—03— 小さな幸せの街
【前回までのあらすじ】
ウィルは旅の途中、ヴィオラの街で所持金が底をつきて動けなくなってしまう。街で仕事を貰おうとするも全て門前払いで途方に暮れていたところメルトという少女に助けられる。仕事を貰うには技能検定という資格が必要だと教えてもらったウィルは、メルトの勧めで彼女の姉が経営するギルド、シャムロックへと向かった。
春風のように陽気で優しいメルト後ろに空腹を満たし元気になったウィルが続く。顔を上げて歩いてみると街の景色が活気づいているように見えた。この街でのメルトの顔は相当広いようで、道行く人々や通り過ぎるお店の人から「メルちゃん今日も元気だねー!」「お、遂に男を連れて歩くようになったんかい!」等と声がかけられていた。そんな声にメルトも「おばちゃん、こんにちはー!」「えっへへー、そうだよ!なーんてね!」などと明るく返す。そのような光景を微笑みながら眺めているとメルトが振り返って話しかけてきた。
「私この街で生まれて育ったの。シャムロックも私のお父さんとお母さんが始めたんだ。困ってる人見ると放っておけない性格でさ、それで利益度外視でいろんな仕事してたら皆から頼られるようになっちゃってね。そしたらこんな感じになってたの」
誇らしげに、そして何故か少し寂しそうに語るメルト。そして、お金はそんなに入ってこなかったけどね、とあどけなく笑う。
「結構大きなギルドだったんだよ?だけど、5年前にお父さんとお母さんが死んじゃってそれから皆散り散りになっちゃって……。今は私とお姉ちゃんをいれて4人だけで細々と活動してるだけで精一杯なの。だけど困っているウィル君見ていたら放っておけなくてさ。”困っている人がいたらまず助けなさい”ってお父さんの受け売りなんだけどね!」
ウィルはメルトが自分を助けてくれた理由がわかった気がした。
「ごめん、いろいろと世話になりっぱなしで……」
「そういうときは”ありがとう”って言うんだよ。申し訳なさそうな顔よりも喜ぶ顔が見たいんだけどなー」
自然体でさらっと言ってくるメルトにウィルは本当に頭が上がらなかった。
「ところで、ウィル君って剣を持っているよね?やっぱり傭兵とかそんな感じの仕事を考えてるの?」
一連のやり取りが落ち着いたところでメルトはずっと気になっていたことを聞いた。
「傭兵って言うよりは遺跡に潜ってオーパーツを収集するような仕事がしたくて。さっきの話だとディガーって言うのかな?戦うことは得意じゃなくてさ、この剣は飾りみたいなものだよ」
左足に固定した刀に軽く触れる。太腿に沿う形で固定された刀ではそのままでは抜くことができそうに無い。
「遺跡に入るのもオーパーツを扱うのも資格を取らなくちゃいけないからね。それだとうちで仕事をこなしつつ技能検定を受けるのがいいかも」
ウィル君なら技能検定もすぐ受かるよー、とメルトは無邪気に言ってくる。
「それにしても珍しい剣だね。小さくて反っているっていうか、よくみる剣とどこか違うっていうか」
メルトはウィルの持っている剣に興味を持っているようだった。このブルメリア王国で一般的に使われている剣は一般的に直線的な形状をしているものが多い。斬ることはできないが細身で先端が尖っており高速に相手を刺すことに長け、主に女性や身軽に動きたい人が使用するレイピア。剣の両側に刃がある中型の剣で攻守含め幅広い状況に適応でき、一般的な傭兵が使用するブロードソード。刃はついているものの斬るというよりはその重量に任せて叩き割ることを得意とするグレートソード。これらのものが、流通している剣と呼ばれている武器の9割以上を占める。いずれも剣身が真っ直ぐかつ線対称であるという共通の特徴を持っており、刃があるものに至ってはその全てが諸刃である。一方、ウィルが腰に付けている剣は剣身が反っていた。
「ああ、これ?これは刀って言うんだ。もともと先生が使っていたものを真似して作ってみたものなんだけどね」
ウィルは安全のために刃が自分に向けた状態で刀と呼ぶ剣を体の正面で少しだけ抜いてみせた。街の往来であるため人目に配慮して全て抜くことは控えた。僅かにその姿を見せた刀身をメルトは食い入るように見つめていた。丁寧に磨き上げられたその刀身は美しく、メルトの繊細な蒼い髪が風に靡く様子と蒼玉のように綺麗な瞳を実物と違いなく写していた。その精巧な造りは一般的に流通している剣の雑な造りとはまるで対照的であった。
「はぇ~、すごく綺麗……でもこれ片方にしか刃がないし反っているしなんか使い辛そうだね」
諸刃の剣しか知らないメルトは片刃の剣の使い方が想像できなった。メルトが言うことも一理ある。ブロードソードなどの諸刃の剣は諸刃であるがゆえに次の攻撃までの動作が短く連続的に攻撃することが可能となる。また、例え片側の刃が潰れたとしてももう一方の刃を使うことができるため、一度の戦闘の中で長く使い続けることができる。
一方片刃である刀は一度攻撃して次の攻撃に移る際には刃を返す動作かもう一度振りかぶる動作が必要となるため諸刃の剣と比べると攻撃速度に劣る。また、片刃かつ非常に薄い刃であるため一見消耗が早いように思える。
