉にナデシコは目を瞑り首を横に振る。


「混沌の星はあまりにも強大。たった1つの星の力で対処できるのなら星の力も、守護者の力もこの星より強かった黒の星、金の星でどうにかなっていた。それに……」


「それに?」


「ボタンは既に混沌の星の手に落ちた」


「なっ…」


「あの子の力はとても強い力。強い力だけど制御するには強い心を持たなければならなかった。だけど既に潜り込んでいる混沌の星の尖兵に心の隙を突かれ力が制御できなくなってしまった。今のあの子は敵も味方も関係なくただ殺戮を繰り返す存在」


 聞かされた状況に眉間に皺がより俯く。


「混沌の星からこの星を守るにはボタンと尖兵を対処していずれ本格的に進行してくる混沌の星の本隊を打ち払わなければならない。そのためにはウィル、あなたの力が必要なの」


「……俺の?」


「ええ。あなたはこの星の理の外からきた特別な力を持つ子。あなたならこの星に眠る全ての力を集めて混沌の星に対抗できる」


 言っていることがわからず眉間に皺を寄せる。


「…ウィル、この星には金の星、そして黒の星が遺してくれた力が眠っているの。1つは金の星の神器である”アヴェスタ”。”アヴェスタ”はその力を模倣した無数の”ホルダ・アヴェスタ”とこの星の遺跡に封印されているわ。どちらも混沌の星と戦うために作られた兵器だったけど喰われる直前に金の星の星神によってこの星に退避されられたの。特に星神によって作り出された神器アヴェスタはホルダ・アヴェスタとは比肩にならない強力な力がある。この星の神器であるこの天羽々斬のようにね」


 腰に付けていた天羽々斬と呼んだ刀を机の上にそっと置いた。


「アヴェスタとホルダ・アヴェスタは既にこの星の民がその一部を発掘して利用しているわ。彼らはその力を完全に引き出せないけど、”オーパーツ”と呼んでその力を日々解明しようとしている。ウィルにはそれを集めて欲しいの。混沌の星との戦いに備えて」


「わかった。でもなんで俺が?」


「私にも詳しいことはわからない。でも恐らくアヴェスタの力を完全に引き出すことができるのはあなただけなの」


 本当にわからないのか、それとも隠しているのか予想がつかなかったがウィルは黙って頷いた。


「……そしてもう1つは黒の星の”テクノロジー”と呼ばれる知恵と技術。そしてそのテクノロジーから生み出される”ギア”という兵器」


「アヴェスタにギア……」


「ギアは恐らくこの大陸には存在しない。ただ、遠い海の向こうのゼロ大陸にそれを作り出すことができる少女が居るはず。その少女を探して欲しいの」


「その少女はいったい……っ!?」


急に家が強い衝撃に襲われ棚から食器が落ちて割れた。そして外から轟音が聞こえてきた。急いでふたりが外に出ると、そこには大きく抉れた地面の中央に佇む女性がいた。女性の服はところどころ痛み、後頭部で縛っている髪もぼさぼさで全体的に荒れた印象を受けた。しかし、その容姿はナデシコやアヤメに似ていた。


「……ボタン」


 微かに漏れた声にウィルが反応する。再度その女性を見ると凄まじい闘気が漏れ出していた。


「ウィルっ!横に飛びなさいっ!!」


 ボタンの凄まじい闘気に気を取られ反応が遅れたが、ナデシコの一喝によって間一髪のところで一閃を刀の鞘で防いだ。しかし、あまりの衝撃に弾き飛ばされ地面の上を転がった。

ボタンはそのまま刀を抜いたナデシコへと向き直り、激しい剣戟を始めた。ウィルの知るナデシコは自身もアヤメも遠く及ばないほどの剣術の達人であったが、起き上がって見たボタンと刀を打ち合う彼女は防戦一方で額には脂汗が滲んでいた。


「先生っ!!」


 初めて魔法を使ったあの日からマナを駆使した魔法をずっと鍛錬していたウィルは周囲のマナを精密に制御して体中の細胞へ送り込み、増大させた力で地面を力強く蹴り一気にボタンへと詰め寄った。


