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小学生の恋物語。  作者: けふまろ
番外編
95/95

約束。  加奈

「加奈、俺もう、高校行くからな」

「はーい」

 兄が、バッグを背負って私の部屋の扉を開けた。

 兄は土曜日だというのに、部活動をしているのだと言う。


「俺今日サッカー部の練習試合だからな。……お前は、いいよな。何も無くて」


 何も無いわけじゃないのに……。

 

 想太のいない生活をして、早三ヶ月。

 今も色あせない、あの日。

 

 あの学校で過ごした青春が、まるで一つ一つ、宝物のように綺麗に輝いて。

 どう綺麗に輝いているかは、私にも分からない。

 

 苦しいことだらけだった、片想いだったあの日も、残らず輝いている。

 過ごした日々は、決して何も無駄な事などなかった。


 あの日々を思い出す度、胸の奥が苦しくなって、涙が出てくる。

 でも、思い出す度、懐かしさはこみ上げてきた。


 転校する、と知った日、私は一瞬、冗談かと思った。

 だって、朗らかな家族が、嘘をつくなんて、日常茶飯事だから。

 いつものように、私の反応を楽しんでいるように思えた。

 でも、兄の進路である高校を見て、分かった。


 市内の高校じゃない、ずっと遠い、偏差値の高い高校だったから。

 その瞬間、私は絶望した。

 想太の笑顔がもっと見たい。さえっちやミサちんともっとずっと一緒にいたい。

 

 だって、大好きな人達と別れるのは、嫌だから。


 私は、ふと、スマホを手に取る。

 あの子と、話せたら。


 きっと。

 本当に大事なことを言えるんだと思う。


 ある人をタップする。


『想太』


 見るだけで切なくなる。

 想太。

 元気かな。



 スマホを耳に当てる。

 呼び出し音が、室内に響く。


『……もしもし』


 懐かしいあの声が、耳元で聞こえる。


「想太……。久しぶりっ!」


 私は、笑った。

『!!』

 電話越しからも、息を呑む音がする。


『加奈…』


 切なそうに、想太は言う。

 やっと聞けた。


 大好きなあの声が。




『加奈。……元気にしてた?』

「元気にしてるわけないでしょっ。……ずっと元気なかったよ……」

 あぁ、涙まで出てきた。話していることが嬉しくて、でも、この電脳世界でしか話せないことに、悔しさを覚えて。


「私ね、……私ね、友達が出来たんだ。瀬戸口万里(せとぐちまり)さんって人。皆にマッキーって言われてるんだ……」


 友達。

 瀬戸口万里。通称マッキーは、クラスの人気者タイプで、モテる可愛い女の子だった。活発で明るくて、東麻呂市立第十小で言う、清香さんタイプだった。


 マッキー、と、私も呼んでいるけれど、やっぱり、私とは正反対の社交的な女の子で、転校先のクラスには、私みたいな大人しい系の女子はいなかった。皆グループで固まっては、悪口を言う。

 特にひどい人達は、ある女子と話していて、その女子がいなくなったら、その女子の悪口を言うという、最低な人達だった。


 ミサちんやさえっちが、蘇ってくる。

 あんなにおしとやかで可愛い、芯の強い女の子が、転校先の学校にはいなかった。

 そんな人達と友達になれるわけがない。

 最初のうちは、お父さんに「戻りたい」と懇願していたが、段々とその気力も失せてきた。


 私は、どれだけ自分が恵まれていたかを、知るはめになった。

 前の学校には、一緒にいて楽しい、気の合う優しいミサちんやさえっちがいた。

 騒がしい五年二組。

 萩尾さんと清香さん。

 恋敵の、裕香さんや、奈波さん、読者モデルの実優さん。

 完璧カリスマ転校生の遥君。

 遥君の片想いの相手、超絶可愛い宮野さん。

 年下の可愛い男子達、健一君、莉以君。


 そして、大好きな、想太。

 

