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小学生の恋物語。  作者: けふまろ
番外編
90/95

片想いとその先。  莉以

 想太君は、今日も愛くるしい顔を見せて、裕香達と話していた。

 でも、綺麗な瞳は、いつもどこか違う場所を見ていた。

 裕香や奈波と話しているときに、いつも、ふっと寂しそうな顔をするのだ。

 きっと、加奈さんのことを想っているのだろう。

 

 僕は、悔しかった。


 もちろん、想太君に先を越されたことも悔しかったし、告白しないまま離れてしまったのが、悲しくて、辛くて、悔しかった。


 僕の方が、好きになるのは早かったのに。

 僕は、窓の外を見つめた。


 ◆◇


 あれは、忘れもしないってやつで、僕が幼稚園の年長さんのときに起こったことだった。

 そのとき姉は一年生で、仲良くなった紗枝ちゃんと加奈ちゃんという友達を家に連れてくるという話を家族にしたところだった。

 お父さんとお母さんは仲良い友達ならと、大歓迎したのだが、元々一人でいるのが好きだった僕は、断固反対した。

 でも結局、友達二人は来てしまい、僕はふてくされたのだ。

 一人は清潔な香りが漂う女の子で、もう一人は、髪をツインテールにまとめた明るい女の子だった。

 どんな女の子でも、関係ない。僕は一人で遊ぶのが好きなので、構わずに積み木を積み重ねて遊んだ。


 そして僕は遊びに出かけた。

 やっぱり居心地が悪かったのだ。

 知らない子達が来るのは、ドキドキする。

 だから、公園に向かった。


 公園で、鬼ごっこをしている人達がいたので、混ぜてもらった。

 僕と同じ年長で、友達だった男の子だった。

 その子が、暗くなったときに、自分の家まで来てと言い出して、ついていった結果、どこだか分からない、という話になった。

 男の子は家に帰ったのだけれど、僕は自分の居場所が分からなくて、泣いた。

 今考えたら、その男の子ももうちょっと考えてほしかったな、と思う。

 でも、年長さんには、そのことは頭になかったんだと思う。


 でも、その男の子は、好きになるきっかけをくれたんだ。


 泣いたけど、誰も助けてくれなくて、僕は途方に暮れた。

 誰か、心優しい人が、僕を家まで送り届けてくれますように…。


「あれ、莉以君?」


 ふいに、頭上から声がした。

「ふぇ?」

 ツインテールの女の子、加奈ちゃんが、そこにいた。

「か、加奈お姉ちゃん?」

 言葉がうまく出てこない。泣き止んでいない僕を見て、尋ねてくれたのだろうか。

「どうしたの、こんな所で。…莉以君がまだ帰ってこないって、美咲ちゃん、泣いてたよ?」

 お姉ちゃん、心配してくれたんだ。

 いつも喧嘩してばっかりなのに。…ありがとう。

「早く帰りなよ。美咲ちゃん心配しているよ」

 加奈ちゃんが、優しく言ってくる。

 違う。そうじゃない。

 帰れないんだ。


「どうしたの、莉以君」

 僕が困っている様子を分かったのか、加奈ちゃんはしゃがみこんで、僕と同じ目線になった。

「…ぼ、僕、迷子に…なっちゃったんだ…」

 言って、更に涙が出てくる。


「迷子? …じゃあ、私の家すぐそこだから、車で送るよ?」


 加奈ちゃんの言葉は、僕の心に、優しく染みこんできた。

 僕は泣きじゃくりながら、加奈ちゃんについていった。


 加奈ちゃんの家は、大きくて、マンションに住んでる僕にとっては、憧れていた家だった。

「ただいまー」と言いながら玄関からリビングに向かう加奈ちゃんに、僕はついていく。

 加奈ちゃんのお父さんとお母さんとお兄さんは、ビックリした様子だった。

「ちょ、加奈…」

 お兄さんがソファに座りながら口を開いた。

「この子、美咲ちゃんの弟の莉以君。…迷子になっちゃったんだって」

 加奈ちゃんは、僕の頭を優しく撫でた。

 すると、お父さんはお母さんと目を見合わせた。新聞を読んでいるお父さんは、気難しそうな顔をして、洗濯物をたたんでいるお母さんは、苦笑した。

 

