第7話 女神
皆が注目するなか女神像が動きだして、落ち着いた厳かな声で話しだした。
《私は慈愛の女神エキドナ。私に呼びかける者は誰ですか》
礼拝堂にいたアレンを除く全ての者が驚き跪くなかで、巫女が一歩進み出て返事をする。
「わ、私でございます」
巫女が緊張しておずおずと答える。
《あなたは私の愛し子イリアですね。久しぶりの呼びかけですが、なにかあったのですか》
「あっ、すみません。毎日欠かさず祈りは捧げていたのですが……」
巫女が慌てて答える。
「俺も、姉ちゃん! 俺もいるから」
アレンが女神と巫女の会話にわってはいると、
《えっ、アレン、あなたが何故、地上にいるのよ》
女神像が驚いて素っ頓狂な声をあげる。
「俺、16になったから地上にきたんだよ」
アレンは嬉しそうに話し掛けた。
《えー、うそー、私はしらなかったわよ。私、見送りもしてないし、誰も教えてくれないってどうなのよ》
女神が慌てたように喋りだす。
「姉ちゃんは忙しかったからな。それよりこの子を直してよ」
アレンが驚く母親から赤子を抱きとって、女神に見せる。
《えーと、まさかアレンの子供じゃないでしょうね》
女神がそう言いながら赤子に光を注ぐと、途端に赤子が泣き出した。
《もう大丈夫ね》
女神が微笑みを浮かべて言った。
「姉ちゃん、なに馬鹿な事言ってるの、俺は地上にきたばっかりだよ」
アレンは呆れたように答えながら母親に赤子を返す。
「姉ちゃん、それと母ちゃんに連絡するにはどうしたらいいの、無事に地上に着いたと教えたいからさ」
アレンが問うと、
《お母様には私からも言っておくけど、直接話すならお母様の神殿に行かないと駄目よ》
女神が答える。
「あのエキドナ様、これは一体どういう事でしょうか」
それまで驚きかたまっていた巫女が、アレンの後ろからおずおずと言い出した。
アレンと女神が周りを見渡すと、皆が口をあんぐりと開けて体を固まらせていた。
《あーごほん、私は慈愛の女神エキドナ》
空咳をした女神が、また落ち着いた厳かな声で話し出す。
「姉ちゃん、今さら取り繕っても遅いよ。ははは」
アレンが笑いながら言った。
《あー、私の威厳が、もうアレン! あんたの所為だからね》
そう言うと、女神像から光が消滅し、動かなくなった。
「あっ、姉ちゃんが逃げた」
そう言ってアレンが皆を見ると、皆が巫女さんまでが唖然としてアレンを見つめている。
「う〜ん、これは皆の視線が痛い。それに気まずい」
そう呟きアレンは母子を見て、ここに置いていくのはまずいと考えると母子を抱き上げ、皆が呆然とするなか逃げ出した。
母子は王都の外から来ていたようで門の所まで送ると、何度も頭を下げる母親に手を振って別れた。
そして、宿屋に帰り着く頃には夕方になっていた。
「アレン、遅いわよ。昼からの仕事もさぼって、何してたのよ!」
「チューチュー!」
宿屋の前で頭にチュータを乗せたアリスが待ち構えていて、チュータと一緒に怒りだした。
すると宿屋からマリアが、その声が聞こえたのか外に出て来た。
「おっ、やっと帰ってきたわね。待ってたのよ、グレンさんが話があるって」
そう言ってアレンの腕を掴み、宿の中に引っ張っていく。
「うまくいけば、借金が帳消しになるかもよ」
マリアがほくそ笑みながら言った。
「ほら、アリスも早く。いつまでも怒ってないで、さっきまでは心配して待ってたくせに、ははは」
マリアが今度は笑いながらアリスに言う。
「なっ、なにを」
アリスが赤くなり慌てるなか、
「ちょっと、俺は朝からなにも食べてないよ。さきに何か食べさせてよ」
アレンが言うが、
「もう、そんなのは、あとあと、早く行くわよ」
マリアが急き立てるように、無理矢理アレンを引っ張っていく。
その後をアリスが、ぶつぶつ呟きながらついていく。
宿屋の奥にはグレンさん夫婦の住居があり、アレン達が入るとグレンさんが待っていたのか、椅子から立ち上がり声をかけてきた。
「おっ、ぼうずも帰ってきたな。3人ともそこに座って話を聞いてくれ」
そうにこやかに言ったグレンさんの前には、テーブルを挟んで歳はアレンより少し上だろうか、身形のよい若い男が座っていた。
アレン達が椅子に座ると若い男が、
「グレン、このような女子供で大丈夫なのか」
端正な顔をしかめてグレンに言った。
「はい、酒場で暴れるところを見ましたが腕は確かです。そして3日ほど働く様も見ましたが、性格も悪くなく大丈夫だとおもわれます」
グレンが頭を下げて答えると、若い男が眉をひそめながらも頷いた。
そしてグレンが3人に向き直り、
「この方をガリウス大要塞まで護衛してもらいたい。それでお前達の借金は帳消しにしてやるし、それ以外にも報酬をやろう」
3人に向かって言った。
「ガリウス大要塞といえば、隣国との国境近くにあります。往復するだけで一ヶ月近くかかりますが、事情を聞いてもよろしいですか」
アリスがグレンに聞いたが、
「ガリウス大要塞に送るだけで良い。それと急いでもらいたい事情も今は話せない」
横から若い男が、鋭い目でアリスを見て口を挟んだ。
「まぁ、そういう事だ」
グレンが苦笑して言った。
「えーと、どうする」
アリスがアレンとマリアに言って、3人が相談しようとすると、女将さんが少女を連れて現れた。
「この人が急いでアレンに話があるって、宿屋の前でうろうろしてたわよ」
女将さんがアレンに言った。
「なっ、馬鹿。お前はここには誰も通すなと言っただろう」
グレンさんが慌てて若い男を、後ろに隠すように立ち上がり怒鳴った。
「だって、この人は」
女将さんが最後まで言う前に少女が、
「私はエキドナ様の巫女、イリアです」
といって頭を下げた。
女将さんは後はごゆっくりと言うと、宿屋にもどっていった。
「あー、あいつは熱心なエキドナ様の信者だったな」
そう言って、グレンは若い男にすいませんと頭を下げていた。
それを見ていたイリアが、
「あら、あなたは第2皇子のサイラス様では、何故このような所に」
若い男に向かって言った。
「えー王子、王子様なの」
アリスとマリアが驚きの声を上げていると、女将さんが慌てて戻ってきて叫んだ。
「た、大変よ! あんた、この宿屋は囲まれてるわよ!」
驚いて皆が窓から外を見ると、宿屋は十重二十重と神殿騎士や国軍に囲まれていた。
「あら、私を追ってきたのかしら」
イリアが呟いていると、外から声がする。
「私は国軍のゴメス将軍である。中にいる王城を破壊し、巫女様を誘拐した犯人に告げる。もう逃げられぬ、即刻武器を捨て投降せよ」
「えーアレン、なにやったの」
アリスとマリアが叫ぶなか、
「ありゃ、俺は誘拐犯になってるよ。どうするの俺」
アレンが外を眺めて呟いた。