お飾り陛下は要らないですよね? じゃあ、そういうことで!
今回は5000文字程度。
とある世界の、言い伝えです。
とある世界には、レリィーセレモラという女神様が居られます。世界が生まれた時からずっと一緒だったそうです。そんな女神様はとても慈悲深く、生きとし生ける存在に、我々のような人々に恵みを多く与えて下さいました。そんな女神様が治めている世界は、安定していて、誰もが皆、幸せに暮らしていました。
ある日の事です。女神レリィーセレモラ様は言いました。
『これからは、私に頼らず、皆の力で生きなさい』と。
女神様はいつもは、とある女神様専用の神殿に居られましたが、この時ばかりは人々の顔をすべて見やるように、空にそのご尊顔を映し出して、そう言ったのです。人々は恐れました。女神様が何かお怒りなのかと。そして、もう女神様とは会えないのだろうか、と。
女神様は、人々の嘆きを感じたのか、続けてこう言いました。
『再び、私と会いたければ、自分たちで世界を育てなさい』と。
どういう意味なのかは、その時は、よく解りませんでした。
けれど、人々は女神様が去った後、どうにかして世界を育てようと試みました。
そうして、数十年が経ちました。
そんな、ある月の事です。突然、女神様が再び姿を現したのです。
会いたかった、逢えなかった女神様に、人々は感激しました。そして、人々は我々が女神様を満足させられたのだと、だからこそ、女神様はお姿を見せてくれたのだと、嬉しくお思いに成りました。
しかし、久しぶりに逢えた女神様は言いました。
『此度より、王なる存在を、私の加護で選ぶとしましょう。胸元に、薔薇の痣がある人間、その者こそがそれぞれの国の王、領主、長となるのです』
『いいですか、痣有る者以外が玉座に付くことは許しません。何故ならば、痣有る者は我が子なのですから。つまり、貴方方に我が子を預けるという事になるのです』
『さすれば、私が居らずとも、今まで以上に世界は問題なく生きていけるはずです』と。
そう、女神様は一言だけ言って、姿を再びお隠しになってしまいました。
人々は嘆きました。しかし、女神様の言う、女神様の加護を受けた人間を探しに行きました。
そうして探された人間は、羊飼いでありながら薔薇の痣を持ち、とある国では初めての王となったのです。
その国の名は、女神レリィーセレモラ様からの名を戴いて、リィセレと名付けられました。
これは、そんな国の、現二十八代目陛下となった、一人の少女の話。
* * *
「どういうことです!?」
金縁が使われた緑調の壁、淡いクリーム色の柔らかな絨毯、白で統一された家具の中、大きなテーブルに十人もの人が集まっては会議をしていたらしく、与えられた報告に、茶髪の男性が勢いよく立ち上がり、大声を上げた。
そんな彼の名は、ベルンナンド・エンス。この国で宰相をしている者だ。
彼は田舎の農家に生まれ、また随分と若かったが、類稀なる才能を見極められて、先代宰相の目に掛かり国の軍師へと抜擢され、今では国一番の宰相になっていた。まさに、シンデレラガールならぬ、シンデレラボーイだった。
「ですから、今しがた申し上げたように、女王レイステリア様が行方不明になられました、と」
「ならば、何故さっさと探しに行かないんですか! レイステリア様はこの国の第二十八代目陛下なのですよ!?」
声を荒げる宰相とは打って変わって、女王が行方不明になったにも拘らず、冷静沈着なのはこの国の全軍の総括に立っている、赤毛の将軍ヴァルデ・メリアル。彼は、全く持ってレイステリアという王が居なくなったことに、危機感を抱いていなかった。なぜならば、彼は王弟派だったためにだ。
一層の事、このまま行方知らずとなり、レイステリアの王弟であるクレイシスが、この国の王として座に就けばいいとばかりに思っているくらいだった。
「八年前の高熱による後遺症により、聡明だった彼女の姿は失われた。今では、なんだ? お前が指揮を執って国を動かしているだけではないか。あんな飾りの王、居ても居なくとも同じ事よ。なればこそ、王弟であり、お前と肩を並んで国を動かせるほどの頭脳を持つクレイシス様に王座に立って貰えば良いだろう?」
「貴様……!!」
