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小学生の恋物語。  作者: けふまろ
花音の想い。
82/95

事件。

 蒼井静香をライバル視してから、四ヶ月がたった。


 夏休みが過ぎて、運動会も終わり、いよいよクリスマスが近付いた頃。

 遥君が想っていた加奈さんと出会い、更にその友達である美咲さんや紗枝さんとも仲良くなり、更にその三人は、壊滅的な私の家庭力にアドバイスしてくれた。


 日曜日の夜。

 布団の中で、私は二段ベッドの上で寝ている弟の葉音に声をかけた。

「葉音。もうそろそろクリスマスだね」

「どうしたの、しみじみと言って。…彼氏でも出来たの」

 弟は目ざとく反応したようで、スパイのように小声で言った。

「嫌だなぁ、そんなんじゃないって。…じゃあ、おやすみ」

「お、おやすみなさーい」

 弟の意見を素早く回避し、私は眠りについた。弟は不快そうだったけど。



 月曜日の朝。

「花音ちゃん、おはよう!」

「おはよう、彩ちゃん。一緒に学校行こう」

「うん!」

 歩道橋で私は彩ちゃんに声をかけられた。そしてそのまま二人で学校へ行く。

 夏休み明けまで黒かった彩ちゃんの肌は、今は雪のように白かった。


「ねぇ、最近久我先輩とはどうなったの?」

 突然、彩ちゃんは尋ねてきた。興味津々とでも言うように。

「ど、どうって…」

「蒼井静香は、どんな子ってことも、分かる?」

 彩ちゃんはグイグイ聞いてくる。

 この四ヶ月間、色々調べた結果、分かってきたんだけど…。

「一応は分かるんだけど…」

「へぇ、じゃあ、教えて教えて」

 彩ちゃんは目をキラキラ輝かせる。着ている赤紫のコートが似合わないくらいの、子供の目だった。


 蒼井静香は、同じ学校(違うクラス)、同じ塾で、同じクラス。

 国語や社会などは結構出来るけど、理科や算数が全然駄目。所謂文系。

 将来の夢はまだないけれど、とりあえず、目立ちたくないけど、自分の思いを伝えて、分かってくれたらそれで良いと言っている。

 更に結構泣き虫。あまり泣かないけど、流石にって事ではメチャクチャ泣く。塾でも泣いた姿を見かけた事があった。

 更に、常に大人っぽい事を求めていて、私ぐらいの年齢に流行っているもの等は、軽く受け流す。どちらかというと、大人が読むような小説を持ち歩いている。

 塾にいる滑るギャグを言う先生に、何も言わずに、ただ冷ややかな目で睨み、鼻で笑う。そんな子だった。


「へぇ、蒼井静香って、私達から見ると、何考えてんのか分からないのね」

 彩ちゃんは相づちを打った。彩ちゃんのストレートロングヘアーが風になびく。

 彼女は最近、肌も白くて髪も長いから、男子から「雪女」と呼ばれている。

「何か、彼女も久我さんを好きそうなんだよね。…不安だなぁ…」

 私はライバル出現によるショックに、今もまだ慣れてない。

「まあ、気にすることはないわよ。花音ちゃんの方が、可愛いから」

 彩ちゃんは私のランドセルをポンポン、と優しく叩いた。

「ありがとう、彩ちゃん」

 私はこんな優しい親友がいることに、心から感謝した。



 学校に行き、いつもの授業を受け、いつも通りに帰宅する。

 クラスが一緒の彩ちゃんと一緒に下校しようと、一階へ向かう。五六年は、一番上の階、四階なのだ。

 今日は男子が女子を殴ったということで、帰りの会が先生の話で長引いてしまった。だから、他の人達はもうとっくに帰っていたし、靴は先生の分しか残っていなかった。

「先生、さようなら~」

「はい、さようなら~」

 私は担任の先生に挨拶し、下駄箱から靴を取り出し、靴を履いた。

 私は、下駄箱で突っ立っている彩ちゃんに、「ほら、彩ちゃんも」と振り返りざまに言った。

 

