陽彩の部屋へ。
ふと窓の外を見ると、白い雪が降っていた。
クリスマスに降ったばかりだというのに、まだ降り止まない雪に、俺は久々に加奈に会いたくなった。
そういえば、スマホに加奈から何か来てるかな。
俺はスマホを立ち上げる。途端に、階下から「想太ー、どう?」という母親の声が聞こえた。
「分かった、今から行く」
俺はスマホの電源ボタンを押して、ポケットにしまった。
コンコン…。
中指で「陽彩」というネームプレートが掛けられているドアをノックした。
「あの、陽彩さん? 想太です…。お姉さんの子供の」
自分の声は、驚くほど小さかった。普通なら、もうちょっと声が出せたのに。
今更ながら、自分が声を出した事実を恥ずかしく思い、壁に背中を押し付けた。
しばらく、黙っていた。階下からは紅白歌合戦が始まる五分前を知らせる音がする。
今年の紅白歌合戦の司会は、アイドルグループのリーダー的存在の男性と、美人女優と知られている女性らしい。
声で分かる。今年、メディアに引っ張りだこにされた二人だからだ。
俺はスマホを見た。「加奈」と表示されたところをタップしてみる(キャンプの時とは違うネームに変えた)。すると、一時間前に、着信があった。
「あっ。何だ?」
『今日は大晦日! 私は白組が勝つと思う! お兄ちゃんは紅組だって! 想太はどっちが勝つと思う?
そういえば、三学期になると、バレンタインデーとホワイトデーがあるよ! 遥君の前の学校の先生は、男子に付きまとわれたんだって。怖いよね。
勿論想太には一個五百円のチョコあげるよ! ホワイトデーのお返しに期待してます。今から期待しちゃ早いよね。だってまだ新年明けてないもん。
でも私は、年末でも想太と過ごしたかったなぁ。…でも、しょうがないよね。私は私で元気に過ごしてます!
来年も宜しくね! 加奈』
「加奈め…」
俺は微笑んで、スマホをポケットにしまった。
一個五百円のチョコって、絶対お返しに期待してんだろ。
そんな遠回しに言ってくる言葉がまた加奈らしいんだけど。
「あの…」
「うん? って、うわぁ!」
俺は、声のする方に、目を向けた。
そこに、ドアの隙間からおずおずと覗いた陽彩さんの姿があった。
「何もそんな驚く事じゃないでしょ?」
陽彩さんは悲しそうに言った。
そんな事よりも、無口な陽彩さんが。
「喋った!」
俺はその事にばかり集中して、陽彩さんの部屋の中を見たときに、びっくりした。
「まぁ。中、入って」
「はぁ、はい…。って、ひぁっっっ!」
薄暗い部屋だった。
電気も点けてなければ、カーテンも閉め切っている(こんな天気が暗い日にカーテン開けても意味ないけど)。テレビには、アイドルグループが踊っている姿が映し出され、壁にはジャニーズのポスターやジャニーズが写った新聞の切抜きが貼ってあった。
一人用のベッドには、恋愛系の漫画が山になっていて、ゴシップ誌は隅っこの方で高いタワーを作っている。パソコンには本体の方にアイドルの写真が貼ってある。
この人がBL方向に走らない事が不思議なほど、部屋はアイドルだらけだった。
「貴方、今絶対、こいつやべぇ奴だなって思ったでしょ」
「思いました」
ここは素直に言った方が良い。「いえ、別に」とか曖昧な返事すると、この人は一生この部屋から出てこない気がする。
「そう…。まぁ、子供っぽくて素直だと思うわね」
寂しそうな声が頭上からした。
俺は陽彩さんの顔を見る。
ぼさぼさの髪の毛は貞子みたいなイメージで、整っていた顔は、その形は失われてはいないものの、痩せこけていて、お世辞にも美人とは言えなかった。
あと失礼かもしれないけど、物凄く口が臭い。口呼吸ばっかしてるから口が臭いんだ。ちゃんとうがいしてるのかな。
なんて説教たらしい事を思ったが、口には出さなかった。言っても好感度を下げるだけだ。
「あの、お聞きしたいんですが…」
「ん? 何?」
俺が発した言葉に、陽彩さんは反応して言った。
「何で部屋から出ないんです?」
俺がおずおずと質問を言うと、陽彩さんは溜息をついて、言った。
「そっか。…それを知りたいのね」
陽彩さんは床に座る。俺が床に座ると、陽彩さんは押入れから座布団を一枚用意して、俺の所へ投げた。
俺は、陽彩さんのささやかな厚意に甘えて、座布団に座った。
「じゃあ、まず、何で結婚を拒んだのか、についてね」
そう言って陽彩さんは、テレビの電源を落として、喋り始めた。
窓の向こうで、雪が降っている。
紅白歌合戦と、陽彩さんの話が、始まろうとしていた。