「あぁ、僕もそれで賛成ですね。今の無垢なる彼女を見ているのは癒しですが、仕事が儘成らない者を王座に立たせておくのは、国民からも批評が出ていますし……何より、彼女にはどこか安心できる場所で幸せになって貰いたいものですよ」
「ケレス様、貴方まで!?」
嘲笑うかのように、そんな言葉を述べたヴァルデに、ベルンナンドは無礼だぞと食って掛かる。しかし、そんな無礼者である彼に賛成の言葉を述べるのは、女神レリィーセレモラを崇める宗教の教皇である、艶やかな金髪が美しいケレス・アダントン。彼はこの国の王と女神に指名された少女、レイステリアをこの目で何年も見てきたが、それ故にこんな血生臭い者達の上に立たねばならない彼女の事を、酷く心配していた。故に、確かに無礼ではあるが、ヴァルデの言葉には賛成したのである。
「し、しかし……言い伝えの女神、レリィーセレモラの加護である薔薇の痣は、レイステリア様にしか無いのですよ……! 痣無し王では、またこの王国に災いが訪れてしまいます!!」
悲痛なベルンナンドの言葉に、ぐっと息を詰まらせたのは先ほど嘲笑っていたはずのヴァルデ。ケレスは確かに、と宰相である彼の言葉をそのままに、とある過去の事件へと思い返していた。
別にレイステリアが行方知らずとなったのは、何も今回が初めてというわけではない。彼女よりも王弟であった彼を王にとする派閥の者が過去に成した事件は幾つも起きた。しかし、その度に痣を持つ彼女は無事に帰ってきた。何の恐怖に怯えることなく、まるで太陽のように光を身に纏って。
……だが、その裏で国は大きく被害に遇っていたのである。
彼女を失脚させようとした者達はもちろん、王弟クレイシスを痣持ちの王以外が座る事を許されていない玉座に座らせた瞬間、国に異変が起きたのだ。国に流れる水――汲んであった水も何もかも――が黒く濁り、その国のみで空が赤く染まった。生ぬるい風が連れてきたのは、過去の国民たちの亡霊。見覚えのあるその顔に酷く罵られ、泣き叫ばれ、国民たちのトラウマにもなったあの理不尽な事件。
女神の加護有りき存在のみを王としてはならないと、その時、誰もが感じ取ったのである。
また、同じことが起きてしまうのは、誰もが嫌だった。
「では、どう致す? 今回の行方知らずは、拉致であることは間違いない。荒らされている部屋と割られた窓が何よりの証拠だ。しかし、その痕跡は城から先には見つかっていない……おそらく高位の転移術でも使ったのだろうが、な」
「他国には知らせられない以上、我々だけでどうにかする、というのも……」
次々に挙がる提案。しかし、そのほとんどが却下される。
挙げても挙げても、皆が納得できる案が思い浮かばない。宰相ベルンナンドは深いため息を吐く。今回、レイステリア様を攫った者は、一体何が望みであり、何をしたいと言うのか……と愁いた瞳で。
* * *
「おいちゃーん、今日は何の依頼あるー?」
「おう。レアか、今日も依頼受けに来たんか?」
「もっちのろんだね! で、で?」
リィセレ王国の隣国、ルフルサ公国アーシャ町のギルドにて、結った茶髪を揺らして元気一杯に声をあげる少女が居た。
働く事が楽しいと言わんばかりに輝いて見える茶色の瞳が依頼は何かないかと、そう尋ねてくる彼女が話しかけているのは、そのギルドの受付をも担う男――親しみを込めて親父さんやらおいちゃんやらと呼ばれている、ギルドマスターだ。
そんなギルドマスターに話しかけた彼女の名は、レア・リースト。国から出るために適当な身分証が欲しいという理由で、このギルドに加入した出身国不明の、しかし明るく元気な女の子だった。
そんな彼女には誰にも言えない秘密があった。それは、誰にも言えない特別な秘密。そして、絶対にそれを知られてはならないという心があった。
(でも、自分の知ってるファンタジーな世界で良かった。まさか、転生するなんてね。しかも、プレイした事のある『ゲーム』の世界に。あぁ、本当に良かった。知らなかったら、絶対に逃げ出せなかったもんね……、『前世』の記憶、本当にありがとう!)
(そして、何かに役立つか分からなかったけど、色変化魔法とか覚えておいてよかった! 茶髪に茶系の瞳という平々凡々の色だから、これでもう間違いなく私が私だと気付くことはないはず!)