「っ!?」


 守護者としての大きな気を持つナデシコと違い、虫けら程度にしか認識していなかったウィル。それが一瞬で距離を詰めて斬りかかってきたためボタンは驚きながら大きく後ろへと跳躍して距離を取った。ウィルはボタンを追撃せずに二人の間に割って入り、ナデシコに寄り添った。


「先生、怪我はない?」


「ええ、なんとか」


 ナデシコも落ち着いて体勢を立て直すとウィルと並んだ。三者が互いの出方を窺い睨み合う。ウィルとナデシコは互いにじりじりと反対側に回るように離れ、ボタンは挟まれないようにじりじりと後退しながら二人を交互に目で追う。刀を握るウィルの手は滲み出る汗で湿っていた。口の中には唾液が溜まる。瞬時にボタンの攻撃に反応できるように脚の動きを常に意識する。そしてナデシコと動きを合わせるために時折目だけ動かしそちらを確認する。一方でナデシコは薄く開けた目でボタンをじっと見つめていた。そしてボタンの目線が自分からウィルに動いた瞬間目を見開き一気に踏み込んだ。最短距離で詰めながら中段に構えた刀を右後ろから左へ振り抜く。その軌道はボタンの胴に届く前に刀で防がれ両者は至近距離で刀を押し合う。押し付けあった刀が震えてカチカチと鳴る。ナデシコは力で徐々に圧され刀が目の前へと迫っていた。だが急にボタンの体勢が崩れ押し返すことに成功する。ボタンは背後から斬りかかってきたウィルの斬撃に対処しなければならず、上半身を捻り刀から離した左手で掴んだ鞘で防いでいた。そしてその状態でウィルとナデシコの押し込みを耐えていた。


「「「……っ」」」


 砕けそうな程歯を食いしばるウィル。握り締めた柄が汗でじりじりと滑る。一瞬でも気を抜くと斬られる気配を感じ、慎重に肺に空気を出し入れする。全身が鉛のように重く。意識している腕と目と肺を動かすのがやっとであった。


「!!」


「っく…!」


「っう…!」


 ここでボタンが動く。両腕に集中して力を溜めウィルとナデシコを吹き飛ばす。だが、ウィルとナデシコもすぐに受身を取り再びボタンに斬りかかった。そのまま三者は再び激しい剣戟を繰り広げる。先程の膠着と打って変わり何度も刃を打ち付け合う。姿勢を立て直したボタンはウィルとナデシコの二人をそれぞれ片手で相手しているにも関わらず速度や力の面で互角以上に打ち合っている。


「なんて強さだ……」


 剣戟が一旦止み距離を取ったところで思わず愚痴がこぼれる。


「目の前の敵に集中しなさい。気を抜いたら一瞬で私もあなたもやられる」


 多少汗が滲んでいるもののナデシコは息一つ乱さずに構えていた。ウィルも再び集中して刀を構える。一方ボタンは少々様子が変だった。ウィルやナデシコを意識しつつも攻めることはせずにただ深く呼吸を繰り返していた。体は徐々に赤い光に覆われていく。


「……ウィル、気を付けなさい。おそらくボタンが闘気を使う」


「守護者の闘気……」


 ウィルがナデシコと鍛錬をしていたときに彼女がその力を使う様を何度か見ていた。常人が纏う気と違い、星の守護者だけが使うことを許された大きな力の源。闘気を使い、緑の光を纏ったナデシコには魔法を使っても一度も敵わなかった。色は異なるが今のボタンはその時のナデシコと同様にボタンは眩い光を纏っていた。