 しばらく間があって、お父さんは、「じゃあ…」と立ち上がり、パーカーを着込んだ。お洒落でよく似合っている。

「車出すから、莉以君、マンション教えて」

「あ、私も行く! 莉以君心細いと思うから!」

 お父さんの言葉に、加奈ちゃんは、手を上げて言った。

「…じゃあ、お母さんも行こうかな。…今夜は久しぶりにレストランに行く?」

 お母さんも、ふふっと笑ってダウンを着た。

 するとお兄さんも立ち上がって、言った。

「レストランに行くんなら、俺も行くわ。じゃあ、車出そうぜ」


 そして僕は、マンションの場所を教えた。

 車に乗り込み、車が発進すると同時に、お父さんはカーナビで場所を検索した。

 目的地が表示されると、お父さんは「よし」と言い、道路に出た。


「そういえばお兄ちゃん。学校の勉強は楽しい?」

 後部座席に座ったのは、加奈ちゃん、僕、お兄さんだけだった。お母さんは助手席に座ってる。

「あぁ、結構楽しいな。…それに、深沢さんもいるし」

 お兄さんは、ちょっと頬を赤くした。

「もぉ、いくら深沢さんのことが好きだからって、私の前で言うことないでしょ~」

「あはは、ごめんごめん」

 さりげなくお兄さんの好きな人を暴露してしまい、僕は俯いてしまった。

 きっと、加奈ちゃんはお兄さんのことが大好きなんだろう。家族として、大切にしていきたいと思っているのかもしれない。


 でも、僕は、胸がチクッと痛んだんだ。


「莉以君、来年学校に入ってくるんだよね」

 加奈ちゃんが、お兄さんにクルリと背を向けて、僕に尋ねてきた。

「え、う、うん…」

 僕は頷く。

「じゃあ、宜しくね! 知ってると思うけど、私、砂月加奈。…今日から友達ね!」


 その瞬間、僕の心の中に、今まで感じたことのない感情が、生まれた。


「あ、もうすぐ着くぞ~」

 お父さんののんびりとした声が響く。

 ドキッとする。

 何でだか分からないけど、この時間が、永遠に続いてほしい。

 そんな気がする。


 マンションが見えて、僕は息を呑んだ。

 マンションの入り口に、僕の家族が険しい顔で立っているのが見えたからだ。

 怖いのは特に美咲お姉ちゃん。

 お姉ちゃんは、仁王立ちして、腕を組んで、いつかテレビで見た、般若の形相で、外を注意深く観察していた。

 僕はひえぇ…と呟いて、加奈ちゃんの服にしがみついた。

 気付いた加奈ちゃんは、僕を見てちょっと笑った。

「どうしたの…。あ、ありゃ、あれは怖いね。美咲ちゃん、いっつも男の子に向ける顔をしてるからね…」

 加奈ちゃんは、笑って、僕を抱きしめてくれた。

 それが嬉しくて、僕はちょっと笑った。

 にしても、嘘だろあんな怖い顔男の子に…。と思うと、我が姉ながら恐ろしいと感じた。



「莉以てめぇこの野郎! ぶっ飛ばしてやる!」

「うわぁ~ん!」

 僕は、姉に叱られながら泣いた。

 当然だ。外は真っ暗、寒い冬。どれだけ僕の友達が悪かろうが、ついていく僕が悪いのだから。

「言い訳は無用! …加奈ちゃん、ホンットにごめん。うちの馬鹿アホドジ間抜けの莉以が迷子になって、更に送ってくれるなんて!」

「いいよいいよ、別に。お父さんもお母さんも大丈夫だって言ってるし」

 加奈ちゃんは首を左右に揺らして、お父さんとお母さんの方を向いた。

 必死に謝る僕のお父さんとお母さんを、宥めている。

 お兄さんは、僕らのことなどどこ吹く風で、ケータイを見つめている。最新機種だ。いつの間に買ってもらったのだろう。

「…もう、お兄ちゃん、何してるの! ケータイいじんないで! 取り上げるよ!」

「わ、悪かったって。…でも、ホント謝らなくていいよ。最初は加奈が彼氏連れてきたのかと思ってびっくりしたけど、いつもは暴君の加奈にも人の心があるんだなぁって感心しただけだから!」

 お兄さんは、ケータイをポケットにしまって手を左右に振りながら言った。

 加奈ちゃんは「なんだと!?」とお兄さんを叩いている。

「そうですか? …ありがとうございます。でも、本当に、ごめんなさい!」

「謝んなくていいって。私だって人助けしたかったし」

 加奈ちゃんは笑った。


 そして、僕の頭を撫でた。


「だって莉以君、可愛いし、もう友達だもん! 大切な友達!」


 その瞬間、僕の心臓は最大限に飛び上がった。

 僕はダッシュして入り口から自分の家へと向かった。

 後ろから僕を呼び止める声がしたけど、振り返ることは決してなかった。

 ドキドキした心臓を押さえるのに、精一杯だったから。


 ◇◆


 あの時、僕は確かに恋に落ちた。

 初恋だった。

 そして、今も揺るぐことのない、想い。

 加奈さんは、転校してしまったけれど、今も、僕の心の中に住んでいる。

 そして、僕に笑いかけてくれる。

 

「莉以君。何してるの」

「え?」

 窓の外から、教室の方へと向き直る。

 そこに、奈波がいた。


「べ、別に…」

 僕は、目を逸らした。

 彼女はあざとい。加奈さん一心の僕の心に、必死に住み着こうとしているんだもん。

「ねぇ、莉以君の好きな人、まだ変わってないの?」

 奈波は、急に尋ねてくる。

 僕は、「うん」と答えた。

「…そっか、じゃあ、好きな人は、加奈さんってわけか」

 奈波は伸びをした。

「全く、このクラスは、健一と言い、想太君と言い…。遠距離恋愛してる人が多いわよね…」

 呆れたような表情で、周りを見渡す奈波。

 道具箱を整理している健一君は、想太君の親友。ついこの間、姉の美咲に告白したばかりだ。「ありがとう」と言われただけで、まだオッケーしてもらってないと言う。

 姉はこの話題については、家族に話そうとはしてないし、話すつもりもないらしい。弟の僕にはちょこっと教えてもらった。脈ありかどうかは分からないが。

 

 そして、想太君。

 僕のライバルであり、僕の好きな人の好きな人である。

 加奈さんと想太君は両想いで、僕も祝福した一人だった。

 初恋の女の子を友達に取られたのは悔しくて仕方のないことだったけど、でも、応援することにした。


「…でも、あんなに一生懸命になれる日が、来るのかな…」


 しみじみと、奈波は言い放った。


 それは、恋する女の子の瞳だった。

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