彼女には特別な記憶がある。それは、この世界に生まれてくる前の、転生以前の記憶だった。
その時、彼女は『彼』であり、本来、十五である彼女は『当初二十五だった彼』だったのだ。そんな記憶を思い出したのは、八年前の幼い頃、高熱で意識が朦朧としていた最中の事。
唐突に思い出したその記憶を、高熱時に思い出してしまったのだから、余計に混乱して熱が上がったのは言うまでもない。しかし、そこで彼女は『彼』だった頃の記憶の中で面白い物を見た。そして、それと同時に、この世界がレリィーセレモラと言い、紫紺の髪に菫色の瞳を持つ自分の名前がレイステリアである事に絶望した。
だが、彼女は諦めなかった。どうにかして、と思い、行動したのが現在の結果になっているのだから。
(まさか十八の時に、レイステリア女王が、魔王のチカラに目覚めて、『ゲーム』でのラスボスになってしまう……だなんて、誰が考えたのよ、そんなゲーム。そりゃ、やってた時は面白かったけれど……)
(でも、倒しに来るのが私の弟のクレイシスで……倒される私を放って、他はハッピーエンド、だなんて。嫌よ絶対! 当事者になってしまった以上、そんな終わり方、御免蒙るわ!)
未来に当たる自分が、本当に『前世』通りの記憶のまま、ラスボスへと進化するとは限らない。事実だった場合でも、自分を打ち滅ぼし、英雄と称えられるのがクレイシスなのも納得がいかない。
だからこそ、念には念を入れて、彼女はたった一人で城から抜け出した。あたかも、何者かに襲われ、連れ去られたと思わせんばかりに、気に入っていた持ち物も何もかもを壊して見切りをつけて、彼女は真夜中に、一人でこのギルドがあるアーシャ町へ転移したのである。見つからない自信も、彼女にはあった。
レイステリアは、リィセレの国の宰相たちが言う、子供の様な無垢なる者ではない。
あれはすべて演技だった。彼女が気付かれぬよう、『前世』の記憶を駆使し念には念を入れて、高熱の後遺症とでも思わせてしまえば此方の勝利だと思ってこその、演技だった。
疑うことを知らないのか、それとも王弟派が多い故にか、自分の拙い演技に気付く者など、親であろうと誰も気づくことは無かった。
ましてや、彼女はその演技で、夜に誰かが近くにいると癇癪を起こすという、護衛番には面倒極まりない方法を何度も繰り返し行っていたために、その日の夜も誰もレイステリアの部屋の近くには居なかった。
彼女が思わず『彼』として、この国、ちょろ過ぎて大丈夫か? と心配したのは言うまでもない。
それに加えて、レイステリアは昼ごろまで起きてこないという話を、彼女は自分の見知らぬところでいつの間にか手にしていた。
これは彼女が真夜中に、この世界もファンタジーなる世界故の素晴らしい技術・魔法の練習をし、疲れ果てた体を休ませるために昼夜逆転の生活をしていたからに過ぎないのだが、これが返って宰相たち下の者には、昼間で寝ているという印象になったのだろう。
彼女にとっては非常にありがたい勘違いに過ぎないが。
結果、レイステリアの捜索に時間を空ける事となったのだが、そんなことは彼女には関係なかった。
(……ま。王国なら何とかなるでしょ。少なくとも、王国の仕事は元よりベルンナンドがやっていたのだし、何より私なんて中途半端な王族よりも立派な王に成れるクレイシスだった居るんだし。私は私でレア・リーストとして今度を生きる事にしましょう! あー、魔法って本当に便利だわー)
一人ニヤニヤしながら、覚えてきた魔法の威力を確認するレイステリア……否、レア・リースト。
全く彼女が出ていった後の王国の事など心配せずに、彼女はただ、今日から始まるレアとしての人生を楽しもうと考えては依頼を熟すのだった。
そう。可笑しな事に、彼女にはある記述が彼女としての記憶から抜け落ちていたのだ。
この世界は、痣有る者以外が、その国の玉座に座ってはならないと。ましてや、王には成れないという事も、『彼』としての記憶をその身に宿してから、彼女の中にはそんな記述は消えてしまったのである……。
――果たして、レアはこのまま静かに暮らせるのだろうか?
――それとも、見つかってすべてが演技だったと気づかれてしまうのか……?
その答えは、彼女に薔薇を与えた女神レリィーセレモラだけが知る。
『ふふ。見つからなければ、十八になっても魔王には成らず。見つかれば歴史通りに事は進むのだから……彼女としては、見つからないで居て欲しいところよね』
そう、これは女神による、女神の類稀なる気まぐれが起こした、お遊びなのだから。
どうなるかは、運命に抗う彼女と、女神の仰せのままに――。
女神様曰く。
『自分の加護を受けた我が子が、天寿を全う出来ず、面倒な運命だかなんだかで、若くして死せざるを得ないなど、許せなかった!』
とのこと。