「…もう本気でやり合うしかないのね」


 ぽつりと呟いたナデシコも目を閉じると徐々に緑色の光を纏っていった。そして両者の体が完全に光に覆われるとボタンがウィル目掛けて斬りかかった。


「ぐあっ…!」


 咄嗟に防いだものの物凄い勢いで吹き飛ばされたウィルは周囲の大岩に背中から激しくぶつかって気を失った。


「ウィル!!」


 ボタンはウィルに止めを刺そうと刀をその胸目掛けて突いたが横から割って入ったナデシコに打ち上げられ外した。


「私と戦いなさい、ボタン!!」


「があああああああ!!」


 そのまま両者は先程までとは比較にならないほどの速度で激しく刀を打ち合う。凄まじい力のぶつかり合いで生じた轟音が周囲の樹々の葉を揺らす。


「正気に戻りなさいボタン!闘気に支配されては駄目!」


「うがあああっ!」


 打ち合いながらナデシコはボタンに何度も呼びかける。かつて苦楽を共にした妹に対して。洗脳され変わり果ててしまった妹に対して。


「心を強く持って!あなたはそんな衝動に負ける弱い子ではない!」


 必死に呼びかけるも響かずボタンは全力でナデシコを斬り殺そうと何度も刀を振るう。両者はもうかなりの間戦っているが元々守護者としての力はボタンの方が強く、徐々にナデシコが圧されていった。


「うっ…」


 そして遂にボタンの勢いよく振り下ろした刀がナデシコの刀を押し込んだ勢いでその左肩を捉えた。そこを中心として彼女の青色の羽織が赤黒く染まっていった。幸い致命傷にはならなかったものの傷の痛みと出血により余計に体力を消耗してしまった。弱ったナデシコは蹴られて力なく地面を転がってうつ伏せで倒れた。そこへボタンがゆっくりと歩み寄り立ったまま刀をその首元へと当てた。いつの間にか天候は荒れて大雨が振り、ボタンの刀の先端から水滴が何度も滴り落ち、ナデシコの首元を伝って地面へと吸い込まれていく。


「ボタン…」


 妹の名を悲しげに呼び、殺されることを覚悟したのか目を閉じる。ボタンは首に当てた刀をゆっくりと上げ振り下ろす体勢をとった。その時、遠く離れて意識を失っていたウィルが雨に打たれて僅かに動いた。


「……先生?」


 意識を取り戻して目を開けるとウィルはナデシコとボタンの姿を探した。


「……っ!先生!」


 そしてすぐにナデシコがボタンに殺されようとしていることに気付く。


「殺させるか!!」


 ウィルはありったけのマナを集めて全てを体の筋組織に送り込んだ。そして刀を持つことも忘れ目にも止まらぬ速さでボタンへと突進する。その雷の如く速さにボタンは反応することさえできずに頬を殴られ受身を取る間も無く地面へと激突した。すぐ様起き上がるものの更に加速して浴びせられる打撃を防ぐことができずに鞠のように飛ばされ転がり続ける。


「駄目……無理な体の強化はあなたの体を蝕む……」


 顔を上げて呟いたナデシコの声は届かず、ウィルはひたすらボタンを殴り続ける。ボタンは反撃することもできずに殴られる度に鈍い音を発していた。


「っ!!ぐぅっ…」


 ウィルの動きが急に鈍くなる。そしてそのまま動けなくなり地面に倒れ込み苦しむ。マナによる過度な強化はウィルの体に深刻な損傷を与えていた。拳の雨からようやく逃れたボタンはがくがくと震えながらもなんとか立ち上がり重い足取りで一歩そしてまた一歩とウィルの方へと向かう。


「くそっ…体が、動かない…」


 体を動かそうとするが筋肉の損傷も大きく思うように動かない。そしてボタンはウィルの真横まで来ると刀を上段に構えた。


「…っ」


 流石に駄目かと思い目を瞑る。刀が風を斬る音が聞こえた。だが冷たい感触は感じなかった。


「……ウィル、大丈夫……?」


 目を開けると先程までボタンが立っていた位置にナデシコが立っていた。ボタンはナデシコに突き飛ばされその奥で仰向けに倒れていた。ボタンはよろめきながら立ち上がるとナデシコに斬りかかってきた。ナデシコもそれを受け止め二人で刀を打ち合い始めた。満身創痍の二人はよろめきながらも刀を合わせる。ウィルの猛攻によりボタンの動きがからに鈍くなっており、ナデシコの刃が何度かボタンの体を捉える。ウィルも加勢しようと何とか立ち上がり爆裂の魔法を放つためにマナの制御に集中する。


