告白。 健一
桜の花びらがひらひら、と舞う。
一年生達の、色とりどりのランドセルを見る。一年生から出る緊張感は、クラス替え発表の時の僕と似ていた。
入学式でもあり、始業式でもある今日は、多くの人で賑わっていた。
転校してしまった今年六年生の加奈さんは、もう、この学校にいない。
あの『恐怖の大都市』で有名なヘヴィプレイヤーの加奈さんがいなくなってしまい、僕は無性に寂しかった。
でも、僕以上に、寂しくて、泣いている人がいるだろう。
僕の親友、森川想太。
いい香りのする服に、ジャニーズ系の可愛らしい童顔。僕の隣で歩くのが似合わないほどのイケメンだった。
想太は、必死に何かを堪えている。
「やった、健一! 俺と同じクラスだ!」
「ホントか!? やった!」
僕は想太に抱き付いた。
「よかった! 俺、もう加奈がいなくなったから…。もしも健一と一緒じゃなかったらって思うと、俺…」
想太はどうやら、加奈さんと別れたのがとてつもなく悲しいようだ。
電話やメールをしたり、休みの日に待ち合わせすれば会えるのに、学校内で会えないのがとても寂しくて悲しいようで、想太はいつもどこか寂しそうだった。
「…あ、美咲さんだ!」
「え、どこどこ!?」
想太が叫ぶと、僕は慌てて左右を見渡した。
「…あ、受け付け係だ!」
僕は見付けて、ジッと見つめた。
「あははっ、やっぱ、好きなんじゃん、美咲さんのこと!」
想太が、図星を突いた。
「…そうだけど。…想太は、何で恋バナ好きなの? 女子なの?」
僕は想太を睨んだ。だけど想太は何が楽しそうなのか、笑った。
「いやぁ、両想いなのかねぇ…。分かんないけど、好きなのに変わりはないでしょ? 美咲さんがいなくなるまで後一年なんだから、告白する準備をしてきなさい!」
想太はビシッと僕を指差した。
「こ、告白って…。しないけど…」
「またまたぁ~。頑張りなって~」
そう。僕は、佐藤美咲さんが好き。
性格とか、本当は皆を想う気持ちがあるってこととか。
紗枝さんや加奈さんとはまた違う、男の子っぽいけど、女の子のところがあるのが、僕は良い、と思うのだ。
この前紗枝さんと喧嘩したときも、もうすっかり今では仲直りしているし、今だって受け付け係の待機場所では美咲さんと紗枝さんが一緒に笑っている。
「まぁ、美咲さんが好きっていうことも分かる気がする。加奈とよく一緒にいるし、大人っぽいし、清潔感あるんだよね。俺も美咲さんの家行ったことあるんだけど、すごく片付いてたよ」
想太がしみじみと言った。
「でも、美咲さんって、好きな人いるんじゃない?」
僕は自信がない。美咲さんは親友の想い人の親友に目を向けてくれないだろう。分かっていた。
「それを聞けばいいじゃないか」
想太はそう言うけど、それは両想いの人間が言えることじゃないか、と思う。
「怖かったら、紗枝さんに聞けば?」
想太の案に、僕は思わず「いいねそれ!」と頷く。
「わっ。…ま、聞けばいいじゃん」
想太は何かが嬉しかったのか、頬を赤くして、僕の背中を押してくれた。
一年生が入学式前に教室で待機する時間になったらしい。一段落着いた受け付け係は、体育館へ向かおうとしていた。
その中に、美咲さんと紗枝さんもいる。
僕は、紗枝さんに尋ねた。
「あ、あの、みさ…じゃなくて、紗枝さん!」
振り返る紗枝さん。
「ちょっと、いいですか?」
美咲さんはニヤッと笑う。紗枝さんが「もう、そんなんじゃないって」と苦笑い。
「じゃあ、紗枝。私、一足先に席についてるわ。紗枝も早く来てね」
「はーい」
裏庭に呼び出す。
「どうしたの、健一君…だっけ?」
紗枝さんは首を捻る。期待しているという素振りは全く見せない。初恋未経験なのだろうか。
「あの、美咲さんって、好きな人いますか?」
突然の尋ねに、紗枝さんは「えっ」と面食らっている。
僕があまりにも突然そんなことを聞くものだから、びっくりしているのかもしれない。
「あぁ、美咲ちゃんの好きな人は、いるよ」
紗枝さんは微笑む。
「そ、それは誰ですか!?」
僕がグイグイ行くと、紗枝さんは一歩身を引いた。
「それは美咲ちゃん本人の口から聞いた方が良いんじゃない?」
紗枝さんの言葉に、僕は少し浮かれた。
それって、もしかして…。
立ちすくむ僕を横目に、紗枝さんは立ち去ろうとした。
そして、去り際に、僕の耳元で囁いた。
「美咲ちゃんのこと、好きなんでしょ? 頑張ってね」
「は、はい…」
僕は頷いた。
ほのかにローズの香りがする。
後ろを振り向くと、もう紗枝さんは体育館へ向かっていた。
◆◇
偶然。偶然だった。
クラブ活動初日。
僕は家庭科クラブに所属した。
五年生は家庭科が始まると言うし、そもそも僕は、折り紙を折ったり、料理を作ったり、裁縫するのが好きだから、家庭科クラブに所属したのだ。
初回は自己紹介と来週の材料調達のためにスーパーへ行く。
この学校のクラブ活動は、学校外に出てもいいというスーパー自由な時間なので、スポーツ系のクラブに入っている人は、近所の大きな公園で試合することもしばしばあった。
家庭科クラブは、一年間、一緒の班グループと活動する。
今日、すなわち初回に、僕は早めに家庭科室に到着した。去年も家庭科クラブだ。