 だけど、彩ちゃんは、ずっと廊下の角の向こうを見つめていた。

 下駄箱近くの廊下は、曲がり角になっていて、昇降口の方へ行くと、曲がり角から先のものが見えない。

 彩ちゃんが立っている所からは、曲がり角から先が見える。

 私は仕方なく靴を脱ぎ、彩ちゃんの方へ駆け寄った。


「もぉ、どうしたの、彩ちゃ…」


 彩ちゃんの方へ駆け寄り、彩ちゃんと同じ方向を見ると、言葉が出なかった。

 そこに、あの人達がいた。


 頬を押さえて目に涙を浮かべている、蒼井静香。

 蒼井静香の前に立ちはだかって、険しい顔で睨んでいる、久我広樹先輩。

 そして、そこを囲むように立っている、久我先輩に睨まれる背が高い男子達三人。

 まるで、アニメや漫画に出てきそうなシチュエーション。

 その情景から手に取るように分かる話の大まかな内容。

 

 私の視界が、思いっきり滲んだ。



「だからよぉ、何でそいつかばってんの? ぶつかってきたのこいつなのに」

 背が高い男子の一人が、大声で言った。夕焼けに照らされる廊下で、茜色に輝いた蒼井静香が、息を飲むのがはっきり分かった。

「だから、広樹ぃ。蒼井とかいう奴が悪いの。…お前は退けよ!」

 もう一人の男子が、体の小さい久我先輩を投げ飛ばした。壁にぶつかった久我先輩は、小さく悲鳴を上げた。

「久我さん!」

 蒼井静香が目を見開いて久我先輩の元へ駆け寄る。

「お前はこっちだ」

 だがその行為は空しく、背の高い男子に髪の毛をガシッと掴まれる。

「いっ!」

 背の高い男子に邪魔されて、蒼井静香の顔が見えない。だが、恐怖でゆがんでいる事だろう。

「お前さ、謝れよな。何でもかんでも広樹にかばってもらえると思うなよ」

 低い声が聞こえ、蒼井静香が「ひっ」と小さく叫ぶ声も聞こえた。

「…ご、ごめんなさ…」


「やめろっ!!」


 急に久我先輩は立ち上がり、背の高い男子の一人に頭突きした。その頭突きはみぞおちにヒットし、男子は「うぐぇっ」と悲鳴を上げた。

「おい、広樹!」

「久我さん!」

 何てことしやがった、という表情で睨みつける男子と、泣きそうな顔の蒼井静香。

「邪魔だ! …静香! 大丈夫?」

 久我さんは涙目の静香を心配するように、背中を擦った。

 私は、膝の震えが止まらなかった。

 歯もガタガタ震えて、涙も、床に滴り落ちる。

「…、か、花音ちゃん?」

 私の様子がおかしいと気付いたのか、彩ちゃんが私の顔を見た。

「…、も、もう帰ろう?」

 彩ちゃんは私の事を気にしてくれたのだろう。

 でも、その気遣いは、必要なかった。

「平気…。私は、平気だよ。帰りたいなら、帰って、いいよ」

 どうしてもカタコト言葉になってしまう。歯がガチガチ言っている。もう少しその音が大きかったら、あの人達に見付かるところだった。

 彩ちゃんは、仕方ないと言った様子で、「分かった、もう帰るね」と、その場を後にした。


秋場(あきば)、ぶつかったぐらいでカッカするなよ。…静香は何も悪くないし、泣いてるし…」

 一人きりになった私は、久我先輩の言葉に、更に涙がこみ上げて来た。

 私は何も関係が無いのに。ここで何があっても、久我先輩は私がここにいる事に気付かないのに。

 なのに、久我先輩に庇ってもらっている静香を見ていると、胸がチリチリと痛む。

「あぁ? お前さぁ、広樹。こいつはぶつかってきたくせに無言なんだぜ。ごめんなさいぐらい言えばよかったのに」

「…それでも、お前が怖かったんだよ、静香は」

 二人は睨み合った。

 

 漫画みたいなシーンだった。


 静香が憎い。静香と、入れ替わりたい。

 本当は、そんな事、思っちゃいけないのに。


「…もういい。二人とも全然反省の色ないし。…ボッコボコにして」

 秋場、と呼ばれた男は、残る二人の男に命令した。

「了解」

 二人は、無機質な声を出して、久我先輩に飛び掛った。


「うわぁぁぁっっっっっっ!」

 久我先輩が、叫んだ。

 私も、叫ぼうとした。

 だけど…。


「久我さぁぁぁぁぁん!!」

 