「…ボタン、今日こそ終わらせる」


ウィルが集中する間もナデシコは弱っているボタンを徐々に追い詰めていく。ボタンは刀をはじかれ落としてしまい、ただ躱しながら後ろへ下がることしかできない。


「!!」


 そしてボタンはナデシコの攻撃を受けていくうちに先程ウィルが気を失っていた大岩を壁に背負っていた。逃げ場を失ったボタンに止めを刺すためナデシコは柄を握る両手に力を込める。


「…ボタン」


 斬られてたまるかと目で精いっぱいの威嚇をする妹。そして小さい頃共に仲良く過ごしてきた妹との時間を思い出し悲しむ姉。ただ、その妹との時間ももうじき終わりを告げる。ナデシコは覚悟を決めて刀を振り下ろす。そして鮮血が散った。


「……」


「…ボタ…ン…」


「先生―!!!」


 飛び散った鮮血はナデシコのものだった。ナデシコは情を感じ、ボタンを斬ることができなかった。空を斬ったナデシコの刀はその切先がすぐ横の地面に刺さっていた。ボタンはその隙を付き、近くに転がっていたウィルの刀を拾い上げ地面を蹴り上げ低姿勢のままナデシコの胴目がけて突いた。胴を貫かれたナデシコは突かれた勢いで後ろに倒れ、刀が抜けた瞬間に血が勢いよく出た。


「先生から離れろおおおおおおおおお!!」


 空を見上げて背中から倒れゆくナデシコを見たウィルは激高し爆裂の魔法をボタン目がけて放った。高温の炎の弾に変換されたマナはボタンの腹部で激しく爆発し、致命傷を負わせた。致命傷を受けたボタンは力を振り絞りよろめきながらも去っていた。ウィルは憎しみの余り弱々しく去るボタンを斬り殺したい衝動に駆られたが、ナデシコの身を案じて元へと駆けつけた。


「先生!先生」


「……ウィル…ごめんなさっ…げほっ」


 肺をやられ、思うようにしゃべることができない。


「しゃべらないで!今薬草と包帯を取ってくるから」


 応急処置をしようとナデシコの服にかけたウィルの手を力なく掴んで首を振る。


「もう…私はもう助からないわ…それより最後に私の言葉を聞いて……」


「……先生」


 ウィルは目をぐしゃぐしゃにしながら首を横に振る


「お願い……」


 涙を拭って静かに頷く。


「どうか、彼女を……ボタンを救ってあげて……妹も被害者なの……今も苦しんでいるわ……」


「……わかった」


 ナデシコは力無く微笑む。


「どうかこの星を救って……そのために星の力を集めるのです……」


「アヴェスタやギアを集めれば混沌の星に勝てるんだな!?」


 ナデシコは静かに首を横に振る。


「それだけでは駄目…星の力はこの星の全ての力…」


「全ての力…?」


 もう時間が無いと悟ったのかナデシコは問いに応えず最期の言葉を告げた。


「アヤメを守って上げて……あの子はまだ弱い……ウィル、そんな顔しないで……私はいつまでも天羽々斬の中からあなた達を見守っているわ」


 ナデシコの体全体を白い光が包み、その光が彼女の手に持っていた刀へと吸い込まれていった。そして辺りには呆然とするウィルとナデシコの亡骸、そして雨音だけが残された。まるで魂が抜けたようなウィルは亡骸が泥で汚れないように近くの岩の前まで運び座らせた。そして光が吸い込まれていったナデシコの形見である天羽々斬を持ち上げ呆けていた。つい先ほどまで笑顔で話していた彼女が今は何も動かない。まだ現実を受け入れられずにいた。


 どれほどそうしていたかはわからない。気が付けば空は既に暗くなり始めていた。


「……先生、俺には重すぎるよ……」


 ようやく思考を取り戻したウィルが口にしたのは託されたものの重さ。これから何をするか、思考を巡らせていると遠くから声が聞こえてきた。


「ただいまー!」


 それはアヤメの声。頼まれていた買い物から戻ってきた彼女は何も知らずに誰もいない家へと入っていった。ウィルははっとしてどうすればボタンからアヤメを守れるかを考えていた。今真実を知ればアヤメは確実に復讐に走り返り討ちに合うだろう。ボタンは何故この場所に来たのか。大きな気を感じ取ることができる守護者の本能で先生のところに来たのか。いずれにせよこの場所はもう危ない。まだ鈍かった思考が急に回り始める。


