第2話 商人
石塊しか転がっていない、何も無い荒れ果てた荒野の中、1台の荷馬車が走っていた。
そして荒野を走る馬車には、白い肌に銀色の髪を長く伸ばした美しい女性が御者をしている。
その女性が馬車を走らせていると、前方から手を振りながら歩いて来る少年が見えた。
「エドさん前から少年が歩いてきます。大丈夫だと思いますが、どうしますか」
女性は少し馬車の速度を落として後ろに声をかけると、髪を短くした見るからに活発そうな女性が、後ろの荷台から顔を出した。
「どれどれ、おーなかなか可愛い子じゃない」
その女性は前方を見ると、そう言いながら後ろから出てきて、御者台の女性の隣に座りこむ。
「あれはアリスのタイプじゃないの。でも剣を持ってるし、こんな場所にひとりはあやしいわね」
髪を短くした女性は少し眉をあげ、続けて話しかけた。
「マリア! ばっ、馬鹿な事を言わないでよ。わ、私は年下は好みではないわよ。しかもまだ子供じゃないの」
アリスと呼ばれた女性が、少し慌てて言葉を返していると、
「ほう、少年ですか。確かに、こんな荒れ地にひとりは怪しいですが、なにか事情があるのかもしれませんね」
後ろから少し太った中年の男性が、声をかけた。
「あっ、エドさん。あるいは、奴隷商人の所から逃げ出してきたのかも知れませんね」
アリスが、中年の男性に頭を下げて話しかけると、マリアと呼ばれた女性も少し声を荒げて、
「確かに、この辺りは多くの奴隷商人が横行してると聞くわね」
顔をしかめ、怒りながら言った。
「ローラン国は奴隷を認めていないのに、奴隷商人には困ったものです」
エドさんも顔をしかめて答えると続けて、
「同じ商人として見逃せませんね。あの少年がなにか困っているなら、助けましょう」
言うと、歩み寄る少年を眺めた。
アリスは頷いてマリアに警戒するように促し、少年に向けて馬車を進める。
アリスが近づく少年を観察すると、不思議な雰囲気のする少年だった。
年は10才ぐらいだろうか、このような荒れ地を歩いてきたにしては、綺麗な白いローブを腰のベルトで締めて、ベルトに剣を差していた。
そして、この辺りでは珍しい黒髪に端正な顔立ちを笑顔にして、手を振りながら馬車に近づいてくる。
アリスが少年の前で馬車を止め、右手で腰の剣の柄を握りながら警戒して、少年に声をかけた。
***
アレンが手を振りながら馬車に近づくと、馬車は前で止まり、御者をしている綺麗な女の人が誰何してくる。
「そこで止まれ。少年、名前を名乗れ。此所で何をしている」
すると、横の女の人が構えていた弓を下ろして、
「もう、アリスったらそんな言い方したら怖がるでしょ。あのね、私達はあなたが困ってるなら助けてあげようと、声をかけたのよ」
アレンに笑顔で声をかけてきた。
なぜかこの人達、俺の事を子供扱いしてないか、失礼だぞと思いながら笑顔で、アレンは話しかける。
「俺はアレン。それと俺はもう子供じゃないぞ。今日16になったところだ」
アレンはそう言いながら彼女達を観察する。
御者の女の人は輝くような銀色の髪を長く伸ばし、顔立ちは人形のように綺麗な顔をしているが、今は緊張しているのか顔を少し強張らせている。
その隣の弓を持つ女の人は赤い髪を短くし、顔立ちは少し目尻を下げた、可愛らしい顔をしている。
そして、弓を持つ女の人が笑いながら、
「ははは、ごめんごめん、10才ぐらいかと思ってたよ。でも、16には見えないわね。ははは」
そして続けて、
「私はマリアで、こっちがアリスよ。そして私達は二人とも二十歳だから、どっちにしてもお姉さんね。ははは」
また朗らかに笑って言った。
そして笑い声を止めて、少し真面目な顔をすると、
「で、あなたは此所でなにをしているのかな」
アレンに問いかける。
「ちょっと、道に迷ってさ。近くの街はどっちか教えてほしいだけだよ」
アレンが少し緊張して答えると、
「迷ったねぇ、それは嘘っぱちでしょう! アレンは奴隷商人から逃げてきたはずよ」
マリアは勝手に決めつけるように言うと、今度は少し顔を微笑ませて、
「ふふふ、私は殲滅の赤い薔薇マリア。あっちは破壊の白い薔薇アリス。二人合わせてデスローズツインズ!」
胸を張り大きな声で言った。
そして続けて、
「正直に言いなさい。お姉さん達を怒らせると、怖いわよ」
マリアが得意気に言言うと、横にいたアリスが顔を赤くして、
「嘘を教えるな!」
叫んで更に続けて、
「私にもマリアにも、そんな恥ずかしいふたつ名はないし、そんなコンビ名もない」
アリスが恥ずかしそうに言った。
「いいじゃない。今からそう名乗れば、そのほうがかっこいいじゃない」
マリアは不満そうに頬を膨らませて言い返す。
アレンは唖然として、俺の方が恥ずかしいわと思っていると、馬車の荷台から中年の少し太った男の人が降りてきた。
「まあまあ、二人ともアレン君が困ってるよ」
にこやかに中年のひとの良さそうなおじさんが、アレンの前にやって来て言った。
「あっ、まだ危ないですよ」
慌ててアリスが声をかけるが、
「あー、もういいでしょう。彼はそんなに悪い子に見えないから」
男性がアリスに言って、アレンに向き直ると、
「私は商人のエドといいます」
少し頭を下げてにこやかに言った。
「そして彼女らふたりは、私の護衛です」
更にエドと名乗った男性が、女性達に目を向けて言った。
「あっ、どうも初めましてアレンです」
アレンは頭を下げて返事をする。
「私達はちょうど王都に向かう所です。最近はこの国も王位継承で揉めて大変な時です。その為か、この辺りも賊などが横行しましてね、彼女らを雇ったのですよ」
エドがにこやかに言うと続けて話しかける。
「どうですか。アレン君も一緒に乗って行きますか。この辺りは危険ですよ」
「それは助かるけどいいのかな」
アレンがそう言って彼女らふたりの方を窺っていると、馬車の後方から土煙をあげ、何かが此方に近づいてくるのが見えた。
アリスが気づいて後ろを眺めると、
「あれは噂の賊のようだ。まさかアレン! お前は足止め役か」
怒鳴るように言うと、アレンを睨み付けた。
アレンは慌てて手を振り
「お、俺は関係ないよ。今日、地上にきたばかりだからさ」
「ん、地上?」
アリスが小首をかしげて呟く。
「あんた達そんな事より早く乗って、エドさんもアレン君も早く」
マリアが喚くように叫ぶ。
アレンとエドが荷台に乗り込むと、慌ててアリスが馬車を走らせた。
アレンが荷台の後ろから後方を見ると、20騎の土竜に乗った賊達が、かなりの速さで近づいてくるのが見えた。