 私のものではない、静香の悲鳴が聞こえた。

 私は、泣きそうになった。


 ふざけんな、ふざけんな。

 何もかも、私が言いたかった台詞を乗っ取って。

 だけどそのとき、私は思い知った。


 私は、久我先輩と一緒にいるべき運命じゃないんだって。

 久我先輩と、一緒にいるべき運命なのは、蒼井静香なんだってこと。



「もう、ここまでにしてやりな」

 秋場の冷静な声で、二人は群がっている久我先輩から離れた。

 そこから、顔が腫れて、気絶した久我先輩が現れた。

 絶望しきった、静香の顔も、よく分かった。

「じゃ、もう帰ろうぜ。…よし、二人共、行くぞ」

「はい」

 三人の男が、こちらに向かってくる。

 私は慌てて外へ出て、体育館の方へダッシュした。放課後に遊ぶ子供達が見える。

 いつもと変わらない日常風景だったけど、私の心は、何か変わっていた。


 体育館の水飲み場に隠れて、私は背の高い男三人が去っていくのを見送った。

 男達が去っていくと、私は急いで一階の廊下の曲がり角へと戻った。


 その廊下の曲がり角では、すすり泣く声がした。

 私は、その泣き声が誰のものなのか、一発で分かった。

 私は音を立てぬよう、曲がり角の方へと向かう。

 

 予想通り、静香は泣いていた。

 それも、久我先輩に寄り添って。

 何から何まで、予想通りだった。


「久我さん…」

 

 突然、静香は言った。

 私はその言葉に目を見張る。今までの響きとは、まるで違ったからだ。

 私は、静香を凝視する。

 

 すると、静香は、突然辺りを見回した。

 思わず私は曲がり角の壁に隠れる。

 静香は何を考えているんだろう。


 しばらく私は、壁に身を潜めていた。

 …静香は何をする気なんだろう。

 やがて、その言葉が頭に残り、私は思わず二人の方を見た。


 そして、凍った。

 静香は、久我先輩を抱きしめていた。

 真顔で。


 私は、思わず飛び出した。


 いきなりの出現に、静香はびっくりしたのか、「わっ」という悲鳴を上げた。続いて久我先輩も、「わっ」と悲鳴を上げた。

 そして、静香に抱きしめられているのが分かると、「静香…」と呟いた。


「…宮野さ…」

「ひどいよ、蒼井さん!」


 静香は、驚いた表情を浮かべている。口調がいやに落ち着いていて、わざとではないと分かっていても、怒りがこみ上げて来た。


「アンタ、久我先輩の事、好きなの? 好きだから、そうしてるんでしょう」

 私は率直に言葉を放つ。静香は目を見開いて、それから、下を向いた。

 久我先輩は、どういう状況か分からないようで、「え? え?」と私と静香を交互に見た。


 これは、女同士の闘いなんだ。


「久我先輩の事、好きなんでしょう? 分かんないって言ったら、殴るわよ」

 いつもは大人しい私の発言に、流石に静香は驚いたようで、目に涙を溜めている。


 静香は、シクシクと泣き出した。

「何泣いてるの。私だって泣きたいよ」

 静香は、私の強気な言葉に、呟いた。

「え? 何?」

 私はイラついた様子で、静香に耳を向けた。

 

「ごめんなさい。…好きかどうか、分かりません…」


 その瞬間、私の怒りは爆発した。

「はあ? 好きでもないのに、抱きついたの? 好きでもないのに中休み一緒にいたの? 好きでもないのにかばってもらったの? 最低じゃん!」

 

 静香は、私の言葉に、今までで一番びっくりした表情だった。


「ご、ごめんなさい…」

 高く、掠れた声を発して、静香は走り去っていった。

「静香!」

 久我先輩は、静香を追いかけようとして、静香が走り去っていった方向に向きを変えた。

「待ってください!」

 だがその前に、私が引き止めると、久我先輩は立ち止まって、振り返った。


 その瞳に、涙が浮かんでいた。


「久我先輩…。久我先輩は、誰が好きですか?」

 ふいに、そんな質問が浮かんだ。

 思ったことを口に出して言ってしまい、私は「しまった」と思い、口を塞いだ。


 だけど、久我先輩は、答えてくれた。


「別に、今好きな人はいないよ」

 私は、ホッとした。好きな人がいないなら、久我先輩を振り向かせれば良いだけの事だった。


 だけど、その後の言葉で、私の視界は滲んだ。



「だけど、蒼井静香は、僕のために、涙を流してくれた。僕は、蒼井静香が気になってるかもしれない」

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