 どの人も、皆、何だかんだ言って、良い人だった。

 そんな幸せを手放してしまうことが、どれほど苦痛か、今の私は痛感したのだった。


 今の学校には、優しさとは程遠い邪悪な空気が漂っている。

 転校生だからと言って油断していると、いつの間にかいじめられてしまうこともあるかもしれない。

 それに比べれば、直面勝負してくる裕香ちゃん達の方が、数百倍良かった。


『瀬戸口万里……か。良い名前じゃん。可愛いんでしょ?』

「う、うん。まぁ、可愛いんだけどね……」


 やっぱり、前の学校の方が楽しい。

 瀬戸口さんも優しくしてくれるけど、そこに本当の優しさはないような気がするから。

 だって、そうだよ。

 転校生が女でも男でも、仲良くするよ。女子は。

 特に男の子は、好きになってほしいがために、沢山仲良くする。


 でも、ミサちんやさえっちは、遥君に気に入られてもらうために努力しなかった。

 自然と友達になればいい。そんな考え方をする二人に、私は心底憧れていた。

 最近、電話で、「ミサちんが健一君と付き合うことになった」との連絡があった。

 ミサちんは、遥君が好きだと言ったけれど、健一君が自分に好意を向けていることが嬉しくて、付き合うことになったらしい。


「……それより、何かそっちで重大な事件ってあった?」

 私は興味本位で尋ねてみる。


『……あ、あるよ。まず、新任で本井夏輝って先生が来て、その人が保健室の氷室あかり先生と付き合うことになったんだ』


「えぇぇっっ、あの男子に人気の氷室先生が」


 私は氷室先生の顔を思い出す。

 間違いなく美人の類に入るであろう保健室担当の先生だった。


「そうなんだ。……本井先生って、何年何組担当?」

『俺らのクラス担任。……あと、俺のクラスといえば、実優と奈波が裕香をいじめたってことかな』

「マジ? あの、超絶仲良しの奈波ちゃんと裕香ちゃんが!?」


 私は飛び上がった。

 転校生の桐野実優はともかく、一年の頃からの親友である奈波ちゃんが、裕香ちゃんをいじめていたという事実に、私は驚きを隠せなかったから。


『でも、もう仲直りしたよ。奈波が本当は実優に命令されてやった事だって、ちゃんと裕香に話したんだって。……裕香に何かあったら守るとも言ってた。奈波と実優が直接対決して、言ったんだよ。

 いやぁ、あれは名言だな、奈波の』


 カッコいい。そんな事が言えるだなんて、奈波ちゃんはなんていい子なんだろう。呪いそうになった私はなんて馬鹿なんだ。


「……他には他には?」

『……あのね、これ、言っていいことなのか分からないけど』

「……?」


 見えないのに、首を捻る。

 何なんだろう。


『加奈は、俺を含めて三人に好意を持たれてたんだよ』


「っは?」


 私はまたも飛び上がった。

 ツインテールがくしゃっとなる。

 指先で整える。


「って、誰?」


 なんて、ツインテールは関係ない。私は思わず聞き返す。


『莉以と遥』


 雷が鳴り響いた。

 今は雨など降っていない。外は快晴だ。

 そして、気付いた。


 私の心の中で、雷が落ちたんだって。


「……、嘘でしょ、絶対嘘でしょ。莉以君はまだしも、遥君が私のこと好きだなんて有り得ないって。大体、遥君は宮野花音さんが好きなんでしょ」


 まくし立てた。はぁ、と息をつく。

 

『残念。嘘じゃないよ。だって、宮野さんを好きになる前、遥は加奈を好きだったんだよ? 合コンのときも、聞こえなかったようだけど、告白してたし。

 そもそも、「恐怖の大都市」のオフ会に行って、加奈に一目惚れして、転校してきたんだよ。

 キャンプの時だって、そうだよ? 皆を誘う作戦と見せかけて、加奈に振り向いてもらいたかったんだよ』

 

 想太から語られる衝撃の事実に、頭を打ち付けたくなる衝動を抑えて、何とか聞いていた。


「……そうだったんだ」


 自意識過剰すぎると言われることを承知するけど、実は莉以君からの好意は少し、ほんの少し感じていた。

 莉以君のことはそんなに驚かなかったけど、正直に、遥君が私に好意を向けていたなんて考えもしなくて、あまりにも現実離れしすぎているから、びっくりしてしまったんだ。

 



『あ、あのさ、加奈』


 

 

 どれくらい時間が経ったのか分からなかった時、ふと、想太が電話越しから声を発した。

「……? 何、どうしたの」


 私は尋ねる。今日何度目だろう。



『これから、加奈は色々な人と出会う。

 そして、新たに男の人と付き合うこともあると思う。

 中学に進んで、高校、大学と進学していって、社会に出て、結婚して、子供を産んで、孫が産まれて、お婆ちゃんになる。

 そんな長い長い人生の中で、一つ年下の、森川想太は、どれほど残っていられるんだろう。

 加奈はこれから、魅力的な人と沢山出会う。……俺よりも、イケメンでカッコいい優しい人が現れる。

 その美しさに溢れた人生の中で、俺は、加奈の記憶にどれほどいられるんだろう、もしかしたらすぐ忘れちゃうかもしれない。

 ……でも、加奈が忘れても、俺は忘れない。

 ……なんか、我がままな頼みだけどさ。


 これからも、ずっと、俺のこと、忘れないでくれない?』



 なんて、カッコいい、大人な言葉なんだろう。

 世界一大好きで、世界一幸せになれる声。

 小学校生活の中で、一番の大切な人になった。

 一年間で、色々なことがあった。

 どれも輝いている、沢山のキラキラした思い出だ。


 そんなキラキラ輝いている、素敵な思い出を作ってくれた、大好きな人を、忘れるわけがない。




「……うん。……これからも、絶対に、ずっとずっと、想太を忘れない」




 私は、笑いながら言った。

 そして更に。


『加奈』

「想太」



 大好き。

 この物語も完結することになりました。


 本当に読んでくれた人達、感謝しています。

 一番投稿歴が長いです。思い入れがあります。

 個人的に好きなのは静香です。

 本編に有り得ないくらい登場しなかった、しかも番外編で自殺してしまった子なのですが、好きです。

 なんか悲しくて切ない両想いって感じが好きです。

 こういうふうな悲しくて切ない両想いなんて、私には訪れないと思います。

 こういう人になりたいなっていう憧れです。

 死ぬほどどうでもいいですね。


 最後までこんな下らない見てくれた人は、きっと心優しい人なのでしょう。

 本当に感謝しています。

 流石にここまで見てくれるすごい人はいないと思います。

 けれど、もしいたとしたら、精一杯の感謝です。


 ありがとうございました。

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