仲直りと二人。 美咲 紗枝
私、山田紗枝は、美咲ちゃんのマンションに来ていた。
「佐藤」と書かれた表札。この前遊びに来たところだ、よく分かる。
空蒼ちゃんの家も、このマンションだとこの前分かった。
「…」
美咲ちゃんに殴られた頬は、まだ痛い。
万引きしたなんて、真っ赤な嘘だと思う。
だって私は、ちゃんと相沢空蒼ちゃんをレジから遠くへ連れてって、そこで会計を済ませたもの。
だから、万引きなんてしてない。
だけど、美咲ちゃんは実優さん達の嘘にまんまと騙されてしまって、それで私と喧嘩する羽目になった。
ピンポーン、というチャイムが鳴る。
ドキドキして、胸を抑える。先生に頼まれたプリントが、かさっと音を立てる。
『はい』
ひどく冷静な声がする。美咲ちゃんの声だろう。
「あ、あの、山田、紗枝です。…美咲ちゃん、ですよね…?」
すると、インターホン越しに、美咲ちゃんは舌打ちした。
『紗枝? もう来ないでよ。万引き犯なんでしょ? そんな最低な奴と友達だなんて嫌だよ』
言い方は普通だったけれど、でもそれが自分に向けられていることを知ると、急に涙が出てきた。
「で、でも。一応、プリントだけでもと…」
『何泣いてるの。私だって泣きたい気分だよ? …じゃあ、プリント貰うから、さっさと帰って』
自分が、美咲ちゃんにこんなにも嫌われているんだと知ると、浮かべていた涙が、頬を伝って、床に落ちた。
「み、美咲ちゃん?」
私は思わず尋ねる。
『何?』
めんどくさそうに言う美咲ちゃん。
「ごめん!」
私は、謝った。
美咲ちゃんの息を呑む音が、インターホン越しに分かった。
『あ、あのさぁ、謝るのは、万引きした店に対してだよ? 紗枝、私と仲直りしたいって思ってるんでしょうけど、まずは謝るのが最初…』
「違う! 万引きなんてしてないよ!」
私は、思わず叫んだ。
『っ…。…入ってよ!』
美咲ちゃんは何故か、家に招きいれてくれた。
何で? って思ってると、ふいに後ろからざわめきを感じた。
振り向くと、このマンションに住んでるであろうおばさん達から、ざわざわ、とした雰囲気が漂う。
佐藤さん、何かあったんでしょうかね、という声がした。
あぁなるほど。きっとおばさん達に言われるのが嫌だから、招いたんだ。
美咲ちゃんって案外、人目を気にするんだな、と思う。
今までそんなことが分からなかったのは、美咲ちゃんと一緒にいるときに、人目を気にする様子は無かったからだ。
それは、美咲ちゃんが、私達と一緒にいることを恥ずかしく思わなかったっていう証拠だった。
でも、今は、人目を気にするほど、私と一緒にいるのが恥ずかしいって思ってる証拠だ。
それが、無性に悲しくて、そして何故か、悔しかった。
家に入ると、美咲ちゃん家の芳香剤のいい匂いがした。ラベンダーの香りだ。
「あ、何か、勝手にあがって、ごめんね! な、何か買ってこようか?」
駄目だ、どうにも他人みたいな言い方になってしまう。
「別に。余ってるから、クッキーどうぞ」
美咲ちゃんは、慌てる私に戸棚からクッキーを差し出した。
「あ、ありがとう」
差し出されたクッキーの包装紙を破って、私は口にした。
美味しい。これは、お父さんが一ヶ月に一回買ってきてくれる高級クッキーじゃないだろうか。弟の枝理人が大好物だと語っていたクッキーを余っていると言って客人の出してくれるとは、美咲ちゃん、スゴイ。
「美味しい? それお父さんがボーナス出たときに買ってきてくれたの。そこらで売ってるクッキーじゃないよ。…ま、紗枝はいつも食べてそうだけどね」
