表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小学生の恋物語。  作者: けふまろ
番外編
92/95

自殺と友達。  奈波

 それは、日曜日のことだった。

「お姉ちゃん、ちょっと来て」

 テレビでニュースを見ている妹の穂波(ほなみ)が、私を呼んだ。

「何?」

 今年で小4になる穂波は、妙に大人っぽくて、そのくせ生意気な掴みどころのない我が妹だった。

 それなのに男子にはモテるが、女子には大人っぽいから苦手意識を持たれているらしい。

 羨ましいのか微妙だった。


「お姉ちゃん、いじめって知ってる?」

 

 ドキリ、とした。

 私は、裕香ちゃんのことを言われたのではないか、と思った。

 確かに裕香ちゃんをいじめてはいたけど、仲直りをして、裕香ちゃんを守る、と約束した。

 実優ちゃんを恐れないようにって、約束した。

 

 本当は、裕香ちゃんのことがずっと大好きだったことも、打ち明けた。


「い、いじめって、何で?」

 裕香ちゃんの、悲しそうな顔が浮かぶ。

 助けを呼んでいる、その瞳を、私は今も忘れられないままだ。


「ニュース、見て」

 

 穂波は、テレビ画面を指差した。

 目を向ける。



 『速報 東麻呂市立第二小学校の六年女児、自殺』



「え? 東麻呂市立第二小って、近所じゃん!」

 私は、慌てた。

 東麻呂市立第十小に一番近い小学校で、確か楽器を運んだりするための大きめなエレベーターがあることが有名だった。


 穂波は、頷いた。

「そう、近所なの。…名前は、まだ、放送されてないけど…」

 ニュースキャスターが、話し始める。


『えー、今入った速報です。

 今日未明、東麻呂市の第二小学校で、六年の女子児童が遺体で見付かりました。

 屋上から飛び降りたものと思われます。

 学校側は、いじめの可能性もあると見て、調査を進めています。


 さて、次のニュースです。○○動物園で、パンダの赤ちゃんが生まれました』


 ニュースは、以降平和な情報が沢山入っていく。

 でも、私の心は平和ではない。


 裕香ちゃん、今まで、死にたいって思うほど、苦しんでいたんだよね…。


 

 私は、あの日、裕香ちゃんに言われた言葉を思い出した。


「私だって、死のうって、いつも考えていたよ。でも、氷室先生が、心のより所で、…いつも支えてくれた…。私、奈波のこと、一年の頃から変わらない親友だと思っていたもん。

 なのに、裏切られて、私、とっても辛かった。奈波、何でって、ずっと思ったもん」


 ごめんね、ごめんね、って何度も思いながら、悪口を言っていた。

 結局は、その心のうちは届かないのに、そんなの、偽善者じゃんって思ってしまう。

 

 だったら、もう、謝ってしまおうと決心した。

 そのときに、氷室先生と本井先生が付き合うと話されて、瞬く間に学校中の話題になった。

 実優が意気消沈しているその隙に、友達として仲直りしたのだ。


 裕香ちゃんのことが嫌いだったわけじゃない。…ただ、従うしかなかったのだ。

 思えば、実優の方が、最低だ。

 裕香ちゃんは、確かに加奈さんに悪口を言って、謝らせたこともあった。…それは、ひどいと思うけど、実優の方が、最低だった。

 とことん、デブっていじめ続けたのだ。自分の権力を惜しみなく使って。きっと、社会人になったら苦労するだろう。能力のあった方が、会社の業績もアップする。媚売っている実優は、「スカッとジャパン」に出そうな姫タイプだった。

 実優の方が、タチ悪い。そのタチ悪い実優が真っ白に燃え尽きているときに、仲直りしたのだ。


 ◆◇


 翌日。天気は雨。

 傘を持って、学校へ向かう。

 月曜日は、二つの話題で盛り上がっていた。


 一つは、大学卒業したての新任教師、本井夏輝先生と、保健室兼スクールカウンセラー代理の氷室あかり先生が付き合うという話。


 もう一つは、東麻呂市立第二小学校の、六年女児自殺の話。



 朝一番、私が登校してくると、裕香ちゃんが「おはよう」と手を振っていた。

 すると実優は、裕香ちゃんを突き飛ばした。


「奈波に挨拶するなんて、何様のつもり? ブッサイクのくせして!」

 実優は、鼻で笑った。

 たちまち皆が大笑い。



 私は我慢出来なくなって、叫んだ。


「裕香は、ブサイクじゃないよ! 可愛いよ!」


 私の叫びに、皆は「うわっ」と悲鳴を上げた。

 その中で実優だけは立ち上がって、私に向かってくる。

「は? 奈波、何言ってんの? 裕香なんて、クソブスじゃん。想太君ばっか狙って、アホみたいに」

 実優は、一気にまくし立てる。


「そんなんじゃないよ! 裕香は、一途で、素敵な女の子だよ!?」

 私は負けずに言い返す。


「はぁ? お前、生意気…」

 実優は私を敵と認識したのか、拳を振り上げ、殴りかかろうとした。

 きゃあっ、と小さな悲鳴が聞こえた。


 パシッ!