ランドセルを、授業でもクラブ活動でも使わない机に置いて、自由に座ってよい席に座る。
誰が来るのかな、と胸を躍らせていると、女子がワラワラと入ってくる。
その中には、去年水泳クラブに所属していた奈波と、去年吹奏楽クラブに所属していた裕香がいた。
僕と二人は、五年間も一緒のクラスだった。
「あ、なんだ、健一じゃない。女子ばっかりの家庭科クラブに、よく入ろうと思ったわね」
奈波が早々、大きな声で言った。
「今年一年家庭科クラブで一緒に活動する奴に対する第一声がそれかよ」
「そうですー、第一声がこれでーす。悪かったわね」
奈波がベーっと舌を出す。
僕は舌打ちして、窓の外を見つめる。
美咲さんは、どのクラブに所属しているのかな…。
僕がそんなことを思いながら、窓の外を見つめていると、突然家庭科専門の女の先生が、パンッと手を叩いた。
僕が前を向くと、いつの間にか殆どの人が席についていた。
しかもそれが女子ばっかりで、男子は僕を含めて四人しかいない。
「はーい、出席をとりまーす。…あ、二人女の子が来てませんね…」
そのときだった。
「すいませーん、日直の仕事が長引いてしまって、遅れましたー!」
家庭科室の扉がガラガラッと開く。
二人の少女が現れる。
紗枝さんの姿と、紗枝さんに腕を引っ張られる、美咲さんの姿だった。
「っっっっっっっっっ!!」
頬を赤く染めた。
「はい。…山田さんに佐藤さんですね」
ハァハァ、と息を荒らげる二人は、ランドセルを使われていない机に置き、僕の前の席に座った。
「…では、皆揃ったところで、出席を取ります」
先生が声を張り上げた。
学校周辺のスーパーに来ると、皆はわくわくした様子で、先生を見た。
「はい、皆さん、今から買い物リストをあげるので、よく聞いてくださいね」
家庭科担当の先生は、各班に買い物リストを配った。
各班、とは、くじ引きで決まった。
俺の班は、美咲さん、裕香、後四年の女子、だった。
四年の女子は笹内さん、という。彼女は剣道を習っているらしい。何か、微妙…。
しかし、美咲さんと一緒になれたのは奇跡である。
今年中の運を使い果たしたんじゃないだろうか。
そう思いながら、スーパーに入る。
「じゃあ、ペア決めしましょ」
裕香がスーパーの入り口で大声を張り上げる。
「…僕は別に何でもいいよ…」
僕が呟くと、裕香は「じゃあ」と答えた。
「私、笹内さんとペアになる! アンタは美咲さんとペアね!」
その瞬間、僕は救われたような気分になった。
裕香ありがとう! マジ天使!
思わずそう言って叫びたくなる衝動を抑える。
裕香は、ニヤニヤと笑っていた。
あぁ、何だ。僕が美咲さんを好きなの、知ってるんじゃん。
「ねぇ、健一君」
美咲さんは、急に尋ねてきた。
買い物カゴの中には、砂糖やら卵やら小麦粉が入っている。クッキーを作るらしい。
「何ですか?」
僕は足を止める。すると美咲さんも僕に合わせて足を止めてくれた。
「…遥君がさ、宮野さんのことが好きって、知ってる?」
僕は、聞いた瞬間、ショックを受けた。
美咲さんは、もしかして遥君のことが…。
「…初耳」
「そっか。だよね~。初耳だよね~。私もこの前聞いたんだよ~」
美咲さんは、語尾を伸ばして、そんなことを言った。
「…ねぇ、美咲さんって」
僕が言うと、美咲さんは「ん?」と首を捻った。
僕は慌てて口を塞ごうとする。
違う、そんなことを言おうとしたわけじゃないのに。
「遥君のこと、好きなの?」
僕の問いに、美咲さんは多少驚き、目を左右に動かしながら、諦めたように言った。
「うん。好きだよ」
そして、決定的なショックを受けた。
何で尋ねてしまったんだろう。傷付かずに済んだはずなのに。
きっと、美咲さんは、僕が自分のことを好きだなんて思ってもいなかったんだろう。
だから、好きな人も難なく言えたし。いや、まずそもそもボーイッシュな美咲さんは自分が恋愛対象として見られてるなんて思いもしないんだろう。
きっとそうだ。
「だってさ、遥君は、パーフェクトじゃない? 前までは神田君も良いなって思ったんだよ。…でも、パーフェクトな遥君を見て、段々惹かれていったんだ」
神田君には、好きだって、ちゃんと言ったよ、と、まるで美咲さんらしくないことを言っていた。
「でも、遥君は宮野さんのことが好きって言ってたし、私のことは全く眼中にないんだろうなって思う」
美咲さんは、苦笑した。そして、牛乳を掴んで、カゴの中に入れた。
「…そういう健一君も、好きな人いるんじゃない?」
美咲さんが微笑みながら言った。普段はボーイッシュなのに、元から女子っぽい顔を更に女子っぽくさせて笑う、その姿が可愛らしかった。
だから、好きになったんだって。
言うのは、今しかないと思う。
いう機会を逃してしまったら、絶対後悔するって。
心の中で、もう一人の僕が語りかけてくるようだった。
「…僕は、美咲さんが、好きですよ!!」
僕は、美咲さんに聞こえるように大きな声で言った。
美咲さんの顔は…。
頬がバラ色に染まっている。そして、大きな瞳に、涙を浮かべていた。
「う、嘘でしょ?」
「嘘じゃないです! 本当です!」
僕は、言い終わった後に、テヘッと笑った。
ありがとう。
美咲さんの口は、そう動いていた。