美咲ちゃんは、笑った顔を見せてくれた。
その笑顔は、可愛らしい。
「…でも、ごめんな…」
美咲ちゃんは、急にしんみりとした面持ちで語りかけた。
「え…? ごめんって、万引きの、こと?」
私が尋ねると、美咲ちゃんは頷いた。
「だって、万引きしてないんだろ? 私が紗枝の話を聞こうともしないで、怒ったりするのが悪いんだよな。本当に、ごめん…」
私は、黙って聞いていた。
「そもそも、茉莉花の言うことを信じるのが悪いんだよな。…あいつなんて、嘘と馬鹿と女子力と血と肉と骨で出来てるような奴だもんな」
その例えに、私は、笑った。
「だから、一年からの親友を、信じなくてごめん」
「ううん。…私こそ、疑われる行動をしたことがいけなかったんだよ。…ごめんね」
スルスルと、言葉が出てきた。
「…だから、仲直りしてくれる?」
「うん」
美咲ちゃんは、私の言葉に頷いた。
私は、顔に笑みを浮かばせて、叫んだ。
「ありがとう!」
友情は、今も壊れないまま。
三人で一緒。
◇◆
だけど、加奈ちゃんが転校したから、二人になった。
六年生は、色んなことがある。
それを、加奈ちゃん無しで経験してしまうのは、やっぱり寂しい。
加奈ちゃんの家に、最後に行ったとき。
思い出を語りながら美咲ちゃん、莉以君と歩いていたとき。
前方に、誰かが倒れているのを見付けた。
私達は、こんな人気の無い所で倒れている人を不審に思い、慌ててかけて行った。
「どうしたんですかー!?」
しゃがんで顔を覗きこむ。
そして、「あっ」と叫んだ。
「遥…君!?」
私は思わず遥君の体を起こした。
「どうしたの、遥君!?」
美咲ちゃんは呼びかける。
「…美咲…さんに、紗枝さんに…、莉以、君?」
遥君は、話しかけてくれた。
「よ、よかった、意識はハッキリしてるんだね」
莉以君はホッと意気を吐いた。
「…どうして倒れてるの?」
美咲ちゃんが尋ねる。
「それは、加奈さんのことなんだ…」
遥君は、加奈ちゃんの家に行こうとしていることを、話してくれた。
「そっか。じゃあ、遥君も私達と同じなんだね。…じゃあ、一緒に行く?」
私は遥君に尋ねた。でも遥君は、首を横に振った。
「でも、行きたくないんだ」
「え…?」
美咲ちゃんは、訳が分からない、といった様子で遥君を見つめる。
「もしかして、転校する、引っ越すという事実を飲み込みたくないから、そんなこと言ってる?」
莉以君の言葉に、遥君は頷いた。
「僕、前に宮野さんが好きって話、したよね? …でも、同時に加奈さんを忘れられないでいた。加奈さんを想って、公立小学校に転校してきて、…なのに、そんな軽々しく宮野さんを好きになってはいけないって」
そして、遥君は急に声のトーンを落とした。
「だけど、卒業式があった日の塾で、宮野さんが、久我広樹っていう人に告白したって話してくれて…。そして、僕の恋心はあっという間に消え去ってしまって…。
…そのとき、自分は加奈さんのことがまだ好きなんだって、気付いた。だから、加奈さんに想いを伝えたかった。…でも、遅くって…。
だから、家に行こうとしたんです…。でも、加奈さんと過ごした色んな日々を思い出したら、辛く、なって…」
遥君は、涙をズボンの上に滴らせた。
大人っぽい遥君が、大切な人と別れたために、号泣しようとしている。
泣きたいときは、泣いていいんだよ、と言いたかった。
すると、美咲ちゃんは遥君を立ち上がらせて、言った。
「…そっか。…遥君は、まだ加奈のことが好きなのね。…そうだと思ったわ。…じゃあ、行きましょう」
美咲ちゃんは、遥君の肩を引いて歩き出す。