 手と手が、ぶつかり合う音。

 実優の拳が、私の開いた掌に突き刺さる。

 特別な痛みは感じなかった。


「っ!」


 私は、悔しそうな顔をする実優を睨み付ける。

「…なによっ、あんただって、いじめたくせに!」


「いじめたよ。…すっごい反省しているし、謝っても、裕香の心の傷は癒えない。

 でもその代わり、裕香が何かされそうになったら、私が守る」


 私の迫力に、実優も、皆も、何も言い出せなかった。

 

 裕香ちゃんは、目に、涙を浮かべている。


「もう二度と、裕香ちゃんをいじめないで」


 ふと、視界に、想太君が映る。

 そして、その口が動いた。


「…そうだよ、もうやめようよ、実優。…奈波が、こんなに言ってんだろ」


 こんな姿を好きな人に見られた実優は、顔を真っ赤にして、拳を下ろした。


「………もう、しない…」


 口をつぐんだその瞬間。



「大変だ! 東麻呂市立二小で死んだ女子生徒の名前が分かったぞ!」

 

 莉以君が、教室に飛び込んできた。


「ええええぇぇぇぇぇぇっっっっっ!」


 皆の視線が、一気に莉以君に集中する。

「何でっ!? 誰っ!?」


 皆ハラハラしている。


「聞いて驚かないかもしれないけど。…これは、僕の姉である美咲が遥君から聞いた話なんだ…」


 途端に、このクラスはシリアスな雰囲気になる。

 窓を打ち付ける雨も、格段に強くなった。



「立花遥君…。去年転校してきた現在六年生の、パーフェクト美少年だ。…その人の塾仲間でもある人が、亡くなったんだ…。自殺らしい。

 その名前、聞きたい人、いる? 多分知らない人だと思うけど…」


 途端に、皆が手を上げた。

 莉以君は、「じゃあ、黒板に書くよ」と、言って、チョークを掲げた。


 黒板に、文字を書く音だけが、室内に木霊する。

 書いた名前は。



『蒼井静香』



「この人だ」

 途端に皆は「誰?」と首を捻った。

「…知らないよな」

 莉以君は苦笑した。

「俺も知らない。姉ちゃんも、詳しい話は聞いてないって言うし」

 じゃあ、この話は終わりね、と想太君が言った。



「はい、皆さん、手を止めて、僕の話を聞いてください」

 朝の会。昨日に引き続き、先生が話し始めた。

「何ですかー」

 皆は手を止めて先生に向き直った。このクラスでは折り紙が流行っているのか、女子の机のあちこちに折り紙が散らばっている。


「昨日、東麻呂市立第二小学校で、六年の女子生徒が自殺した、と、ニュースで話題になりましたね。学校でも、チラホラそんな話を聞きました。非常に残念で悲しいニュースだと僕も思います。

 ですが、実は、僕の姉が、東麻呂市立第二小学校に勤務しているんです。…その自殺した六年の女子生徒は、僕の姉の教え子なんです」

「ええええええぇぇぇっっっっ!!」

 昨日に引き続き絶叫。私はチラッと莉以君を見る。

 姉繋がりだ。


「ここだけの話、僕、その人の名前知っているんだ。…教えてもいい?」


「知ってます、蒼井静香さんでしょう」


 皆が、口を揃えて答えた。


「…びっくり。何で分かるんだい?」

「莉以から聞きました」


 皆が、これまた口を揃えて答えた。

「ありゃ、そうなのか…。


 でも、一つ、教えてもいい?」


 皆は、またまた揃って頷いた。


「実は、その子、自殺した理由は、自分を好きだと言ってくれた人が殺されかけたのを見て、自殺したんだって、その子の日記に書いてあったらしい」


「えぇぇぇ!!??」


 皆は新たな新情報に、また叫ぶ。

 結局、蒼井静香という人物像は、まだあまり浮かんでこなかった。


 ◆◇


『東麻呂市立第二小学校六年女子児童自殺の件に、つい先ほど、新たな情報が入りました。

 自殺した少女の日記帳には、「好きな人が、暴力団らしき男達に殺されかけてるのを見てしまった。生きている限り、好きな人が殺されかける姿が忘れられないから、死にたい」と記述されており、警察は、暴力団らしき男性数名を、殺人未遂の容疑とみて、調査を進めています。