(どうすればボタンからアヤメを守れる…...?先生も勝てなかった相手だ……)


 そうこう考えているうちに家に誰もいないことに気付いたアヤメが外を探し、ウィルのいる方へとやってきた。


「あ、いたいたー!ウィルも母様も!頼まれたもの買ってきたよー!」


 まだ気付いていないのか遠くから能天気に手を振りながら走り寄ってくる。しかし途中で様子がおかしいことに気付いたのか手を振るのをやめ、真剣な顔で走ってきた。そしてナデシコの服が赤く染まっていることに気付き、母のもとへと急いで駆け寄った。


「母様!母様!」


 アヤメはもう反応することのない母の躯を一生懸命に揺する。しかし魂の抜けた器が愛しい子の呼びかけに反応することは無い。ただ揺すられるまま力なく左右に動いた。


「ウィル!助けて!母様が目を覚まさないの……!!」


 アヤメもまた目の前の現実を受け入れられずに近くにいたウィルに必死に助けを求める。目からは大粒の涙が雨に交じり頬を伝っていた。頼まれて買ってきた薬草と布は地面に放りだされて泥にまみれていた。アヤメは黙って様子のおかしいウィルを変に思い、意識を彼の手の方へと向けるとそこには血の付いた母親の刀があることに気付く。


「……ねえウィル?なんで母様の刀を持っているの?なんで血が付いているの……?」


(……この状況をどう説明する?…いや、俺が殺したことにすればボタンからアヤメを遠ざけられる)


 余裕のないウィルは1つの辛い結論に辿り着いた。そして悩んだ末に声を振り絞り、言った。


「……俺が殺した」


 アヤメはしばらくの間信じられないという表情をしていた。しかし、混乱している彼女は今の置かれている状況とウィルの言葉からそれを真実だと受け取った。


(……すまない。先生……アヤメ……俺にはこれしか……)


 ウィルはナデシコの亡骸から鞘を取り刀を納めるとアヤメに背を向けて歩き出した。


「母様の刀を……母様を返せ!!」


 アヤメは母の形見の神器をウィルから取り返そうと刀を抜いて背後から斬りかかってきた。


(……俺を恨んでくれて構わない。殺されても構わない。だけどボタンを殺すまでは君に殺される訳にはいかない)


 心の中でナデシコとアヤメに謝罪を繰り返しながらウィルは振り向きざまにアヤメを斬りつけた。


「なんで母様を……」


致命傷とはいかないまでも、それなりに深い傷を負ったアヤメは精神的に追い詰められていたこともあり意識を失って前のめりに倒れた。ウィルがアヤメを斬る際にナデシコの刀ではなく自らの刀を使ったのは、母親の魂が眠る刀でその娘を斬ることはしたくなかったからだった。


「……世界の秩序を守るためだ。例えアヤメでも容赦しない」


(先生を守ることができずにすまなかった……いつかボタンを倒して君に真実を伝えたときもし許してくれたらまた……)


 ウィルはアヤメとナデシコへ別れを告げ、小さい頃から過ごしてきた家を去った。


********************


「「「「……」」」」


 ウィルが語った重すぎる過去に全員がしばらく黙っていた。メルトはあの日偶然出会った明るい彼が、これ程重たい過去を抱えていたことに衝撃を感じ手をきつく握って俯いていた。ラスもフェルナもクラウも、何度か口を開くもののかける言葉が見つからずその度に口を閉じた。イゾルテも羽を小さくたたみ俯いていた。


「……そんな……ウィル様が辛すぎますの」


 デリスはウィルにアヤメに対する感情に気づいていたが、真実を知りぽたぽたと大粒の涙をこぼしていた。


「俺の辛さはアヤメが受けた辛さに比べたらなんてことはありません。本当にアヤメには申し訳ないことをしたと思います」


 机の上に置かれた刀を見つめながら自らを責めるウィル。


「お前がそんなことをしなくてもあの嬢ちゃんにちゃんと説明すればなんとかなんたんじゃないのか?」


「……もしそれでアヤメが感情を爆発させて力を暴走させればボタンが殺しに来るかもしれない。極力ボタンから遠ざけて目の届く範囲に置きたかった」


「だからわざわざ恨まれるようなことをしたと」


「そうです」


 再び黙るクラウ。


「アヤメを斬ったあの日、その時は名前は知りませんでしたが先程の赤い髪の方々に保護されるのを見ていました。そしてその方々を尾行し、保護されたアヤメが周囲の人達に救われ、普通の子として生活していけるようになったのも見ていました。デリスさんをはじめ、本当にアガートラムの方々には感謝しています」