「あまり一般的に使われてないみたいだし想像が付きづらいかもね。こう見えて結構丈夫だし切れ味はそこら辺の剣とは比較にならないほど優秀なんだ。あんまり剣をぶつけ合うことは得意じゃないけどよほど頑丈じゃない限りは金属だって斬れたりするよ」
「刀ってそんなにすごいんだね……でもディガーをやるんだったらそんなにすごい武器いらないんじゃない?戦闘はマーシナリーとかの専門に任せちゃえばいいのに」
メルトはウィルの持っている武器はディガーを目指しているにしては少々過剰なのではないかと感じていた。ディガーという職はその性質上非常に多くの知識を求められるため戦闘技術の鍛錬まで手が回り辛い。例えば収集対象の1つであるオーパーツは強大かつ特殊な力を持つことが多く能力や効果範囲、規模を想定して臨機応変に対応しなければならない。そのため既に発掘され解明されているオーパーツの特性や、この世の理、法則について幅広い知識が要求される。既に解明されているオーパーツを扱う事、及びその資格を取得することは容易ではあるが、未解明のオーパーツは資格の取得が非常に難しい。種類によっては天災規模の事象が発生する可能性があるため、資格を持っていないものは触れただけでも厳罰の対象となる。大半の人はこれらの知識の習得に多くの時間を費やすので戦闘技術まで鍛錬する時間が無く、遺跡に潜るなど戦闘などの危険性を伴う場合はマーシナリーなどの戦闘の専門職を同伴することが普通である。この遺跡というのが厄介で、この建造物は太古に作られておりその構造や目的などに未解明な部分が多い。そして大半のオーパーツはその奥深くに存在している。オーパーツを守るように設置されている数々の罠を掻い潜ることも容易ではなく、遺跡の場所や罠の有無、挙動などを分析するためには過去に発掘された遺跡の膨大な資料を読み漁らなければならい。このようなこともディガーという職種が他の職種の技術を会得できない要因となっている。
そのようなことからメルトには刀は不釣り合いな武器だと思っていた。短剣であれば簡単な護身程度には役に立つかもしれないが、刀のように扱いが難しい武器では習熟していなければ邪魔にしかならない。確かに先ほどウィルが言っていたように飾りとしてでも持っていればゴロツキなどの面倒な相手には多少の威嚇、魔除け的なものになるかもしれない。しかし遺跡にいるような魔物や罠に対してはそのような効果を発揮しない。しかもウィルは左足に沿う形で腰のベルトに厳重に刀を固定しており、非常に抜きづらいように装備している。しかし、刀を戻して何かを思うように見つめているウィルの姿はその刀が何か特別な意味があることを語っていた。
「これはとても大切なものなんだ。先生と……大切な人との誓いを果たすために」
メルトにはウィルの表情がどこか悲しそうに見えそれ以上話を聞くのをやめた。
「ウィル君にとって、その刀は大切なものなんだね。そんな大切なものを見せてくれてありがとう!じゃあ私もお返しに大切なものを見せてあげる!」
そういうとメルトは腰の両側に付けている一対の短剣を「じゃんっ!」と言って差し出してきた。
「これ、お父さんとお母さんの短剣なんだー!」
メルトの差し出してきた短剣は刃の部分が彼女の掌より一回り大きい程度のもので、鞘の色はそれぞれ深い紺色と淡い桜色をしていた。鞘には鮮やかな黄金色の装飾が施されており、特に柄に近い部分には太陽の眩しい光を緑色に染め上げる翠玉によってあしらわれた白詰草の3つ葉がその存在を主張している。
「もともとお父さんとお母さんが今のギルドを作った時に記念に特注したものなんだよっ。ほら、ここに白詰草があるでしょ?これが私のギルドの紋章になってるの!」
メルトは嬉しそうに語った。彼女の説明によるとこの短剣の象徴とも言える白詰草は彼女が所属するギルド「シャムロック」の紋章になっており、3つある葉はそれぞれシャムロック、ブルメリア王国、そしてこの星の神であるロスメルタを表しているとのことだった。ロスメルタとはこの星の人々が信仰している存在で、一説によるとどこか遠くから流れ着きこの星とそこに住む生命を創ったとされている。しかし御伽噺の領域を出ず、その姿を見たというものは誰もいない。
「ウィル君の刀と同じように、私にとってこの2つの短剣はとても大切なものなの。私はウィル君とは違ってちゃんと使えるけどね!」
メルトはまるで短剣を持っているかのような仕草で、街の通りの出口を求めて流れていく風に合わせて踊った。風との踊りの駆け引きを楽しんでいるかのような優雅な姿にウィルはしばらく魅入っていた。やがてメルトがバランスを崩して転んだ後に「てへへっ、失敗失敗」といって照れくさそうに笑うとウィルもつられて笑った。
その後もお互いのことを少しづつ話していくうちに二人は次第に打ち解けていった。そして通り過ぎていく街の活気や人々の笑顔、そういった景色の小さな幸せを眺めながら3つ葉の紋章の旗が靡く建物まで歩いていった。