第6話 神殿
アレンが槍の穂先を切り飛ばして、呆然としていた警備兵のひとりを殴り倒す。
「おい、聖水ってのはどこにあるんだよ」
もうひとりの警備兵を睨み付け怒鳴ると、
「このまま真っ直ぐに行った所、女神様の石像の前に」
警備兵は怯えながら答えた。
「この子に聖水を飲ませると助かるのか」
アレンが驚いている母親に聞く。
「はい。神殿の聖水は万病にきくと聞いています」
母親が答えるとアレンは、
「よし、それなら聖水を飲ませないとな。それと俺はもうおこったぞ」
そう言うと、赤子を抱いた母親を前に抱えて、神殿の中に駆け込んだ。
アレンが真っ直ぐ走り中庭を抜けると、警備の兵士が数人で守る大きな扉があった。
「な、なんだお前達は、ここは神聖な神殿だぞ」
驚き制止する兵士を体当りでふき飛ばし、扉を蹴り飛ばして叫ぶ。
「お前らこそ姉ちゃんを馬鹿にするな!」
扉の中は数百人は入れそうな大礼拝堂で、正面には大きな女神の石像があり、その前には数十人の列が並んでいた。
そして神官が、石像の前に置かれた金色の水瓶から水を容器に掬い、金貨と引き換えに配っていた。
「あれが聖水か!」
アレンは叫ぶと、女神像に駆け寄る。
列に並ぶ人々からざわめきが起こるが、
「ごめんよ、重病人なんだよ」
アレンが大声で言いながらその横を走り抜ける。
「なんだお前は、ちゃんとならばないか。うん、そいつらは亜人ではないか、そのような不浄の者を神聖な場所に連れてくるな」
神官が顔をしかめて言った。
アレンは水瓶の前で母子を降ろすと、
「お前もか、姉ちゃんがそんな差別をするわけないだろう」
怒鳴りながら神官を突き飛ばす。
そして聖水を掬い赤子に飲ませるが少しも回復せず、逆に抱えて走った所為か呼吸が弱々しくなっている。
「なんだよ、これ」
アレンは呟いて聖水を飲んでみると、
「これはただの水じゃないか。お前らは皆を騙してたのかよ」
アレンは神官に向かって怒鳴った。
「俺も前からおかしいと思ってたよ」
並んでいた人々のひとりが言い出し、すると他の人々も騒ぎ出した。
「なっ、なにを言っているのですか。女神様の前で不敬ですよ」
神官が怒りだした時にちょうど、アレンを追い掛けて50人ほどの警備兵達がやってきた。
「ちょうど良いところにきました。ここにいる全員を、不敬罪で逮捕しなさい」
神官が叫ぶように警備兵に命じると、兵士達が剣を抜き槍を構えて、皆を囲んで拘束しようとする。
「お前ら、本当に無茶苦茶だよ」
アレンは神官にそう言うと、兵士達に向かって行く。
兵士が槍を突きだすが、躱して右手で槍の中ほどを掴み、兵士を蹴り飛ばして奪い取り。
「おらー!」
そして掛け声と共に、槍を風車のように振り回す。
周りに居た兵士達は槍や剣で防ぐが、力が違いすぎるのか、そのまま吹き飛ばされていく。
だが、アレンが持っていた槍も途中で折れてしまい、槍を兵士に向かって投げ捨てると、これを好機と見なした兵士が剣で斬りかかる。
「そんな剣で俺の体が傷つけられるかよ」
アレンは叫びながら手のひらで剣を受け止め、そのまま握りしめて砕き折ると、兵士を蹴り倒した。
「な、なんだこいつは」
兵士達が驚いて叫び唖然とする。
たちまち半数以上の兵士を倒して、残りの兵士に動揺がはしった時に、「何事ですかこの騒ぎは」 礼拝堂の奥の扉から白いローブを纏った少女が、神官や騎士達を引き連れて現れた。
すると、礼拝堂にいた皆が跪き頭を下げる。
そして今まで喚いていた神官が、慌てたように言った。
「おー、これは巫女様。このような場所にこられるとは危ないですぞ」
「神官長、あなたがいてこれは一体なんの騒ぎですか」
巫女と呼ばれた少女が、慌てる神官に眉を寄せて詰問すると、
「おー、これは不逞の輩が入りこみ暴れておるのですよ」
神官長と呼ばれた神官が、アレンを指さして言った。
「お前らが悪いのだろう。ただの水を聖水と言って騙してるしな」
成り行きを見ていたアレンが言うと、神官長が慌てたように、
「なっ、なにをいうか、お前らのような下賤の」
神官長が言ってるのを、巫女が手を上げて遮る。
「あなたは何者ですか」
巫女がそう言ってジロジロと眺めながら、止める騎士達を振り払いアレンに近付いていく。
「俺は」
アレンが答えようとした時に、後ろから母親の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「あー、私の赤ちゃんがー」
アレンと巫女が赤子を覗き見ると、呼吸がとぎれとぎれとなり、止まりかけていた。
「おい、あんた巫女さんなんだろ。姉ちゃんに、いやエキドナ様によびかけて助けてくれよ」
アレンが巫女に頼むと
「えっ、それが……」
巫女は少し躊躇しながら
「総本山で修行してた時は、私の呼びかけに応えてくれたのですが、この神殿に来てからは……」
巫女は申し訳なさそうに俯いた。
それを聞いたアレンが、周りを見渡して言った。
「確かにな、ここには神気が少しも漂っていない。ここはもう神域じゃないな」
そう言うと、巫女を見詰める
「よし、俺が何とかするから巫女さんは、エキドナ様に呼びかけてくれ」
「えっ、それは」
躊躇う巫女にアレンが頷き、祈りを捧げるように促す。
そしてアレンは一度息を吸い込むと、気合いを放つ。
「はぁっ!」
すると、アレンの体から光が溢れ出していく。
それを見ていた神官長が喚きだした。
「お前達なにをしているのだ。怪しげなこぞうが妙な術で、巫女様を誑かしているではないか。即刻取り押さえよ!」
神官長の叫びに騎士達が、躊躇いながらも動きだし、アレンと睨みあう。
その時、突然女神像が輝きだした。
「こ、こんな事は初めてです。エキドナ様が顕現します」
巫女が唖然としながら呟いた。
そして皆が呆然とするなか、女神像が動きだした。