「ウィル様……」


「その後、アヤメの姿に安心した俺は先生との約束の1つであるアヴェスタとギアを集める旅に出ました。その途中でヴィオラの街に寄った時にメルトに出会った」


 メルトの方を見て微笑む。ウィルに見つめられたメルトは胸が苦しくなった。自分がウィルの前で何度も口にしてきた家族という言葉。仲直りしなよ?という言葉。軽い気持ちで言ったそれらの言葉がウィルをとても苦しめたかもしれない。


「……アヤメさんはっ、このこと知らないんだよね?ウィル君は、このままでいいの?ずっと一緒にいた家族に恨まれて……」


 声を振り絞るメルト。気を遣わせてしまってすまない。苦しませてすまない。そういう思いでウィルは優しく微笑んだ。


「ボタンを倒すまでは真実を知られる訳にはいかない。アヤメに群がる脅威を排除し、彼女を先生の後継者として、この蒼き星の守護者として成長するまで見守ることが俺の役目」


「ウィル……」


 ウィルの辛く悲しすぎる過去に場にいるものは黙って俯くか、目を濡らしていた。


「暗い雰囲気にしてごめんっ!だからさ、俺絶対アヴェスタ手に入れちゃいけないんだ!明日からの武術大会、皆期待してるから!」


 なんとか場の雰囲気を変えようと無理やり明るい声で喋る。ウィルの意図を汲み取ったクラウがそれに乗っかった。


「お前にしては珍しいと思ったが優勝賞品がさっき言ってたアヴェスタってやつなのか?」


「アヴェスタのうちの”ヤスナ”である可能性が高いです」


「アヴェスタは1つじゃないのか?」


「アヴェスタは全部で3つ。どれもが大きな力を操る能力を持っています。今回の賞品であるヤスナは自由自在に力の形態を変化させることができる」


「形態の変化って?」


 意味がよくわからずに首をかしげるラス。


「熱や風、光や音、気やマナ、それらを自由に変換できるものだと思ってくれればいい」


「へぇ~!とっても便利そう!でもそんな大層なものには思えないけど……」


「あのな……マナを気に変換できるってことは、そこいらの奴もウィルと同じようにとんでもねえ魔法や体術が使えるようになるってことだ。しっかしそんなのをよく国が賞品なんかにしたもんだ」


 あまり理解していないラスにクラウが説明する。


「大会の説明を見るに、おそらく本当の能力に気付いていないのでしょう。アヴェスタが持つ力は大きい。悪用されれば大変なことになる」


「そんなもんがあと2つもあんのか……」


「ええ。でも1つはこの間イナク村で手に入れています」


「……あれもアヴェスタだったのかよ」


「あの篭手はヴェンディダートといって先程言ったような力を際限なく蓄積できるものです」


「なるほどね……ヤスナと併せてやべぇもんな気がしてきたわ。でもどうすんだよ?アガートラムや騎士団の連中だって出てくんだぞ。デリスの嬢ちゃんやお前がいたって危ねぇかもしれねえぞ?」


「きっと大丈夫ですよ。俺がこっそり魔法でどうにかするんで」


 にこっと笑いながらさり気なくとんでもないことを言うウィルに周囲は引いた。


「ウィル君…正々堂々やるんじゃないんだ……」


「ウィルって時々紳士じゃないわよね」


「なんか、アガートラムの皆が可哀そうに思えてきましたの」


「……えっ?えっ?そんなに引く?俺は騎士でもなんでもないからね!アヴェスタが手に入ればいいのさ!」

 

 皆のあまりに冷めた視線に激しく動揺するウィル。ただ、皆はそんなウィルを見て大笑いしていた。

 

 こうして大会前夜はあっという間に過ぎていった。

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