 さて、次のニュースです』


 ◇◆


 私は、先生から衝撃的な自殺の話を聞かされた翌日、杉の木公園に出掛けた。

 裕香ちゃんと一緒に。


 裕香ちゃんは最近、めっきり痩せて綺麗になった。

 可愛い、というか、すらっとなっているのだ。

 あんなにふっくらしていたのが嘘のように痩せた裕香ちゃんを見て、私は「時間は女を美しくさせるんだなぁ」と感じた。



「でも、奈波。静香って人、本当に、誰なんだろうね?」

 ブランコに私と裕香ちゃんが乗る。足をめいっぱい伸ばして、高く行こうと、必死にこぐ。

 私は、裕香ちゃんを見て、「分かんない」と笑った。


「君達、何で静香を誰だなんて言うんだ」


 裕香ちゃんが、「え?」と言って、ブランコの速度を緩めた。


 声のした方へ振り向くと、男の子が立っていた。

 まだ幼いのだろうか、声変わりしていない高らかな声が響いた。


「えっと、誰?」

 裕香ちゃんが、その男の子に尋ねた。


「久我広樹。…東麻呂市立第三中一年」


「えっ、年上?」

 私は驚いて一瞬手を離してしまう。

 束の間、私はグッと握り締める。あ、危なかった…。


「…何であんたこそ、静香さんって人を知ってんのよ。…友達?」

 裕香ちゃんは、しっかり久我さんを見つめた。


「…それは、僕の好きな人だから」


 沈黙が訪れる。

 まぁ、多分、そうだろうとは思っていたけど。

 蒼井静香が、好きなんだ。


 ブランコから降り、久我さんの隣にしゃがみこむ。


「…自殺を知ったとき、とってもショックだったんだ。…でも今でも想ってる…。おかしいよね、もっと魅力的な人が、世の中には沢山いるはずなのに、どうしても忘れられないんだ」

 久我さんは、寂しそうに笑う。


 もしかして、もしかして…。

 蒼井静香って人の、好きな人は…。


「…僕ね、一度、殺されかけたことがあったんだ…」

 久我さんの言葉で、確信した。


 蒼井静香という人は、好きな人が殺されかけたから、辛くて、自殺したのだという。

 今日学校から帰ってきたときについていたテレビで見たのだ。

 蒼井静香という人は、日記帳に、「好きな人が殺されかけた」と書いた。

 久我さんは、同じ日、殺されそうになった、と今しがた言った。


 こんな状況下で、蒼井静香の好きな人と考えられる人は一つだった。

 蒼井静香の好きな人は、目の前にいる、久我さんだ。



「…それを静香に見られちゃって、とっても辛くて、恥ずかしくて、悔しかった。…できれば、こんな無様な姿、静香に見せたくないなって」

 

 私は、辛そうな久我さんを見ていられず、上を見ようとは思わなかった。


「…だって、好きな人だよ? 好きな人に嫌な姿見られて…。嫌だったよ…。

 でもね、そのとき、一つだけ嬉しかったことがあったんだ…」


「は、はぁ? って、わぁっっっ!」


 裕香ちゃんは驚いて、ブランコから落下してしまった。

 今では華奢な体が、どしんっと地面に尻餅をつく。


「だ、大丈夫!?」

 反射的なのか、そうでないのか、久我さんは思いっきりダッシュした。そして、裕香ちゃんの所に駆け寄った瞬間、弾みで大きく揺れたブランコの鎖に顔面を打ちつけた。


「く、久我さんこそ、大丈夫ですか!?」


 私は苦笑して、二人の元へ駆け寄る。

「あぁ、…大丈夫…私はね」

 裕香ちゃんは、お尻を抑えている。それほど痛くはなさそうだが、問題はブランコの鎖が顔面にヒットした久我さんだった。


「痛いどころじゃないよこの痛さ! 血出てる!?」

「出てないですよ。…あははっ」


 私は、久我さんの慌てぶりに、ちょっと笑った。



「で、…その、嬉しかったことって、何ですか?」

 裕香ちゃんが、思い出したとでも言うように、言った。


 すると、その場の和やかな雰囲気が一気に変わっていく。


 私達二人に注目されている久我さんは、徐に口を開いた。


「僕が、首を絞められたとき、静香がこう言ったんだ。


『私の大切な人に、何してるんですか! すぐその手を離して!』って。


 静香が僕のこと、大切な人って思ってくれたことが嬉しくて…」


 嬉しそうなその瞳に、じんわりと涙が浮かんでいた。


「…あぁ、ごめんね。…初対面なのに、こんな長々と」

 久我さんはその涙を服の袖で拭いて、ポケットからスマホを取り出した。

「…もうそろそろ習い事が始まる時間だ…。…行かなくちゃ」

 早速スマホをしまって、走り出してしまう。

 と思ったら、またフッと止まった。

 そして、私達の方を振り返った。


「そういえば、君達、名前は?」

 

 そういえば、まだ名前を言ってなかった。


「私の名前は、裕香」

「私の名前は、奈波です」


 自己紹介をすると、久我さんは微笑んで、言った。

「裕香ちゃんと、奈波ちゃん、か…。…また会えたらいいね」


 じゃあ、と手を振る久我さんの後姿に、私は、またも、呼びかけた。


「待って!」


 私の呼びかけに、久我さんはうざがる様子もなく、振り向いた。

「なぁに?」



「蒼井静香さんは、久我さん、貴方が好きなんです! 絶対そうです!」



 私がありったけの大声で叫ぶ。

 久我さんは、目を見開いた。


 そして、笑ってみせた。


「そうだったら、嬉しいな」


 控えめな声で、そう言って、ちょっと微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